リターンズ2

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「セーブ?」

夜、ロストドールとの仲直りを報告に行った際に僕達はネコゾンビからその話を聞かされた。

「そうニャ。カエル占い師は『記憶』を預かってくれるんだニャ。ボク達みたいな住人は例え燃えても死んでも迷界がある限り、姿形は同じ住人として復活するけど死ぬ前の記憶を引き継ぐにはカエル占い師に事前に大事な記憶に印をつけて貰う…セーブするしかないのニャ」

なんだか不可思議な話だ。まぁ死んでから生き返る事が前提の話だから仕方ないけれども。

「セーブしないとどうなるんだい?」
「仮に…もしもセーブしてないゲストがこの世界で死ぬと徐々に記憶を無くしてさ迷う魂になってしまうニャ。記憶は未練の源ニャだから皆、大事にするニャ」
「なるほど!だからホテルから脱出する時に小まめにカエルのおばあさんに会いにいけって言ってたのね!」

ガールの言葉にネコゾンビが頷く。

「この世界は曖昧な世界ニャ…生死だけじゃなく、自分と世界の境い目すら曖昧ニャ…。自分で自分を否定したり存在する理由を失ってしまえば消えてしまう…記憶もそうニャ。この世界では忘れてしまったことは失うことと一緒ニャ。だからカエル占い師に忘れたくない記憶に印をつけてもらうのニャ」

自力で思い出すことも出来なくはないがそうでもしないと思い出すのは至難の業なのだとネコゾンビは語る。

「だからケイティはカエル占い師だけは信用できるって言ったのか…」
「カエル占い師は珍しい『中立な魔法使い』だから誰の味方にもなってはくれないけど敵にもならないから大丈夫ニャ」

確かに以前の滞在中、ホラーショーを回避するために逃げ込もうとしたら巻き添えはゴメンだゲロ!の一言でドアを開けてもらえなかった覚えがある。
まぁあの時はタイミングが悪かったけれど、追っ手の住人が近くにいた時には匿ってもらったこともある…そろそろあの人にもきちんとご挨拶に伺った方がいいかもしれない。ガールが立ち上がった。

「それじゃあ早速セーブしに行きましょ!なんだか面白そう!」
「ゲームじゃないんだよガール…」

ウキウキした足取りの彼女の後に続いて立ち上がった時、ネコゾンビがズボンのポケットからあるモノを取り出した。

「そうだボーイ。このハンカチ返すニャ…ボクが持ってるとうっかり食べちゃいそうで怖いから…」

それは脱出直前、彼の足の怪我を手当てするために使ったハンカチだった。綺麗に畳まれた赤いハンカチを手渡されるのをガールが不思議そうな目で見ている。

「そういえばそのハンカチ、最初に会った時にも持ってたわね。これ何?大事なモノなの?」

彼女の質問に僕は苦笑しながら答えるしかなかった。

「何だろうね…僕も見たことがないんだ」
「手遅れになる前にセーブした方がいいニャ」
「…そうだね」

ネコゾンビの心配は当たっていた。
僕は確かに失い始めていた。
だがもうすでに手遅れだった。

僕は忘れ始めていた。
あちらの世界での生きる意味を。現実への未練を…。

そして…確かに、感じ始めていた。
この狂気の世界にある優しさを…居心地の良さを…。




それよりも少し前、審判はカエル占い師を訪ねていた。部屋に入った途端、開口一番にしわがれた老婆の声は不気味に笑いながら彼にこう告げる。

「待っていたゲロ。ミラーマンには会ったようゲロね?お前さんの聞きたいことも、もう占っておいたゲロよ…」
「そうなんだ。じゃあ聞くけど君が作ったのなら、あのムカつく性格どうにかならなかったのかい?」

その途端、黒いベールの向こうに隠されたカエル占い師の顔からたらーりと汗が垂れた。カエル占い師がしどろもどろになって弁解し始める。

「あれは…命を吹き込む時に使った魂がちょっと悪かったかもしれないゲロね。あの調子で教育係も追い出してしまったゲロから………仕方ない。占いの代金の方は迷惑料でサービスしてやるゲロ。『何故、お前さんの真実の天秤が動かなくなったか』…」

彼女の腕前を試すためにわざと話を反らしたのだが用件はキッチリと承知していたようだ。未来や過去が見えるというのは冗談ではないらしい。さすがは真実の鏡を作った魔法使い…。

「『真実を見つけたければ、最初の宿泊客を探せ…』私が言えるのはこれだけゲロ」
「最初の宿泊客…?そんなの…」

審判の口から答えは出なかった。

彼は最初の宿泊客を知らない。いや彼は…このホテルについても何も知らない。あまりにも何も。

現にケイティやミラーマンの存在を審判は知らなかった。ガール達の仲直りの手伝いをして来なければ今ですら気づきもしなかっただろう。

真実の天秤が今もまだ動いていたら。二人の選択に関わらなければここまで知り得なかった。
そして理解した。

このホテルの謎を、二人の選択を最後まで見届けた時。そこにこそ天秤が動かなくなった理由がある。

なにより『審判小僧としての自分の存在意義』が真実を知ることを渇望している。

「…ありがとう。カエル占い師さん!ご協力感謝します!」

今まで感じたことのない強い衝動に突き動かされ好奇心に操られたまま審判は廊下へと飛び出していった。
刑事ドラマのテーマソングを歌いながら廊下を遠ざかっていく吊り椅子の音にカエル占い師はぽつりと呟く。

