りたーんず

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一度起きた災いは何度でもやってくる。
姿形を変えて…何度でも。


迷界一の詐欺師であることを自負する青年…パブリックフォンは久しぶりに『いいカモ』を見つけてすっかり高揚していた。

訪問販売でただの古いソファに適当なガラクタをくっつけただけのモノをマッサージ椅子と称して高値で売りつけたら、いかにもお人好しそうな男が面白いほど簡単に引っかかってくれた。…ああいう手合いはまだまだ騙せる余地がある。

まさに笑いが止まらないとはこのことだ!と、内心の含み笑いを鮮やかな変装の下に隠して、パブリックフォンはホテルの廊下を進む。以前散々荒稼ぎをしたために、もはや管理者の鼠から『出入り禁止』と言われた身だが、そんなことはまるで無意味だ。

こうして変装さえすれば誰にも咎められず、自由にホテルを歩き回ることができる。声も姿も自由自在に変える事ができる自分の能力…見破ることのできるモノなどはどこにも居やしない。

久しぶりのカモ…ミイラ親子の部屋のドアを前に、パブリックフォンはニヤリと悪意に満ちた笑みを浮かべた。

…さぁ、残さず搾り取ってやろう。

わずかな罪悪感すらも鼻で笑って、パブリックフォンがドアをノックしようとした時、後ろから急に声をかけられた。

「あのッ!すいません!携帯電話をお借りできませんか!?」

振り向くと、妙齢の見知らぬ婦人がいた。いいところだったのに、邪魔しやがって…と悪態をつきかけたところで女性がなかなかに上等そうな身なりをしていることに気がついた。

「おや…何かお困りですか?」
「ええ実は、帰り道に迷ってしまって…急いで家に連絡しないといけないのに私の携帯は圏外で…おまけにこのホテル、電話がなくって!!」

その言葉に、だいたいは新しく迷いこんだ客だろうとあたりをつけて、値踏みするような視線をちらりと女性の手荷物に走らせる。洒落た指輪をはめた白い指が握っているのは高価そうなブランドバッグ…中身も期待が持てそうだ。

「それは大変ですねぇ〜…しかし貴女は実に運が良い!ちょうど携帯電話を衛星通信の使えるモノにしたばかりでして…ただ、なにぶん契約したてなので通話料金がちょっとばかり高めなのですが」
「構いません、お支払いたしますわ!貸していただけますか?」

女性がバッグから取り出した分厚い財布…その中に収められた紙幣の束に、内心歓声を上げた。

「もちろん!ささ…お邪魔でしょうからお荷物をお持ちしましょう」
「まぁありがとうございます…」

親切を装い、さりげなく伸ばされた手がバッグを受け取ろうとした瞬間、その手に白い何かが巻き付いた。

「なッ…なんだ!?…包帯!?」
「…おかげであなたの正体が分かったわ詐欺師さん!!観念して神妙にお縄をちょーだいしなさい!!」

どこからか聞こえてきた鼓の音が一際高く打ちならされ、目の前の光景がぐにゃりと歪んだ。
婦人とパブリックフォンしか居なかったはずの廊下に、審判小僧やミイラ坊や、ジェームスが逃げ道を塞ぐように周りを囲んでいる。金持ちの婦人は消え失せ、代わりに立っていた活発そうな少女が決め台詞らしき妙な言葉を叫んだ。そのセリフに全員がパブリックフォンに飛びかかる。

「「「御用だ御用だーッ!!」」」
「ちょっナニソレどういう意…ぎゃあああああーーッ!!」

あっという間に包帯と鎖で簀巻きにされたパブリックフォンはそのままミイラ親子の部屋の床に転がされた。
中に居た見知らぬ少年がパブリックフォンの変装をしげしげと眺めてため息をつく。

「すごいなぁ…グレゴリーさんそっくりだ。これじゃあ騙されても仕方ないですね」

失礼、と声をかけてボーイがグレゴリーの顔を剥がすと…その下から表れた赤毛の青年がこちらを睨みあげている。

「改めまして…はじめまして、パブリックフォンさん?」
「くそッ!変装なんて卑怯だぞ!!」
「変装じゃありませんよ。僕達にそんな技術はありません。彼のおかげです」

そういって後ろを指すボーイにパブリックフォンはなんとか背後を振り返ってそこに立つ男を見ると思わず絶句した。和装に身を包み、口元を扇子で隠すその男の正体は…。

「テメーは…ボンサイカブキッ!!まさか…」
「一度騙した相手のもとにまた詐欺を仕掛けるという手口は詐欺師の常套手段ですからね。貴方が再び現れることはある程度予想はついてましたが…変装の達人である貴方を見分けるのは骨が折れそうだったので、協力していただきました」

