りたーんず

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信頼の芽と疑惑の芽はひどく似た姿をしている。僕達は見極めなくてはいけない。…本当に味方なのは誰なのか。


でれでれしている、と自分で分かるくらい相好を崩して僕はチョコレートを摘まんだ。縫いつけられた口元に運ぶと、糸の隙間から器用に受け取りもぐもぐと口を動かすネコゾンビ。全く表情には出さないが、尻尾が機嫌良さそうにくねくねと床を撫でている。

「ああ…癒されるなぁ!!」
「ボーイって猫派なのね〜。ネコゾンビ、おかわりいる?」
「食べるニャ!!」

パブリックフォンを引渡してようやく仲直りできたミイラ親子にも口止めを施し、僕の部屋で行われた今後の方針を決めるための相談の結果…僕とガールの意見は「今はとりあえずネコゾンビを甘やかしたい」という事で一致した。

万が一にもシェフにバレないようにと三人で頭からシーツを被って床に座りこみ、積み上げられた箱からチョコレートをつまみ上げる。

「おいしいニャ!」
「それはよかった」
「ボーイ、ずうっとネコゾンビに食べさせてあげたがってたもんねーチョコレート!」

シェフとの仲直りのために出した料理本に載っていた高級チョコレートの詰め合わせ。大好物だと言っていた彼を思い浮かべ…気がついたら向こうの世界で行列に並んでしまったのだった。

「最初の一箱はジェームスにあげちゃったけどね…そのせいでかなりひどい目にあったし…しかしあれが昨日の出来事なんて信じられないよ…」

本当はネコゾンビに一番最初に食べさせてあげたかったんだけど、幸せそうなネコゾンビの姿を見ているとどうでもよくなってきた。たとえ試行錯誤を繰り返して作ったパーツが次々に高級チョコレートへと変わっていっても気にならない。

「…一番じゃなくてもぼくは嬉しいニャ。またしばらく君達のそばにいられるだけで幸せニャ」
「「ネコゾンビ…」」

感極まって涙が浮かびそうになる目を伏せると、ネコゾンビが話を逸らした。

「…そういえば、君達はどうしてこのホテルにまた戻ってきちゃったのニャ?現実が嫌になったのかニャ?」

前回、葛藤を抱えながらも僕達の脱出を応援してくれていた彼は戻ってきた僕達を眺めて、少し悲しげに耳と尻尾を垂れさせる。

「…ねぇ、ボーイ」
「そうだね…ネコゾンビには話しておいてもいいかもしれない」

僕達は顔を見合わせて頷く。
そして口を開いた。あの日…再び僕達がホテルに戻ってきた翌日、死神さんから教わった僕達の状況を語るために。


「魂の欠片が、あの世界に取り込まれた…?」
「せや。ただ大元の魂は現実に戻っとるから、あっちで死んでもさまよう魂にはならへんから安心して〜な」
「…安心って…今さら…燃えたはずのホテルに戻ることになって何を安心しろと!?」
「そうよね!なんであのホテル、もとに戻ってるの?」

後頭部をぼりぼりと掻きながら死神さんは、面倒くさそうに説明した。

「そりゃあ、あの世界そのもんが『生きてる』からやがな」
「?」
「あの世界は迷界っちゅーて、文字通り『狭間をさ迷っている世界』なんや。時間と空間、生と死、精神と肉体…色んなもんの狭間を。周りの魂を取り込んで成長しながらなぁ」

そう言いながらわきわきと蜘蛛のようにちゃぶ台を這わせていた死神さんの右手が、煎餅を掴む。パリパリと咀嚼した後、お茶をすすって満足そうにため息をついた。…いまいち緊張感がないのは気のせいだろうか。

「一度さまよう魂になってあの世界に取り込まれたら、輪廻の輪からはずれて迷界の一部になってまうんや。だから全体が生きとる限りは、カサブタを剥がしたみたいに何度やって再生できる。ホテルや住人が再生しとるんはそのせいや」

飲まれたんが欠片やったからまだマシやけど。と死神はニタリと笑みを浮かべて衝撃の事実を突きつけた。

「いずれ現実で死んでもうたら、あんさん達の魂は欠片に引っ張られて迷界に直行やで〜」
「「ええッ!?せっかく脱出したのに…!!」」
「なぁに、大丈夫や。そん時は今度はタダで回収しにいったるから☆ただ…それまでにアッチで死んでもうたら…回収できるかどうか…」
「そんなの困るわ!」
「なんとかならないんですか!?」
「…そうやなぁ〜…あぁ!」

頭を捻っていた死神さんが、ぽん!と名案が浮かんだとばかりに手を打って簡単な話や!と言った。

「そうなる前に、向こうで正式に住人になってまえばええ!そしたら魂を狙われることもないしな!もしホテルが火事になっても自動的に生き返れるで〜!」
「なるほど!逆転の発想ね!」
「ムチャ言わないでください!魂回収の時に、僕達がどれだけのことをしたと思ってるんです!?」
「大丈夫やって〜☆あのホテルの主人の意思は迷界全体の意思でもあるし。そのご主人に住人と認められれば、他の住人から殺されることはないやろ…たぶん」
「たぶん!?」
「殺される代わりに、痛い目には遭わされるかは知らんがな〜」
「うーん…本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫〜、なんか困ったことになってそうならワイも手助けしたるから☆寝てる時限定やけど」