「…誰も運命には逆らえないゲロ…」

誰にも聞かれず呟いた言葉は煙に混じって消えた。





吊り椅子で廊下を進んでいた審判小僧は少し先の廊下に見覚えのある人影を見つけて声をかけた。

「やぁロストドール………じゃなくて今はケイティかな?」
「あら審判小僧にしては気が利くわね。そういう風に出来れば最初はロストドールと呼びかけてくれたら助かるわ。いつもアタシの方が出てるわけじゃないの。むしろいつもは体の主導権はロストドールにあるからね。アタシに用がある時はロストドールに気がつかれないように頭の後ろ側で合図してちょうだい」

ワンブレスもいれない長台詞の後でケイティはそれで何か用?と尋ねた。

「ねぇ、君は最初の宿泊客って誰だか覚えてる?」
「最初の宿泊客…さぁねぇ?グレゴリーなら知ってるんじゃない。宿帳とか見れば一発…いや、館内地図すら無くすグレゴリーがちゃんと昔の宿帳を取っておいているかは微妙なトコね。期待しないで聞いて回れば?」
「………ありがとう、そうするよ」

いちいち返ってくる台詞が多いのは普段ロストドールに体を使わせているから喋る機会が少ない反動なのかもしれないな…と思いつつも審判がこっそりと肩をすくめていると、ケイティが小脇に抱えていた一冊の絵本を審判に差し出した。

「そうだ。審判小僧これ返すわ」
「なにこれ…人魚姫?」

絵本の表紙には寂しそうに微笑む人魚が描かれている。ケイティが頷く。

「アンタの先輩に貰ったのよ。ロストドールがアタシを探し続けてくれるのは嬉しいんだけど、それだけじゃ心配だからね…。これからはロストドールだけじゃなくロストブックも兼ねてもらおうってわけ」

ケイティを探し続ける限り、ロストドールは生き続ける。だからケイティはこれからも居ない者として隠れ続けるのだ。永遠に…。

その寂しそうな表情はほんの少し絵本の人魚姫に似ていた。
審判は話題をそらすようにケイティに質問をぶつける。

「そういえば…親分は君とどんな約束したんだい?やっぱり君のことをロストドールに教えないように…」
「約束…確かに約束といえば約束なんだけど交換条件みたいなモノね」
「交換条件?」

ケイティは頷いて自分の体を吊るすワイヤーを指差すように天井に向けて人差し指を伸ばした。

「アタシの怨念で出来た糸巻きをひとつ…。それがアタシ達に近寄らない代わりにゴールドが欲しがったモノよ。何を縛るつもりか知らないけど…今頃効き目が切れ始めてるんじゃないかしら?用は済んだ?…これからが大事なの。じゃあね」
「あっ、ちょっと待ってよ!まだ君に聞きたいことが…」

審判の制止も聞かずにケイティがロストドールと入れ替わる。

ぱちりとロストドールが瞼を上げた途端、廊下の向こう側がにわかに騒がしくなった。ジェームス達だ。

「そっちにいったよ!!」
「わーい!つかまえろー!!」

テレビフィッシュを追い回す遊びをしているらしい。ぱたぱたと駆け回る子供達。だが爆発音がしないあたり今日は比較的静かな遊びの方だ。

テレビフィッシュが二人の間を泳ぎ去っていく。子供達が審判とロストドールに気づいてピタリと足を止めた。

子供達に何かを言おうとしたロストドールが真っ赤になってうつむいてしまう。その手をとってジェームスが引っ張った。驚いて顔を上げるロストドールにニヒヒッと笑ってジェームスが明るく呼びかけた。

「ロストドール。一緒に遊ぼう!」
「…うん!」

またしてもテレビフィッシュを追って走り出した子供達に審判は笑みを浮かべた。ケイティにはまだ聞きたいことがあったがまた今度にしよう。どうせ時間は無限に…。

しかし審判はひとつの違和感に振り返る。

「あれ?」

走り去る子供達の姿はいつも通り。ロストドールも加わってとても楽しそうに走っていく。他の四人も新しい遊び友達が増えて嬉しそうだ。

なのに…何故だろうか。
足音がひとつ、足りない気がした。



________
ようやくロストドール編終わりましたね!
それとともに長かった…長かったこの2章もこれで終わりです!

次ボーイ編がちょっと入ってとうとう3章に入ります。

あ、ちなみにカエル占い師がゆってるミラーマンが追ん出した教育係はアレです。


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