りたーんず

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「なによそれ!ワケわからないことばっかり言って…ネコゾンビをどこにやったのよ!」
「ふふ…安心せい…貴殿らの尋ね人ならほれ、ここにおるわ」


ボンサイカブキが手にした扇を翻したのを合図に彼の両脇の傘がばさりと飛び去り…その影から、グッタリと壁にもたれたネコゾンビの姿が露になる。縫い付けられた瞼は今は固くとじられ、ひどく苦しげな顔をしていた。

「ネコゾンビ!…彼に何をしたんだ!!」
「何を?そうさな…よい夢を見せてやったのよ。とても幸せな夢をな…」
「嘘つき!こんなにうなされてるじゃないの!!」

抗議の叫びを断ち切るように、パシッと音を立ててボンサイカブキの手にした扇が閉じられる。

「嘘ではない。何故ならばわしは妄想屋。幸せな妄想を演じるだけの存在じゃ。わしがしたのはこやつの心の底に埋まれた『望み』…『隠された妄想』を見せてやったにすぎん」

「…日本語でお願いします!!」
「諦めたらそこで会話終了だよガール!!えーとつまりね…この人がネコゾンビをひどい目に合わせたって事」

僕の説明にガールは三秒ほど考え込んでから、ボンサイカブキに向かって叫んだ。

「ひどい!ネコゾンビを返しなさいよ!」

何故か律儀にガールが理解するのを待っていたボンサイカブキは、閉じた扇を僕達に突きつけて口を開く。

「返せと申すか、ははぁそれも一興…しからば貴殿らにも見せてやろう…この舞台の上では、わしはその夢を現に写しとれる。…まやかしではあるがの」

額にある第三の目がカッと見開かれる。その瞬間、僕達は炎に包まれた。

「きゃあッ!火事!?」
「ここは…今度はどこだ!?」

炎の中に溶けるように消えてゆくボンサイカブキの笑い声が、高らか響き渡った。

「さぁさ幕開けじゃ、ご両人!ここは猫の夢心の底に隠された妄想…あやつにとっての幸せな世界。それでも眠り猫を目覚めさせたいのならば、各々自ら探すがよい!!」


舞台が一変して、僕達は燃え盛る牢屋の中にいた。石畳の床に見覚えがある。ここは…ネコゾンビの部屋だ。
姿勢を低くして炎の中、部屋の奥へと視線を走らせると、そこには探し求めた人物の姿があった。僕達は思わず、彼に駆け寄って叫んだ。

「「ネコゾンビ!」」

初日に会った時よりも大分憔悴した様子のネコゾンビのそばで、二つの焼けただれた黒い塊が彼に寄り添うように燃えていた。

「ネコゾンビ!大丈夫!?」
「違うニャ…ボクは…こんなの望んでない…望んでないニャ…。振り返らないって約束したのニャ…なのになんで…なんで戻ってきちゃったのニャ?」
「ネコゾンビ…?」

うわの空で呟いているネコゾンビの視線は、僕達ではなく足元の塊に注がれている。炎の中、目を凝らして見てみると、それが元はヒトであっただろうことがわかった。
問題は、燃えているモノの着ていた服が…僕等の服にそっくりだったという事で。

「コレは…」

…僕と、ガール…?

なんで…ネコゾンビの夢の中で、僕達が燃えているんだ?
ネコゾンビは、やはり怒ってたのだろうか?憎んでいたのだろうか?そんなに僕達に帰って来て欲しくなかったのだろうか?

僕がなにも言えないでいると、またしても炎の中から笑い声が聞こえてきた。


「カッカッカッカッ!猫よ!よかったのう。まやかしなぞもう要らぬな…どうじゃ、お主の望んだ二人が居るのじゃぞ!」
「ボンサイカブキ…!ギニャッ!」

現れたボンサイカブキに、ネコゾンビが蒼白な顔色で飛びかかろうとした。しかし、足枷と黒焦げの塊に阻まれてしたたかに床に体を打ち付けてしまった。
それでもネコゾンビはボンサイカブキを睨み付けて叫んだ。

