りたーんず

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人は過去を乗り越えるために成長する。
過去の過ちを乗り越えるために…また別の過ちを犯しながら…。



「…まさか審判がグレゴリーさんだけじゃなく、キャサリンまでつれてくるとはねぇ…」

あの時とっさに審判に頼んだのは間違いだったかも…と、ボーイは遠い目をしながらしみじみと呟く。
ガールにボコボコにされたあと、駆けつけたキャサリンにまで変なミュータント作ってるんじゃないわよ!と吸われてしまったガンマンの手当てをするため、診察室に来ていた。

キャサリンはカクタス兄妹の部屋でガールやカクタスガールの診察中だ。トゲだらけの蔓に絡み付かれた二人は傷だらけだったため、その分キャサリンの怒りはすさまじかった。
グレゴリーさんは…大惨事になった荒野の部屋の修理中である。原因に大方の予想がついたのだろう…連帯責任で審判も駆り出されていた。当の審判はまた見逃した!と大げさに何か嘆いていたが。

「全く、これだから審判はこわい」

一人言のように呟いた言葉に、無言のまま包帯を巻かれていたガンマンが振り返る。

「そうだろうな。アイツはこのホテルでいちばんおっかない存在だ…どんなこともお見通しだからな。アンタはウソつきだから特に」
「…何のことです?」
「防ショックとはいえ…青アザくらいにはなってるんだろ?食え、ハーブ」
「…ありがとう」

ボーイは不承不承といった体で差し出された赤い薬草を受け取った。その視線は暗い光を宿してガンマンへと注がれている。なにかを推し量るような瞳から視線を外して、ガンマンは再びボーイへ背を向けた。

「それから、アンタもうひとつウソをついたな?アンタが作ったあの銃、撃てないならまだしも…暴発する危険が充分あった。違うか?」

包帯を巻いていたボーイの手が、ぴたりと止まる。ガンマンは今度は振り返らなかった。

「アンタはセニョリータのために『決闘しないふり』をしたみたいだが…ちゃんと戦っていたんだ。その『腕』を賭けて…違うか?」
「…まさか、君にバレるとはねぇ」

背後から聞こえてきたのは、まるで凍えているかのような冷たい声だった。とても青年のものとは思えない、絶望に溢れた声。

「ただのロシアンルーレットだよ。君の運がよければ不発。僕の運が悪ければ暴発…もっとも、やらずにすんで二人とも運がよかったのかな」
「やっぱりな。防弾チョッキとゴーグルはそのためか…」
「ああ、もし暴発しても『事故』で怪我をした僕に君が止めを刺すとは思えなかったからね。同情こそされてもこれ以上恨まれることもないだろう?」

ボーイは淡々と説明しているが、デタラメな構造の銃が上手く発砲出来る可能性は限りなく低い。それに比べて、もしも暴発すれば確実に右手を吹っ飛ばされている。銃とはそういうものだ。引き金を引いたら最後、銃口を向けられた側か向けた側のどちらかが倒れる。

「お前さん、全部セニョリータのために…?」
「いや…ガールのためじゃない。僕は………羨ましかったんだよ、君達流のやり方が。僕の住んでいる世界じゃ、銃よりももっと複雑なもので一瞬にして全てを失ってしまう。…だから僕にはもう、この腕しか残ってないけど」

振り返った先で、青年は憎悪に近い感情にギラギラと瞳を輝かせて自身の両腕を見つめていた。

「…この腕は僕の魂より命より大事な腕だ。これくらい賭けないと公平な勝負にはならないだろう?」
「そのわりにはアンタ、随分簡単に命を捨てるな?」
「…戦いたかったんだ。たとえ全てを失うことになっても…戦って勝てば、誰かを守れれば、僕のこの腕にもまだ価値があるんじゃないかと思ったのさ」

ふっと剣呑な光を消して自嘲気味に笑う青年に、ガンマンはやるせない気分がした。彼と自分は同じなのだ。
ただ生き延びるために、このホテルへ逃げてきた。全てを失った気がして…だからこそ何かを取り戻したくて今もなお道に迷っている。ガンマンは重い口を開いて、昔の自分に言いたかった言葉を告げた。

「なぁアミーゴ…銃ってのは全てを浮き彫りにするんだ。自分にとって何が大事なのか、何が残っているのかだけじゃない。自分がどういう存在なのかも浮き彫りにしちまう。だけどな…そんな男のために涙を流してくれる女がいるんだ。オレはお前さんが無価値だとは思わねぇよ。女の涙を安くしちゃいけねぇぜ」

ガンマンにはカクタスガールという家族がいる。ボーイにだって、涙を流して彼の無事を喜ぶ者がいるのだから。
しかし…予想に反してボーイはうつむいてしまった。拳が白くなるまで固く握りしめられている。

