りたーんず
□20
1ページ/1ページ
夜のグレゴリーバーで、すごく楽しそうにシェフが笑っている。
…ほらね、やっぱりシェフっていい奴だっただろう?
『バーにある人物がやってきたらシェフに知らせるんだ。後はシェフに任せて、物影から眺めていてくれればいい。それから…これが一番重要なんだけど、しばらく絶対にお酒を口にしないように…』
『ある人物って…?』
ボクが尋ねるとデカ長…いや、ボーイは意外な人物の名前を告げた。
『…クロックマスターだよ…』
「本当に…毎回毎回今日のような料理だったならいいのだがなぁ…そうじゃろうグレゴリー!?」
「はて、料理の腕は良い男ですがねぇ…お気に召しませんか…?」
「…腕前は確かじゃが、料理も本人も恐ろしくてこっちは食った気がしないわい!!」
バーを見張ること3時間…その日のうちに早速、クロックマスターがやってきた。
カウンターに座り、マスターのグレゴリーとシェフの噂話をしている。
「…ミンチミンチミンチミンチミンチミンチミンチミン…」
「シェフ…落ち着こう。今踏み込んでもホシに逃げられるだけだよー?」
ボクは鍵穴からバーを覗きながら、背後のシェフを宥めた。シェフはバーの扉にガラスのコップを押し当てて歯ぎしりをしている。…時折聞こえる呪いの声のような調理法が恐ろしい。
…クロックマスターもタイミングが悪い…今一番近くにいるのはボクなのに…!!
「…逃げられる?…いや…」
上から包丁が降って来ない事を祈りながら見上げると、シェフが笑っていた。獲物を前にした狩人の目をしている。
「…もう逃げられない…」
シェフが呟くと同時に、バーの中でガターン!!と何かが倒れる音がした。驚いて鍵穴に目をやるとクロックマスターが泡を吹いて倒れている。
「…行くぞ…」
「え?あ…待って待って!!」
さっさとバーに入っていくシェフ。…突入はボクが先って約束したのに!!
シェフに続いて中に入ると、クロックマスターはまだ意識があったのか…シェフとグレゴリーを交互に見て叫んだ。
「目眩がする…吐き気もだ!!…おのれ…貴様らグルか…!?ええい…酒に何を盛った!?」
倒れたクロックマスターを見下ろしてグレゴリーが首を横に振る。
「…おやおや心外ですなぁ…私は普通にご注文のカクテルをお作りしただけでございますよ?」
「…その通り…グレゴリーは関係ない…盛ったのはオレだ………ただし、酒じゃなく夕飯にな…」
シェフが倒れたクロックマスターを見下ろして冷たく笑う。
「…夕飯じゃと!?だが…今の今まで何も起きておらんぞ!…やはり酒に何か入れたのだろう!?ヒィッ!!」
上着の裾に包丁を刺され身動きが取れなくなったクロックマスターが悲鳴を上げる。
「…酒じゃない…料理だ…今日の夕飯は美味かっただろう…特にスープは…?あのスープには酒と一緒に食うと危険なキノコが入れてある…酒を飲んだら発作が起きる」
いくらタイム・イズ・マネーを使ったからと言って夕飯前まで時間を戻すのは大変だろう…とシェフが笑う。その笑顔にクロックマスターの顔からどんどん血の気が引いていく。
不意に、シェフの顔から笑顔が消える。
「…夕飯…食べた気がしなかったか…?」
「えっ…いや、そんな事は!!」
クロックマスターの言葉を遮り、シェフが再び笑顔になる。猟奇的な、という表現が似合いそうな笑顔だった。
「…安心しろ…お前には特別にデザートがある…」
そういって、シェフが『ボーイのお土産』の袋を破る。その瞬間、部屋中にものすごい悪臭が充ちた。
「ふわぁ!この悪臭は何らい!?殺人兵器!?」
「ドリアンじゃよ」
鼻を洗濯挟みでガードしていたボクの疑問に答えたのはグレゴリーだった。…ちゃっかり自分はガスマスクをしている。
「酒と一緒に食うと腹の中で膨張し、最悪死に至ることもある果物じゃ。まぁ大量に食えばの話じゃが…」
「へぇー、そうなんらぁ…あぁ、らからお酒飲むなって言われたんら!」
振り返るとトゲトゲしたフルーツを大量に抱えたシェフが、臭いだけでダウンしているクロックマスターの腹の上に座り、その口にぐいぐいと押し込んでいた。
「…あの男も…あれで優しい奴よ…父親の健康を心配しているマイサンの代わりに、酒をやめさせる気なのだろうな…もっとも、私怨が八割でこれでは本末転倒だがな?ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
グレゴリーの推理にボクも頷いた。
そっかぁ…やっぱり、シェフはいい奴なんだなぁ!!とボクはなんだか嬉しくなった。
「フハハハハハハハハ…!!」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
「あははははははは!!」
三人分のそれぞれ意味の少し違う笑い声がバーにこだまする。
こうして、シェフとの仲直り大作戦は終わりを告げた。
審判小僧の胸でドクロのバッジがキラリと光る。
…これが後にまたひと騒動起きる原因となったのだが…今はまだ誰も知らなかった…。
−−−−−−−−−−−
ラストラスト詐欺再発を防ぐために、ボーイ暴走編とシェフ暴走編で分けました。ビーティーといい、水鉄砲といい、伏線が分かりにくすぎる事に定評があるナンダコレです。
間にボーイが審判に甘いの(高級チョコレート)3個投げてやる!というネタをいれるかどうするか悩みましたが長くなるので止めました。
ちなみにお酒と一緒に食べちゃいけない毒キノコは実際にあります。食前食後一週間酒絶ちしないと発作が起きるという…クロックマスター不憫なキノコです。
さて次回はシェフとご対面&小さな嵐の予感!
ではまた次回お会いしましょう!