リターンズ2
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説明を始める前に…と腕組みをしたヤングマスターがボーイを一瞥する。
「そこのは鼠のようじゃが…ソイツは信頼に値するお前の仲間か?審判小僧」
「?うん!」
「…本当か?」
なおも疑わしげなヤングマスターに、ボーイが顔を両手で押さえて呻くように説明した。指の隙間から見える顔は赤い。
「この耳はオプションで本来は生えてないので気にしないでください。悪い魔法使いに魔法で呪われちゃったんです…」
「成る程。そうなのか審判小僧」
「そうだけど…なんでいちいちボクに聞くの?」
ボクの疑問にヤングマスターは淡々と答える。
「お前さん等は体質上『嘘をつけない』からな。一番信用が出来る」
「へぇーそうなんだ!!」
思わず感嘆の声をあげるとボーイに肩を叩かれて優しく微笑まれた。
「審判…せめて自分の事くらいは知っておこうか?」
「し、知ってるよ!でもこうゆう使い方された事はなかったんだよ!」
確かに思い出せば誰かに嘘をついたことなんてない。嘘をついたりしてもどうせ親分や先輩達がいるからすぐバレるだろうし。ただその分色んな人に「正直になんでも思ったことを口に出すな!」と凄まれたことはあった。…別に悪いことをしてるわけじゃないから気にしたことなかったけど。
そっか体質だったのかー…と考え込んでいるといきなり頭痛でもしたのかヤングマスターが頭に片手を当てて、話を変えた。
「…まぁいい。おい、お前さんらの中に金の時計を持っとる奴はおるか?こういう奴だ」
そう言ってヤングマスターがポケットから取り出したのは真新しい金色の懐中時計だった。なんだかどこかで見かけたような…と思っているとそばにいたボーイがポツリと呟く。
「…さっき審判が物置で見つけた奴に似てるね」
「これの事?」
ボクがポケットから出した古い懐中時計にヤングマスターがニヤリと笑って胸を張る。…いつかボーイがした『ドヤ顔』というのに似ている。あの頃はまだ動いていた天秤のジャッジ曰く、こういう時は下手に口を挟まない方がいいらしい。
「そもそもこれはわしがあの『次元転移装置』の実験をするために一年後の次元からこの金時計を呼び出そうとしただけにすぎん。しかし何らかの影響で誤ってお前達の時代、お前達の次元からお前達ごと転送されてきたようじゃ。そもそもこの次元転移装置は対象の…」
さっきのあの機械は『次元転移装置』というのか。次元転移装置よりはタイム・イズ・マネー・マシン…略してタイムマシンの方がネーミングセンスがい…呼びやすい気がするけど。
それから10分、長々とタイムマシンの素晴らしさを力説していたヤングマスターが首を傾げる。
「…しかし変じゃな。金の時計を装置のパネル上に置いてレバーを引きながらタイム・イズ・マネーを使う必要があるから間違えるはずはないんじゃが…まぁいい。ほら。そっちの時計を貸してみろ」
「はーい」
ボクが未来から持ってきた時計を手渡したことで、ヤングマスターの両手には一個づつ同じ時計が握られている。
「ここに二つの時計があるじゃろう?これをこうして…」
「あっ!」
ヤングマスターが時計を触れあわせる。すると音もなく、まるで同じ絵を描いた透明なフィルムがピタリと重なるように二つの時計がひとつになった。ヤングマスターの掌の中に残された新品の金時計は何事も無かったように時を刻んでいる。
ボーイが緊張した顔で、自分の考えが正しいかを確めるように呟いた。
「未来の時計が…吸収された?」
「左様。未来のモノが過去のモノと出会った時、それらはひとつに合わさる。『過去にタイムスリップした時計』という未来が吸収され…未来ではこいつがタイムトラベルをした事実自体がなくなる」
なんだかもう分かりやすいのか分かりにくいのかすらよく分からない!
だけどマイサンやボーイは真剣な顔でシリアスなムードに包まれているのでここはボクも理解したふりをしておこう。…これ、後でテストに出るとかないよね?