「僕も…君のようだったなら、全てを失うことにはならなかったのかもしれない。少なくとも本当に愛する者達は…」

まるで目に見えない壁に阻まれているようだ。どんな言葉も届かないのではないかと思うほど…頑なに過去に縛りつけられている。
それでも、ガンマンは最後にひとつだけつけ加えた。まるで祈るような言葉を。

「アミーゴ…アンタの現実がどんな所で、アンタが何を抱えてるかは知らないけどな。…いつか許してやれ。アンタの過去も、これから幸せになろうとするお前さん自身も含めてな」
「…考えておくよ」

ようやくいつもの苦笑を浮かべたボーイに、ガンマンはピストルの形にした指をボーイに突きつけた。

「全く卑怯なんだか公正なんだかよく分からないな…アンタは。ひとつ言っとくぜ?セニョリータを泣かせるようなことをしたらオレはアンタを許さねぇからな!そうしたら…」

緊張した面持ちのボーイに、ガンマンはイタズラっぽく笑う。

「二度と戦ってやらねぇぜ?」
「わかったよ、約束する」
「そうこなくっちゃな!まぁ今度やるときはお互い大事なモンがまだあることだし…命は賭けない勝負だな。お前さんポーカー出来るか?」

その時、診察室のドアが開いた。薬箱を持ったキャサリンが入ってくる。

「あら〜?アンタ達、仲直りしたのォ〜?」
「まぁな!」
「それはよかったわ〜!でもお手柄ねぇボーイちゃん達!」

先刻とは違い上機嫌なキャサリンの言った言葉に、ガンマンは耳を疑った。

「あの子達に聞いたわよ〜!ガンマンが手入れをしていたバラに襲われたカクタスガールを助けようと、自分から飛び込んでいったんですって?」
「ええ。あの時、荒野の部屋の前を偶然通りかかって幸運でした」

ボーイがキャサリンに見えぬ位置でニヤリと笑う。
ガンマンの頬を冷や汗が伝った。

もし…もしキャサリンに決闘をしたことがバレたら…。

ガンマンはポツリと呟いた。

「やっぱり卑怯だぜ…アミーゴ」


迷界の夜がふけていく。
ベッドの側に持ってきた椅子に腰掛けてガールは傷の手当てと疲労により眠っているカクタスガールを見つめていた。

「…ごめんなさい…わたしのせいで…ごめんなさい…」

うなされるカクタスガールの唇から、眠る前、彼女が言いよどんでいた言葉がポツリと零れるのが聞こえた。
ガールは優しく微笑んで緑の髪を撫でる。

「…大丈夫よ、誰も貴女を責めたりしないわ」

彼女は何も悪くない。
彼女は選ばれた子供。私は選ばれなかっただけ。

「誰も悪くないわ。大丈夫…」

だって、慣れてるもの。

ガールは内心でそう呟きながらカクタスガールの眠る兄妹の部屋を後にした。


「うーん…なんか湿っぽくなっちゃった!よし、ネコゾンビに癒してもらいにいこーッ!まずはボーイを迎えに行かなくちゃね!」

その後、キャサリンから安全なバラの育てかたについてお説教を受けているガンマンを診察室に置き去りにし、二人はネコゾンビの牢屋に向かった。無事の報告をすることで頭がいっぱいだった二人は、重要なことに気づかなかった。

一階の…風呂に行っているはずのミイラ親子の部屋で、バチバチという電気のショートする音が『途切れた』ことに。

「た…助かった………お前、どうして…?」

パブリックフォンが息も絶え絶えに、電気椅子の電源を切った者を見上げる。部屋の扉には鍵がかかっていたはずだ。それなのに、ソイツはドアも開かず室内の真ん中に現れた。

パブリックフォンを椅子に縛り付けている革ベルトを切り裂いて、目の前の人物は答えの代わりとなる台詞を言った。

「アンタも…あの二人にリベンジしたくない?」

パブリックフォンは驚きに目を見張った。意図することを理解し徐々にその口の端を引き上げてゆく。
風呂から帰ったミイラ親子が部屋の鍵を開けて中に入ると、無人の室内に壊された電気椅子が転がっていた。



決して忘れてはいけない。
過去は…突然に牙を剥くモノだから。



―――――――――――
カクタスガンマン編攻略完了!
兄ちゃんは妹が関わらない時の銃は外すけどカッコいい兄ちゃんですよ!

ボーイとガールの苦悩がちょっとずつ見えてきました。そしてカクタスガールの様子が…?

次回!パブリックフォンの逆襲!!
お楽しみに!


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