「ボンサイカブキ…嘘つくんじゃないニャ!ボクは騙されないニャ!あの二人は現実に戻ったのニャ!現実で…幸せに暮らしてるはずなのニャ!」
「ネコゾンビ…」

彼の目は一度も僕達を見ていない。けれど、僕達は理解した。彼は僕達を憎んでなんかいなかった。そして…彼がどれだけ僕達の幸せを願っていたのか。

「カッカッカッ…お主こそ、下らぬ嘘をつくでない。これこそ、お主の望んだ結末じゃ。どれだけお主が手助けをしようとも、お主はもう現実には戻れぬ。共に行くことが出来ぬのなら、せめても…」
「やめるニャ!お願いだから…やめてくれニャ!!」

耳を塞いで絶叫するネコゾンビの懇願を嘲笑うかのように、ボンサイカブキは決定的な言葉を吐き捨てた。

「…共に逝きたいと願ったのは、お主じゃろう?」
「嘘ニャァアアアーーーーーーッッッ!!」

燃え盛る部屋に、ネコゾンビの痛ましい悲鳴が響き渡った。



「いい加減認めればよかろう。これこそが真にお主が叶えたく思い、叶わなかった望み。胸の中で押し殺した願いそのものである。もっと素直に喜べばよいのにのう…いかに妄想であれ、こんなに幸せな夢が見れるのじゃぞ?」

苦しむネコゾンビに理解できないと言わんばかりにボンサイカブキが小首を傾げてみせる。呻くように止めてくれと繰り返すネコゾンビを無視して、ボンサイカブキは台本を読むかのように朗々と言葉を吐き続けた。

「燃え盛るグレゴリーハウス。幸せになってほしい、けれど共に逝きたい。振り返らないで欲しい、戻ってきてほしい。どうか逃げ延びて、己を抱きしめて。幸せになって、一緒に消えて。…相反する願いをどちらも叶えるという訳にはいかぬ。だからこそ『叶わなかった望み』を見せてやったというのにのう…」
「…違う…違うニャ…こんなの…ボクは望んでないニャァァ…」
「ふん…まこと強情な奴じゃのう。ならばなぜ未だここは燃えておるのじゃ?燃えつき塵に成り果てて仕舞えぬ身のお主が望んだからではないか…共に『逝き続ける』ことを。そら、そこで燃えておる二人は何人目だろうなぁ?」

ふふふふ、と扇で口元を隠してボンサイカブキが意地悪な笑い声をたてる。

…大分、話が見えてきた。
けれど自分のその考えを信じたくはなかった。

僕達が逃げ出したあの日…ネコゾンビは本当は僕達に一緒に燃えて…消えて欲しかったのかもしれない。だけど、僕達が強い意思でもって現実に戻ると言ったことをネコゾンビは喜んでくれていた。…あの姿は、きっと嘘じゃない。
どちらも彼が望んだ事だろう。でも彼は僕達に振り返るなと言ったんだ。僕達を信じて送り出すことを選んでくれたんだ。

それなのに…心の中に押し殺した、決して望んではいけなかった夢を毎夜、掘り起こして見せつけられる…それはどんなに耐え難い悪夢なのだろうか!


僕はボンサイカブキを睨み付けた。

「なんでこんなひどいことを…!!」
「どんな望みも望みには相違なかろう。あれが一番、そこな猫が幸せになれる夢よ。だから見せてやったにすぎん…振り返らずにいた、貴殿等にはもはや関係のないことであろう?」
「そんなこと…!!」

ない、と言い切れなかったのは僕達は今では現実に戻ってしまっているから。そして、彼を選んでやれなかったことが悲しかったからか…。

それとも。

「ねぇ、もしかして…あの黒焦げなのは、私達なの…?」
「ええい…お主は今ごろ気づいたか!その話はとうに過ぎたわ!」
「やっぱりそうなの…じゃ、別に気にしなくていいわね!えい!」

イライラした様子でボンサイカブキが言った言葉に何故か表情をパッと明るくしたガールが………黒焦げの塊を勢いよく踏みつけて足蹴にしたからだろうか。

グジャッと音がして元・僕達が粉々に砕ける。

「「「っぎゃぁあああああーーーーーッ!!」」」


気づけば全員が悲鳴をあげていた。



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