リターンズ2

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君は見事にやり遂げた。私だけでは出来なかったことだ。その功績を賞賛しよう。
これで全ては手遅れだ。


「失礼ですがお客様…お客様方はいったいどのようにしてロストドールがケイティと再会しても消えないとお分かりになられたので?」

グレゴリーさんの問いかけにガールは底無しに明るい声で答えた。

「だって…『会いたい』気持ちって写真を見たり声を聞いたりするだけでむしろ強くなるじゃない?」
「まさかの感情論!?」

そんな理由でなんて危険な真似を…!と頭を抱えるグレゴリーを全く気にせずガールはそれにと言葉を続ける。

「ロストドールは迷界まで『ケイティを追いかけて来た』んでしょう?そんなに大事な人なら、きっと見つけるだけじゃダメよ。絶対、側にいたいと思うわ!だから信じてみることにしたのよ。ロストドールの欲望の強さを」

呆気に取られたグレゴリーさんの顔に、すぐにこちらが不安になるほど愉快そうな笑みが浮かぶ。

「!…なるほど。これはこれは…失礼いたしました。どうやらお客様方は私の予想を遥かに越えてこの世界について理解しはじめてきたようでございますねぇ…大分馴染んでいらっしゃったようで支配人として嬉しい限りでございますよ…ヒヒヒッ」

意味深な台詞を残してグレゴリーさんは番人達と金庫室へと消えていった。

グレゴリーさんの言葉について話す前に、隣室からセキニンだとかショクムタイマンだとかの台詞の混ざった怒鳴り声がした。しかしその直後、重そうな鉄の扉が閉まる音とともにグレゴリーさんの悲鳴が聞こえてきたため…僕らはそっと視線を床に落とし押し黙る。

沈黙を破ったのはケイティのため息だった。

「『欲望の強さを信じる』ね…そんなの思いつかなかったわ。いいえ、たとえ思いついたとしてもアタシには出来なかったでしょうね…ロストドールが消えるかもしれない可能性が万にひとつでもあるなら…アタシには出来なかった」

自嘲気味に微笑む彼女に僕は首を横に振って断言する。

「いいやケイティ、ほとんどの人はそうだ。君だけじゃない。それに僕達も…エンジェルドッグがいなければ実行に移すのはためらったと思う」

そこで皆の注目を浴びたエンジェルドッグはニヤニヤと笑ってケイティの顔をのぞき込む。

「ま。ずいぶん前だけど…奇跡を起こしてあげるってロストドールと約束したからねー☆悪くない魔法だったでしょ?アンタの泣き顔が見られて結構面白い奇跡だったわ♪」

からかわれて真っ赤になったケイティが八つ当たりのように眉をキツく寄せて叫んだ。

「〜…てゆーか、そもそも何なのよその格好!子供騙しにも程があるんじゃない?」
「スゴいでしょ!?エンジェルに変身させてもらったのよ!せっかく魔法を使うのなら形から入らなきゃ!魔法使いっぽいでしょ?」
「いい年して何言ってるのよバカじゃないの!」

ガールにツッコミをいれるケイティ。
彼女と一緒にミ…ネズミ男にされた僕はいつのまにか拳を握り、心の底から彼女に同意していた。
もっと言ってあげてください、ケイティさん…!!

「服と体のサイズが全然合ってないじゃない!」

そして僕の拳はひとりも味方がいなかった部屋の床を叩くに終わった…。
…今度こそツッコミ側の人だと思っていたのに…!!

「うーん…お手本が昔見た子供向け番組だったからなぁ」
「そうなんだ…」

ガールが恥ずかしそうにいう台詞に僕は肩を落とした。しかし…こんなヘンテコな格好をする番組あっただろうか?

まぁ、僕は昔から女の子が好きそうなモノについて詳しくはなかった。…今もそうだ。だからおそらく僕が知らないだけなのだろう…。

「まったく!ロストドールに後でちゃんとした服作って貰いなさいよ?あの子、人形のだけじゃなくちゃんとした服も作ってるから」

ケイティの台詞に、ちぇーと唇を尖らせたもののガールはすぐに笑顔でケイティに問いかけた。

「うふふ、でも…どう?ケイティ。魔法使い、嫌いじゃなくなった?」
「!」

その言葉に皆が虚を突かれた。
僕達はようやく、ガールが魔法使いの格好をしよう!と言い出した真意に気がついたのだ。

ただの面白さ優先の思い付きだとばかり思っていたのだが、魔法使いを嫌いなケイティがエンジェルドッグを含む魔法使い達と仲直りが出来るように…彼女はあえて攻撃される危険を犯してまで魔法使いに拘ったのだ…。

僕達の仲直りの手伝いをするはずが、いつのまにかケイティとの仲直りを手助けされていた事に気づいたエンジェルドッグが真っ赤になって頬を膨らませた。

「…まったく、カッコいいわねアンタは!言っておくけどアタシは魔法使いとして負けたわけじゃないわよ!!ただの発想の勝利よ発想の勝利!」
「わぁ嬉しい!!ありがとうエンジェル!ほらねボーイやっぱり魔法使いの服カッコいいって!!」
「そうだね…やっぱり、君には敵わないなぁ」

笑う三人の魔法使いを眺めていた人形の魔法使いケイティはふと、自分の存在をほんの少しだけ許せるようになっている自分に気がついた。
いつか心の底から魔法使いを許せるようになるだろうか。過去を…自分を許せるようになるだろうか。