死神さんが袖口から取り出した砂時計をひっくり返す。中で固まってしまっているのか、砂時計はいつまで待っても落ちなかった。

「向こうは時間すら流れん永遠を繰り返しとるんや…それに比べてこっちの時間はたっぷり『現実で死ぬまで』や…仲直りのタイムリミットとしては充分やろ?」

ほな、頑張ってなぁ〜…と死神さんはいつも通り笑って僕達を送り出した。迷界へと…。


「でも結局、死神さんたら一回しか助けに来てくれてないわよね!」
「そうだね…まぁ『物質変換』の事を教えてくれたわけだし、今のところ大丈夫だけど」

その言葉に、僕らの話を黙って聞いていたネコゾンビが眉を寄せて考え込んだ。

「…『物質変換』…さっきから君達がやってる能力のことかニャ?」
「そうよ!スゴいでしょ!」

ガールが空き箱をチョコレートでいっぱいの箱に変える。暇な時間を利用して訓練した結果、最近では二人とも数秒のうちに変換出来るようになっていた。

「確かそれはグレゴリーしか…いやグレゴリーも自分の意思じゃ滅多に使えない能力ニャ…それを、なんで死神が知ってるニャ?」
「何回か会ったことがあるって言ってたけど…」
「…だけど、君達がそれを使えることを、なんで死神が君達より先に知っているニャ?」
「それは…」

口ごもる僕達に、ネコゾンビは真剣な眼差しを向けた。

「…二人とも、用心するニャ…死神は、何かを隠してるかもしれない。大事な大事な何かを…」

しん、と沈黙が室内に満ちる。ネコゾンビが、頭を振った。

「…変なこと言ってごめんニャ。ボクの考えすぎだニャ。きっとウッカリしすぎな死神なだけニャ」
「構わないよ…心配してくれて、ありがとうネコゾンビ」
「食べましょ!シェフにバレちゃう前に、全部食べて早く証拠隠滅しなきゃ!!」

ガールの声をきっかけに、再び和やかな空気が流れた。

「…管理人が立ち聞きかい?グレゴリー」

三人の集う部屋の扉の前で、背後からかけられた声にグレゴリーは振り返った。

「…審判小僧。お前、いつもの椅子無しに廊下を歩けたのか?…猫が出歩いとるから様子見にきただけじゃ。立ち聞きなどはしとらんわい」
「ふぅん?まぁいいや。君に聞きたいことがあって探してたんだよ」

意外な台詞にグレゴリーはポカンとした後、不敵な笑みを浮かべて皮肉を返した。

「聞きたいことじゃと?真実の天秤を持つ審判小僧がか!」
「うん、是非とも君の口から聞きたくてね…二人をミイラ親子に逢わせたのは『仲直りのきっかけを作るため』かい?それとも『詐欺にあったミイラ親子のため』かな?」

両手をまっすぐに伸ばしたジャッジの準備万端な体勢で審判小僧が尋ねた言葉に、グレゴリーは苦虫を噛み潰した顔で唸るように答えを吐き出した。

「…詐欺師の来るホテルなどと悪評がたっては迷惑だからな。…それに」

不意にグレゴリーが、いつも通り真意の分からない笑みを浮かべる。

「あの二人、まだ滞在費を払っとらんからな…雑用くらいしてもらわねばやってられん」
「なるほど!君らしいね!!真実でありながら…答えになってない」
「お前に答える義理などないわい」

鼻で笑うグレゴリーに、審判小僧が笑顔で首を傾げ…叫んだ。

「ふぅん?…それじゃあ真実の天秤に聞いてみよーーーうッ!!」
「止めんか貴様!!」
「ウルサイわよアンタ達〜ッ!!」
「ひィッ!キャサリン!!」
「何してるんですか、グレゴリーさん?」
「…うるさいニャ」

夜のグレゴリーホテルの廊下に喧騒が響く。その反対側…ホテルの外から部屋の中を眺めている視線に気づいた者は誰もいなかった。

「…油断大敵だべ〜。鋭い猫ちゃんやなぁ…まぁその心配はもう手遅れやけど」

部屋のすぐ横の枯れた巨木の上で、死神が笑う。

「でも役者が全部揃うまで、楽しみは『お・あ・ず・け』や。そのほうがずうっと楽しい…なぁ、そうやろ?」

掌の上で弄ぶ砂時計の中で砂粒がざらざらと流れ落ちる。砂時計は簡単に刻むべき時の流れを思い出す。…たった二粒の砂粒で。

「迷界の主…アンタの大事な大事な箱庭はこれからどないになってしまうんやろうなぁ?」

そう呟いて微笑み、放り投げた砂時計を一閃すると、死神は空間に切り裂いた隙間へと消える。

後にはただ…壊れた砂時計だけが月明かりに照らされて転がっていた。


――――――――――――
再び登場しました死神さん。
口調、伏線、設定…と、現在書くのが一番面倒な人です。まぁ今回、バッチリ腹黒い部分がバレましたが…。

あと今回、ボーイが猫好きと判明しました。ボーイはどちらかというと、現実の人間関係が悲惨すぎてもう飼い猫しか構ってくれる人がいないんですけどね!現実で飼い猫とラブラブしすぎると、匂いでバレてネコゾンビが拗ねます。現実に戻って「お前もネコゾンビみたいに喋れたらいいのにね(お喋りしたいなって意味で)」ってウッカリ言って飼い猫が家出します。猫下僕になるタイプです。

次回は新たな攻略開始。放置プレイのせいでガールが大変な目に!お楽しみに!!


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