りたーんず
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目の前で起きた事がよく理解できない。
でも、どうにか出来るのは自分だけしかいない。
…さぁ、君ならどうする?
翌朝、ボクはピカピカになるまで洗った中華鍋を持って食堂に向かっていた。
手に持った鍋を軽く叩くとコン、と固い音がした。
「…やっぱりこれ金属だよね?なんだかまだ信じられないなー…これをボーイが作ったなんて…」
最初から『なんでもアリ』がこのホテルだけど、昨日は本当に驚いた。
ボーイの説明によると、グレゴリーに吸収されたボーイ達の魂のカケラがグレゴリーの力を利用して、彼らの記憶の中にある物を作り出す事が出来るようになったらしい。
言葉ではよく分からなかったけれど…実際に目の当たりにして、そのスゴさを実感した。
驚いたボク達にボーイが付け加えた説明によると出せない物も色々とあるらしい…例えば、生きている物や、見たことが無い物、複雑な構造の物、グレゴリーが出したくないと思っている物とか…。
「便利かと思ったらずいぶん不便だねー…なんでそんなに面倒な条件がついてるんだい?」
ボクの疑問にボーイが丁寧に教えてくれた。
「…生物は魂とかの問題があって出せないんだ…あと、出したい物を想像しなくちゃならないから複雑過ぎて仕組みがよく分からない機械とかも無理。現実で見たことがない想像上の物もダメみたい。それから、僕達の力はグレゴリーさんの借り物みたいなものだから、現実への扉…とか、グレゴリーさんが出したくないと思っている物も出せないよ」
「…それはそうと…いちいち土から掘りださなきゃイケないのかしら〜?…あんまり料理に使って欲しくないわねぇ…」
泥だらけの鍋にキャサリンが眉をひそめて言ったセリフにボーイが苦笑する。
「そこは、しっかり洗えばなんとかなるんじゃないかな?…ホテルの中の物を何か代わりにしなくちゃ作れないし…土に埋めて作り直すのが一番手っ取り早いと思って。………で、いいですか?グレゴリーさん」
突然ボーイに問いかけられて、グレゴリーが首を傾げる。
「…はて、何がでございましょう?」
「…貴方の力を勝手にお借りしてもいいですか?」
グレゴリーはしばらくボーイを見つめた後、いつものように不気味に笑いながら頷いた。
「ヒヒヒヒヒ…かまいませんよ?…お客様がそう望まれるであれば、私には拒否権などございません…」
何度思い返しても、ホントに意外だった。
「…グレゴリーの事だから『使用料を払え』くらいは言うんじゃないかと思ってたんだけどなー」
グレゴリーなりに、害はないと見なしたのか、メリットがあると考えたのか…それとも、また何か『別の理由』があるのか…。
とにかく、シェフに鍋を渡してから考えようとボクは食堂の扉を開けー…閉めた。
「なんだろう…嫌なモノが見えた気がする…見間違えじゃなかったら、クロックマスターに襲い掛かるシェフ。…でもきっと見間違えだよね!この騒音も幻聴だよね!」
そう、全部気のせい…走り回る音も、シェフの怒鳴り声も、何か切れる音も、タイム・イズ…うわぁああ!というクロックマスターの叫び声も…マイサンの悲鳴も…。
そこでボクは回れ右した足を止めた。
「って…マイサン!?ヤバいよヤバいよ止めなくちゃ!」
振り返り、食堂のドアを開けると…そこは地獄だった。
「オレの料理が何故喰えないぃいいい!!」
「スープは食べたじゃろうがー!ええい…タイム・イズ………痺れがッ!おのれぇ…さっきのスープかッ…!!」
「やめておくれよシェフ!オイラも謝るから父ちゃんを煮込まないでー!!」
長テーブルの周りをぐるぐると逃げ回っているクロックマスター、包丁を振りかざして追いかけるシェフ…テーブルの上に登って二人を止めようと右往左往しているマイサン…。
…分かっていたけど、すごく関わりたくない。…でもマイサンだけは助けなくちゃなぁ…なんてボクが考えていたら、ボクの姿に気づいたマイサンが助けを求めてきた。
「審判小僧!父ちゃんを助けて!シェフを止めておくれよ!!」
「…そうは言ってもねぇ〜…」
シェフを止める事自体は簡単だ。頭の蝋燭の炎を消せばいい。ただしそれには十分な風か水が必要だ…。
そんなモノが一体この食堂のどこにあるっていうんだい…?
「おわぁあああ!!」
そうこうしている間に、クロックマスターが壁際まで追い詰められてしまった。
「うわぁ…いわゆる大ピンチって奴だね!」
「父ちゃーーーん!!」
「止めろシェフ話せば分かる!!」
「…問答…無用ぉおおお!!」
クロックマスターめがけてシェフが包丁を振り上げる。
ボクはとっさに持っていた中華鍋を投げた。
それは美しい放物線を画いて、シェフの頭に覆いかぶさる。
…ジュッ。
蝋燭の火が消え、シェフの動きが止まった。それと同時に包丁がクロックマスターの眼前でピタリと止まる。
「…やった!やったぞ助かった!!生きてる!ワシは生きてるぞマイサン!!」
「よかったね父ちゃん!ありがとう審判小僧!!」
「おお!ワシからも礼を言うぞ審判小僧!!」
「あはは、どういたしまして…あははははは…」
二人がお礼をいうのを、ボクは上の空で聞いていた。
どうしよう。
…ボーイ達のプレゼントで、シェフの火を消しちゃった…。
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はい、毎度毎度ながらgdgd。酷い目にあうオッサンを好む事に定評のあるナンダコレです!
三連休バイト三昧でだいぶ時間が開きましたが、いかがだったでしょうか。
時計親子、初登場。健気な息子は皆に守られていますが、父親はどんな酷い目にあってもあっさり見捨てられます。
さて、シェフとともに仲直りフラグも鎮火いたしました。これからどうなる以下次回。