りたーんず

□29
1ページ/1ページ



長い一日の終わりに僕達を待ち構えていたのはホラーショーの舞台。
あの懐かしくあたたかい悪夢だった。


闇夜の静けさを切り裂くような絶叫は、僕達の恩人の部屋から聞こえた。
以前僕達がこのホテルから脱出しようとしていた時にも彼が悪夢にうなされていた夜は度々、悲鳴が聞こえてはいた。しかし…一度だってこんなに痛ましい叫び声がしたことはない。

「うなされてるにしても変よ!何かあったんじゃない!?」

ガールが珍しく緊迫した様子で口にしているのを、キャサリンが欠伸まじりに宥めている。

「心配しなくても…診た感じ、病気とかじゃなかったわよ〜?夜泣きがひどいから何回か見に行ったけど、本人は全くいつも通りなんだもの。アナタ達が帰ってくるちょっと前から毎晩こんな感じだし…チョコレートにかじられる夢でも見たんじゃな〜い?」

採血が絡まない場合のキャサリンの腕前は確かだ。その看護婦としての見立ては、およそ筋が通っている。
けれど、僕達はどうしても納得出来なかった。

「でも…やっぱりおかしいわ!だって私達が帰ってきた夜からずっと、ネコゾンビの姿をみてないもの!」
「…ガールの言う通りだよ。一回もキッチンにも来てないみたいだし…」

僕達が再びホテルに戻ってきてから今日で八日…その間、一日も食べ物を求めてキッチンに現れるネコゾンビの姿は見られなかった。
ただ僕達に会いたくないだけかと思っていたけど…もしかしたら、何かが起きているのかもしれない。

「様子を見に行きましょう!」
「止めときなさい」

ガールの提案を遮り、険しい声でキャサリンが宣言した。

「アナタ達もこれからこのホテルで暮らしていくんなら、覚えときなさい。…誰だって秘密があるの。あの子にはあの子の事情ってものがある。それに勝手に首を突っ込むのは、許されることじゃないわ。それに、行ったって何にも出来ないわよ。…どっちも傷つく、ただそれだけよ」

キャサリンの言っている事は紛れもない事実だ。僕達はネコゾンビを『本当に救う』ことなど出来ないだろう。そして恐らく彼の方も救われたいとは望んでいない。あの日…二度と会いたくなかった、と叫んだ彼の姿が頭をよぎる。

…それでも。

「そんなの…そんなの知らない!大事な人が苦しんでる時に、側にいられるんなら、私はどんなに傷ついても…嫌われたって構わないわ!一人で苦しんでるのを知ってて、それでも放っておくよりよっぽどマシよ!!」
「ちょっと!待ちなさいガールッ!!」

走り出したガールの背にキャサリンが手を伸ばす。けれど迷いのない走りで駆け出したガールにその手は届かなかった。

ノックもせずに南京錠を開けて、ネコゾンビの部屋へと飛び込んだ彼女を追うべく、向けた背後から呆れの混じる困惑したような声がした。

「アンタも行く気なの…なんでそこまでするのかしらねぇ?放っておいてあげるのも、ひとつの優しさよ」

僕は立ち止まり、優しい悪夢の住人を振り返った。苦笑に近い笑みが浮かんだ。

「そんな事は知ってるよ。だから、これはただのエゴだ。僕もガールも、勝手にネコゾンビの心配をしてるだけで、僕達の都合で勝手にうなされてる彼を起こしに行く。ただ僕達が、友達にせめて幸せな夢を見ていてほしいから」

たとえどちらかが傷ついても、そんなことはもう恐くない。僕達はもうこのホテルに迷いこんで、たださ迷っているのではない。

「もしうなされているのがキャサリンだったとしてもガールはきっと起こしに行くと思うよ。僕だってそうする。だから覚悟しておいてくださいね?僕達、遠慮なんかしませんから。それにしても意外だなぁ…ここの人は皆、誰より自分の心に忠実じゃなかったっけ?それが誰かに遠慮なんて…ずいぶん貴女らしくないですね、キャサリン」

珍しく口にしてしまった皮肉にキャサリンが少しキョトンとしている間に僕は鉄の扉の中に駆け込んだ。


「………どうしよう、なんか言いすぎた気がする」


勢いで死亡フラグギリギリまでキャサリンを挑発するような事を言ってしまった。部屋から出た途端に、偉そうな口を聞いてくれちゃって…血の気が多いんなら抜いてあげるわぁ〜!と採血でもされたらどうしよう。死ぬかもしれない。

…とりあえずまた後で考えようと顔をあげると、そこは何度か見馴れた…

ホラーショーの檜舞台だった。


「ここは…一体何が…!?」

思わず過去の恐怖がよみがえりそうになり、足がすくみそうになる。
その時、先に入ったガールがこちらに駆け寄ってきて緊張した面持ちで叫んだ。

「ボーイ!この部屋やっぱりおかしいわ…リフォームにしてもこの広さの違い…匠の技すぎる!」
「ありがとうガール、大分落ち着いたよ!あと、たぶんこれリフォームじゃない」

あり得ない状況にあり得ない反応を返すガールにいつもの自分が戻ってきた。冷静さがツッコミで戻ってきた自分には…少し落ち込んだ。

「どう見てもこれはホラーショーだね。いつの間に引っ掛かったか分からないけど…これは『誰の』ホラーショーだろう?」
「ひょっとして…ネコゾンビかしら?」
「それにしても様子がおかしいよ。なんだか静かすぎる。ネコゾンビも見当たらないし…いつものホラーショーならすぐに襲いかかってくるのに…」


その時、舞台上から拍子木の音が聞こえた。思わず振り返った視線の先では、黒子が紙吹雪を降らせている。

打ち鳴らされる拍子木の音に混じってお囃子がこだまして壇上の傘が一つ、ふわりと持ち上がり…その影から一人の男が姿を現した。

「これはこれは…飛び入りの客が二人…それも長きにわたる待ち人が来たとあっては、今宵の興行は誠、愉快なものになりそうよなぁ」

袴と着物に身を包み…傘に邪魔されてその顔こそ見えないが…歌舞伎のような口上を述べる口元はニヤニヤと笑んでいる。

「アナタ誰よ!?知らない人と待ちあわせなんかしてないわよ!」

ガールが叫んだ言葉に、男が手にしていた傘を放り投げた。その顔にある三つの目を見開いて、歌舞伎役者のように見栄をはる。

「知らざぁ言って聞かせやしょう!我こそは妄想屋、ボンサイカブキ!!今宵まみえたお主らの夢、妄想。まとめて覗いてしんぜようぞ!!」






――――――――――――
お待たせしました第29夜。
けっこう長くなったので分割しました。キャサリンに語って欲しかった。

そしてまさかのボンサイ登場。
次からはようやく前半のフラグを回収に移れそうです。

次回、ホラーショー。
よっ!ボンサイカブキ!の掛け声と共にご覧ください。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