貴方が実に分かりやすい願望の持ち主で助かりましたよ。と冷笑を浮かべて語るボーイに、パブリックフォンは呻いた。

「ちくしょう…いつの間に…」
「ドアの前でお主が振り向いた瞬間じゃ。すまんのう〜…ワシはお主に恨みはないが、まぁせめて幸せな妄想であったろう?」

許せよ、と笑うボンサイカブキを射殺せそうな鋭い視線で睨み付けるパブリックフォンに、ボーイが笑顔で呼びかける。

「ほら…貴方に是非お礼を言いたいという方がいらっしゃいますよ」
「ひッ!」

パブリックフォンは自分の目の前に進み出た『顔を包帯に包まれた男』に思わず後ずさった。しゃがんだその男がにこやかな笑みを浮かべて顔をのぞき込むと…頭に刺さった青龍刀からぴちょりぴちょりと滴る血が、パブリックフォンの額を濡らす。

「いやぁ〜お久しぶりです。またお会い出来ましたなぁ」
「ゆ、許してくれッ…オレが悪かった!かかか金は返すッ!だから」

怯えて詫びるパブリックフォンの肩に手を置くと、ミイラ父ちゃんが首を横にふる。

「いえいえ、もういいんです。あの椅子はあちらのボーイさんがすっかり直してくださいましたから」
「へ?」
「うーん…よく見ると貴方もだいぶ顔色が悪いですなぁ〜。そうだ、どうぞ貴方もお掛けになってください。一回座ればかなりリフレッシュされますぞ!」

呆気にとられたまま…縛られたパブリックフォンはミイラパパによって抱えあげられた。ようやく高くなった視界に写ったのは、以前パブリックフォンが売りつけた偽物の電気マッサージ椅子。

バチバチと音を立てて見るからにヤバそうなフラッシュに包まれているひじ掛け椅子。…ご丁寧に手足を拘束するための革ベルトもついているそれはもはや電気マッサージ椅子ではなく…。

「さぁ、遠慮せずどうぞどうぞ」
「いやいい!遠慮します!!頼む金は返す全部返すだから離しッ…ぎゃああああああーーーッッッ!!!!!!」

ビリビリビリビリィッ…と空気を裂くような感電音…焦げ臭いにおいにボンサイカブキは思わず目を反らした。子供達はサングラスをかけて大喜びしながら見ていたが。

「すごいや!ドクロがスケスケだー!」
「スケスケのこげこげだぁ〜!」

なるべくなら絶対に聞きたくない電気椅子の実況を聞き、青ざめるボンサイカブキに電気椅子の製作者であるボーイが大丈夫ですか?と声をかける。

「うう…お主、あのようなカラクリ椅子をよく作れたのう…」
「ああ、あれは…ミイラパパの意見を取り入れたらどんどん電流が強くなっちゃいまして」
「………あの者も、かような目に遇おうとは…せめても、幸せな夢を見せてやって良かったのやもしれぬなぁ」

しみじみと語るボンサイカブキに、ボーイは改めて理解した。

ボンサイカブキも…キャサリンやシェフ達と同じ…つまりは自分の欲望に忠実な者であると。『他人に幸せな幻を見せる』…その欲望に忠実に行動するだけで、そこに悪意はない。あるのはただ欲望だけだ。
そして…そういった者達で溢れかえる世界に、自分達は居るのだ。

ぞくりと背中が粟立ちそうになるのを抑え、ボーイは口を開いた。

「カブキさん。貴方のやったことは完全に悪意があったわけではないし、パブリックフォンを捕まえるために手伝っていただきましたし…ガール達の方からもうひどい目にあったわけだし…今回は不問にしますが」

ボンサイカブキは遮光レンズのゴーグルごしに、その瞳が剣呑な光を宿したのを見た。青ざめるボンサイカブキに向かっていつもの口調のまま、こう呟く。

「…今度、僕達の友人にあんな真似をしたら…次は貴方の席もご用意しますね」

僕だって、怒ってるんですから。

そういってボーイはミイラパパに予備のバッテリーを渡しに行った。
…ガタガタと震えるボンサイカブキをその場に残して。


災いは何度も訪れる。
しかし、一度降りかかった災いを…その人が大人しくうけるとは限らない。




――――――――――――
パブリックフォン初登場!そして間髪いれずにフルボッコです。

ボーイの仕返しの仕方はガールとは違い陰湿極まりないやり方です。
二度目はない。容赦はしない。それがボーイ。

これにてミイラ親子編攻略がほぼ終了ですが…次回はボーイとガールの住人化の真相と、細々とした皆の思惑や立場がいりくんだりします。
お付き合いいただけますと幸いです。


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