りたーんず

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坂道を転がるように事態は進む。それがどちらへ転がっていくかは、誰にもわからない…。
ただひとつ、分かるのは…もう誰にも止められないという事だけだった…。



廊下の向こう側でのシリアスな展開も知らず、ミイラ親子の部屋に文字通り引きずりこまれた僕達はガタガタと震えていた。

僕らの目の前では、満面の笑みを浮かべたミイラ坊やが褒めて褒めてと言わんばかりに彼の父親にじゃれついていた。

「おやおや、ずいぶん懐かしい顔が…なんとまぁ二つも。…いったいいつ戻られたのでしょうなぁ」

肘掛け付きのソファにゆったりと腰かける彼は相変わらず具合の悪そうな青白い顔をしていた。その頭には、青龍刀が刺さっている。
伏し目がちではあるが、愛情に満ちた手つきで息子の頭を器用になでるそのまなじりは優しげに見える。しかしそれを覆すほど…頭に刺さっている青龍刀。

「ガール…僕もうダメかもしれない」
「あきらめたらそこで試合終了よ!」

ツッコむ気力も湧かないほど、僕は絶望していた。

「父ちゃん父ちゃん!おくすりチョーダイ!オイラのおくすり、おわっちゃったんだ!!」


楽しげなミイラ坊やの声が明るく響く。

なるほど…坊やのポケットに薬の持ち合わせがなかったために、その場で毒薬を飲まされなくてすんだようだ。しかし僕達は今や完全にミイラ親子に捕まってしまった。…これからのことを考えるのが怖い。

「ホラーショーだホラーショーだ!わーいわーい!」
「大丈夫よぉ〜…あとでアタシがちゃ〜んと介抱してあげるわぁ〜!」

楽しそうな悪魔っ子と、恍惚とした顔で注射器を握るキャサリン。およそ味方らしい人が一人もいない状況だ。


「毒と採血のダブルパンチかぁ〜…あっけない最期だったなぁ…」
「ねぇ、なんか変じゃない?ミイラパパ」
「え?」

ガールの言葉に顔をあげると…僕達とミイラ坊やを見比べ…悲しげな色が浮かべたミイラパパの瞳と目があった。

「坊や…残念だが、もう予備のお薬がないんだ…だから、このお薬は大事に大事にして坊やが飲むんだよ」
「?はーい!」

わかったのか分かってないのかは定かではないが、ミイラ坊やは手渡された薬を自分のポケットにしまった。
ミイラパパはこちらを向くと、申し訳なさそうに静かに言った。

「あなた達には申し訳ないですが…さっきの薬が最後の薬なので、お薬を分けてはあげられません。あなた達も随分顔色が悪いのに…いやぁ、面目ない〜」

しばし呆然とした僕たちは、しょんぼりしているミイラパパの語る言葉の内容をようやく理解した。

薬がないということは、ホラーショーもできないということだ!
なんて運がいいんだろう!

「いや、お気になさらず!僕たちは健康そのものですから」
「お薬がないなんて大変ね!」

ガールが心底同情したような声でつづける。
その時、傍観していたキャサリンが突然ミイラパパに問いかけた。

「ちょっとミイラパパ!それならそうと…なんで診察に来なかったのよ〜!?」

キャサリンの権幕にミイラパパがあたふたと口を開く。

「キャサリンさん…いや、実は…その………お恥ずかしい話ですが、私、実は…以前、訪問販売に騙されてしまいまして…診察に行けるお金もないのです…」
「「「ハァッ!!?」」」

「なんでも…健康にすごくよくて、座れば誰でも健康になれるという『電気まっさーじ椅子』という素晴らしい商品のハズ…だったんですが」
「騙されちゃった、と?」

ハイ、面目ない…と身を縮めるミイラパパ。

「不良品だったんですか?」
「はい。返品しようにも…」
「住所もデタラメだったのね〜?」

ミイラパパが頷く。

「電話番号もデタラメで…通販ダイヤルにつながってしまいまして〜…」

通販ダイヤル、と聞いたキャサリンが眉をひそめる。

「…それ、もしかして『パブリックフォン』じゃな〜い?いいえ、もしかしてじゃなく絶対そうだわッ!」

怒りのあまり髪が重力に逆らいつつあるキャサリンに、ガールが手を挙げて尋ねた。

「はいは〜い!パブリックフォンって…誰?」
「いっつも詐欺まがいの事ばっかりしてる不良よぉ〜。たしかホテルの外に住んでたみたいだからアナタ達は見たことないでしょうけど…たまにホテルの中でも悪さしてくのよ〜」
「変装がすっごくうまいんだよ!誰にでも変装できるから、見つけるのは絶対ムリだね!!にひひッ」
「では…お金を返していただくのは無理でしょうなぁ〜…」

ジェームスの言葉に、ミイラパパががっくりと肩を落とす。その詐欺師のおかげで助かったようなものなので…なんだかとても複雑な思いだった。

「許せない…」
「え?」
「許せないわ!大事なお薬代をだまし取るなんて…お天道様が許したって私が絶対認めない!!ミイラパパ…任せて!そのお金、私たちが取り返すわ!!」

いつの間に包帯から抜け出したのか…自由になった両手でミイラパパの手を固く握り、真剣な眼差しで言うガール。

「ちょっとガール!そんないきなり…というか、いつの間に包帯を」
「引きずられてくるとき、とっさにシザーサラダから一本掴んできたのよ!」

ガールが小さなハサミをチョキチョキとならす。…相変わらず準備がいい。そんなことより!とガールが今度は縛られた僕の両手を握りしめた。

「…決めたわボーイ…私たち『何でも屋』になるのよ!!手始めに、ミイラパパのだまし取られたお金を奪い返すの!!」

その言葉に、ミイラパパの顔に珍しく血の気が上がる。もっとも…興奮とともに、頭の上から噴水のように吹きだしているが。

「おお…それは本当ですか…!?是非お願いいたします!!」
「任せて!私達で必ず取り戻してくるわ!!」

ガールがとびきりの笑顔で言った言葉に…僕はぎこちない笑顔で、私達…ってきっと僕の事も含んでるんだろうなぁ…という嘆きをのみこんだ。

その時、ドアが開いて審判が顔を出した。
部屋の中のわけのわからない状況を一目見て、悔しそうな顔でよく分からないセリフを叫んだ。

「なんかボク…さっそく肝心のとこ見逃した!?」



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お待たせしました26夜!

ミイラパパは悪徳商法に引っかかりやすそう!人を疑うということをせず、髑髏ラベルのビンもイッキしちゃうミイラパパは危ない目に会ったことが…ないな…あれはないな!

そんなわけで、思いがけずル●ン捕縛ミッションが始まります。はたして仲直りはできるのか?それとも…流転の一日はまだまだ続きます。以下次回。



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