この魔法使い達ならばその答えを知っている気がしてケイティは口を開いた。

「ロストドールに会わせてくれたことにはお礼を言うわ。どうもありがとう。おかげさまで魔法使いも………大嫌いってわけじゃあなくなったわ。まだ全面的に信用してるってわけじゃないけどね!そう、この世界ですら…信用できる『魔法使い』なんてほんの一握りなんだもの…」





「カエル占い師?」

食堂に開けた落とし穴から引き上げた鏡の住人が口にした名前に審判は眉を寄せて聞き返した。

そもそもが審判としてはいくらロストドールのためで、グレゴリーから許可が出たところでミラーマンを野放しにするのは反対なのだ。本音をいえば『みんなを地下から引き上げるには吊り椅子を使うしかないとはいえ、なんで一番最初にこんな奴引き上げてやらなきゃいけないんだ』という不満で一杯だった。

「カエル占い師は真実の鏡を作った…オレを生み出した魔法使いだ。少しばかりだがカエル占い師も未来や過去を見通せる。真実が知りたければ訪ねるといい。お前が後悔しないならばな…」
「………」

尊大な態度で鏡の中で寛いでいるミラーマンに『このまま地下まで突き落としてもいいんじゃないか』という考えが浮かぶ。
審判がそっと両手を構えた時、ミラーマンがこちらを振り返りニヤリと笑った。

「このままだとお前、存在意義を失って消えてしまうぞ?もうろくにジャッジも出来ないんだろう」
「!どうしてそれを!?」

狼狽える審判に嘲笑を浮かべたミラーマンが鏡の中から身を乗り出して食堂の床に着地した。

「さぁな…知りたいか?またお前の真実の姿を見せてやろうか?」

審判ははじめて会った時にされたミラーマンのホラーショーを思いだし、氷の粒を背中に滑らされたような感覚を覚える。

ミラーマンのホラーショーの中で何を見せられたのか分からないのに『決して見てはいけない』ということだけは強く感じた。
いかなるホラーショーにもあまり動じることの鋼の心が、彼の存在には恐怖している。ミラーマンが、彼の見せる真実が…審判には恐ろしかった。

「…いい。いらない」
「なんだぁ?遠慮するなよ」

ミラーマンが前髪をかき上げて鏡の仮面を露にしようとした時、不意にドアの開く音がした。振り返るとそこには厨房から出てきたばかりの…コック服に身を包んだキンコに負けず劣らず巨大な男が皿を持って立っている。

「あ、シェフ!ただいま!これはお土産のミラーマンだよ!」
「真実の鏡を郷土の特産品扱いするなッ!」

審判の冗談半分の説明に掴みかかろうとしたミラーマンのすぐ側にまできて、シェフは新しい出会いを祝うための『歓迎の料理』を差し出す。

「ミラーマン…はじめまして〜…挨拶がわり…食え…」
「ひっ!蛍光緑ステーキ!?」
「お前達の分もあるぞ…」

自分の料理を食べる者が増えた事に普段より上機嫌なシェフのその言葉に、いい事を思い付いた審判は朗らかな笑顔でミラーマンを盾にする。

「ごめんシェフ!ミラーマンがどうしても御飯食べてけってうるさいからお昼は地下で食べてきちゃった!!」

審判の台詞は見事にシェフの逆鱗に直撃した。ミラーマンの背後からでも赤く染まる室内が見える。壁やテーブルがシェフの放つ威圧感でミシミシと音を立てた。

「…オレ以外…料理…作る奴…食べさせる奴…ミンチ!!」

蛍光緑の謎ステーキに釘付けになっていたミラーマンはようやく、自分が窮地に立たされていることに気がつく。しかし彼は余裕の態度を崩さない。

「ふん。高貴な者が下々の輩を歓待してやって何が悪い。そっちが喰らえ!オレのホラーショ…っぎゃあああーーーッッッ!!」

ミラーマンが前髪を勢いよく跳ね上げた途端、真実の姿を見ても全く怯まないシェフの振るう包丁がミラーマンの左頬をかすめた。シェフの真実の姿を見たミラーマンが悲鳴をあげて横っ飛びで逃げだす。

「お、お前も地獄の生まれかッ!?」
「…?そうだ〜…」

何が見えたんだろう…と思いながらロビーに続くドアの方へと追い詰められていくミラーマンを見ていると不意に廊下から誰かの足音がした。

聞き覚えがある…ハイヒールの…。


二人の行動は早かった。真っ青になったシェフは怒りの赤色すら部屋から消えぬうちに厨房へと逃げ戻り、審判はとっさに食卓の下に体を潜り込ませる。
後にはただ呆然としたミラーマンがぽつんと取り残された。

「な、なんなんだ一体…?」

その時だ。その背後で…ロビーへと続く扉が薄く開いたのは…。

「あらぁ〜大丈夫〜?大変ねぇ。ほっぺが切れちゃって…任せて〜今、採血してあげるわァ〜!」

ミラーマンが振り返るより先に血に餓えたナースの巨大な注射器が降り下ろされた。

「う…うわぁああああーーーッッッ!!!」

ぢゅううう…という吸入音とかすかに聞こえた悲鳴に耳を塞いで審判は再確認した。やっぱりこのホテルで本当に怖いのはミラーマンよりも…キャサリンの注射器なのかもしれない…。


その後…干からびかけながらもなんとかキャサリンのホラーショーから復活したミラーマンがぎゃあぎゃあと喚き散らす。

「なんだこの有り様は!最近の住人どもはどーなってるんだ!」
「前からこうだけど」
「〜〜〜…鏡を置く位置は後で指示する!じゃあな!」

頭を抱えたミラーマンがそう言って鏡に飛び込み、地下へと逃げ帰る。残された審判は無表情でそれを見送った。

「…カエル占い師…」



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