そんなことを考えていたら、ボーイがヤングマスターに詰め寄って熱く質問責めにしていた。
「でも!それだと未来ではタイムスリップした時点でこの時計が未来の世界から消えたことになるじゃないですか!これでは未来に帰ったとは言えない。巡る時間のループに取り込まれただけだ!」
「それは大丈夫じゃ。まず前提条件として…この世界特有の現象でな…物質の元々が皆等しく混沌で出来ておる。じゃから未来の時計がタイムスリップで過去に来たように見えるが、実際は次元転移装置で『未来の時計の記憶』が過去に呼び出されただけにすぎん。未来では時計とお前達の体積分混沌が世界に戻り、過去では混沌から時計とお前達の分混沌の物質化が起きた。したがって未来も過去も混沌の総量自体は変わっておらんのだ」
もっとも未来の記憶と意識がこちらの次元の混沌に包まれているから結局はこちらで体を得たのと同じようなものだと説明する。
ボーイが頷きながら口の中で小さく呟いた。
「つまり今の僕達の体は…この過去における『かりそめの体』…」
「ん?あれ?ねぇねぇボーイ。記憶と意識って…」
分からないところを隣のボーイに聞こう途端、また説明が再開してしまった。
「まぁ体感的にはタイムスリップとあまり変わらないじゃろう。それが同じ物質と接触することによって境目がなくなり、一瞬で物質が過去に再統合されるわけじゃな。なぜ過去に再統合されるかというとこれは混沌の性質が…」
なんだかさっぱり分からない。ボーイは分かってるみたいだから難しい話は彼に任せて後で分かりやすく説明してもらおう。今日の晩御飯なんだろう。あ、でもこの世界にシェフはいるのかなぁ…。
「つまりこれで未来の時計が消え、過去の時計は新たに時を刻み、タイムスリップをしない別の未来へと進む。これにより時計はタイムスリップをしない未来に帰り、未来では時計のタイムスリップ自体が起こらなかったという事実が残る。…というわけじゃが…で、この方法で戻るにはお前さん達がこの時代の自分自身に触る必要があるんじゃが…この時代のお前らはどこにおるんじゃ」
ここでこれまで大人しく話を聞いていたマイサンが手を挙げて叫ぶ。ボク達も続けて挙手。
「生まれてないよ!」
「迷い込んできていません」
「はい!…あれ?ボクはいつここに来たんだっけ」
「話にならんなお前達…」
ヤングマスターが眉間に深いシワを寄せてため息をつく。
「仕方ない。ならばあちらとこちらでまたタイムトラベルをするしかないな。来たときと同じようにあちらとこちらでレバーを引きながらタイム・イズ・マネーをすればよい」
その言葉にボク達はまだ宿題が全部解けてないのに提出を求められた学生のように歯切れ悪く答えた。
「それが…あっちじゃ機械が爆発しちゃいまして…」
「タイムイズマネー…出来るかな?あっちのマスターはあと三日は二日酔いでしょ?」
ヤングマスターが眉根を寄せる。
「なんじゃと?お前達の未来でのわしはいったい何をしておるんじゃ!!」
これなら簡単だ!
ボクは元気よく答えた。
「いつも飲んだくれて倒れてるよ!むぐっ」
ボーイとマイサンに二人がかりで口を押さえられた。
未来の自分についてを知ってしまったヤングマスターが呆然とした顔でへたりこむように椅子に腰かけた。
ダンッ!と拳で机を叩く音が真新しい物置に響く。
「…ようやく…この世界から逃げられると思ったのに…!!」
その言葉にボーイが目を丸くした。
「この世界から『逃げる』…?もしかして…貴方も現実からこの世界に迷いこんで来た人だったんですか!?」
「現実?いや、わしは…………くそッ!またじゃ!また記憶を失った!」
髪を掻きむしりながら頭を抱えて項垂れるヤングマスターにマイサンが声をかける。
「大丈夫?父ちゃん…」
バッと顔を上げたヤングマスターはその目に怒りと憎しみのようなものすら滲ませてマイサンの伸ばした手を振り払った。
「父ちゃんだと…?わしに子供なぞおらんわッ!!」
「…ごめん、なさい…」
傷ついた顔で俯くマイサンの背中を、ボーイが固い表情で見ていた。
そして遠い未来…物置に集まった住人達の前でクロックマスターは過去と同じように絶叫していた。
「うわぁあああすまぬマイサーーーンッッッ!!わしが全面的に悪かったから泣かないでくれぇええ!!!」
隠れて鍵穴から物置を覗いていた少女がひょっこり顔を出す。
「ねぇ、これはいったい何が起きたの?」
「「「さぁ?」」」
突然のクロックマスターの異変の意味が分からず誰もが首を傾げる。その後…全員でなだめてクロックマスターがなんとか落ち着きを取り戻すまで…それから30分かかった。
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お待たせしました64。
今回は大まかな説明回ですがヤングマスターのタイムスリップやタイムパラドックスについての説明はぶっちゃけ審判レベルに聞き流していて大丈夫です。
テストに出ないよ!
さて次回こそ現在チームの出番(予定はあくまで未定)です。お楽しみに!