リターンズ2
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殊更の絶望の中で道化の振りをして、これからいったい何をするつもりなのだろう。
君には彼らの絶望など分からないというのか…それとも…君の目には私と全く違う物が見えているのだろうか。
予想だにしない光景に一瞬だけ絶句したもののケイティはすぐに臨戦体勢に入る。
「!魔法使い…ふぅん。アンタ達もぐるだったってわけ?生憎とよってたかって苛められるほどアタシはか弱いモノじゃあなくってよ」
ガールに向かって憎々しげに呟かれたケイティの言葉は嘘ではない。ケイティが操れるのは人形だけではないのだ。
ぞわりと音を立てて空気がまた塗り替えられる。暗がりから投げかけられる無数の赤い視線…。暗闇の中で増幅していく人影は黒子達だ。だが…その体からはどす黒い殺意が発せられていた。
ケイティがせせら笑う。
「混沌から生まれた自我のない召し使い共は、人よりよっぽど人形に近いと思わない?」
ぐるりと黒子に周囲を取り囲まれて、あっという間に絶体絶命の状況に追い込まれる。しかしガールには慌てる様子もなく、ただ真剣な顔で静かにケイティに語りかけるのみだった。
「ねぇケイティ…貴女自身は会いたくないの?ロストドールに」
「!!」
その言葉に優勢であるはずのケイティの顔から笑顔が消える。
するとそれまでずっと成り行きを傍観していた老人が彼女達の間に割って入った。ホテルの管理者であるグレゴリーである。
彼が管理するべきはホテルという入れ物だけではない。その中でさ迷う住人達も同様だ。だからこそ敵に回すと一番厄介な人物である。
「ふむ…ずいぶんとまた面白い遊びを考えていらっしゃるようですねぇ、お客様。ですがどうか他のお客様のご迷惑となるようなことはお止めください。誰よりも…お客様ご自身のために」
「あらグレゴリーさん。大丈夫よ!迷惑かどうかはロストドールとケイティに直接聞くわ!」
…だというのに全く恐れる様子のない全身ピンクの魔女っ子からのウインクにグレゴリーが頭を抱えた。確かに彼女のこの様子では重大性を理解しているのかどうか不安に思うだろう。誰だってそう思う。私ですらそう思う。
「お客様!これはそういう問題ではございません!!あのですねぇ〜…」
彼女相手に分かりやすくかいつまんでお説教をはじめようとグレゴリーが言葉を探している間に、ケイティが叫んだ。
「あ…会いたくないに決まってるでしょッ!!あの子に会ったら…あの子に気づかれたらアタシ達は消える!魂すら残さずこの世界に食い殺されるんだ…!それならアタシは…!!」
「そーよねー♪大事な大事なロストドールが消えちゃうのは怖いわよね〜?それなら、どんな奇跡も魔法も必要ないわよねぇ〜★」
ケイティの言葉にうんうんと頷き天使の微笑みとともにエンジェルドッグが親指を逆さまに地に向けた。
「でも断る☆」
その途端、ケイティの立っていた部分の床がパカッと開く。ギョッとした彼女が自分の足元にぽっかりと開いた暗闇への入り口を見下ろすと同時に、不吉な音が辺りに響いた。
ブチッ…ブチブチブチッ…!!
ぱたりぱたりとその場に崩れる黒子達。ケイティの操る怨念の糸が切れかかっているのだ。そしてその音は遥か上空…ケイティの頭上からも聞こえてきた。
「まずい!ワイヤーが切れ…!」
だがあまりにも咄嗟のことで、黒子達を操るために糸を使いすぎていた彼女にはどうすることも出来なかった。ぶちりと大きな音がしたと同時に意識を失ったケイティが本物の人形のように暗闇へと落ちていく。
「きゃっほー!!」
「ヒィイイイーーーッ!!」
そしてそれを追いかけるように若い魔法使い達はボッシュートよろしく地下深くまで吸い込まれるように長い悲鳴をあげながら落ちていった。グレゴリーも巻き込んで…。
止めるまもなくガールとエンジェルドッグが穴に飛び込んでしまい慌てて吊り椅子に乗り込んだボク達が追い着いた時には、自由落下の終点でガールが『クッション』の上で手を振っていた。
「ガール!危ないじゃないか!!」
「あら平気よ!エンジェルの奇跡があるもの!」
「だから余計に危ないと思うんだけど…よっと」
ボクがクッションの上に飛び降りると、クッションが悲鳴を上げた。
「なんなんだお前た…ぐえッ!!」
「審判、そういえば君は半分鉄で出来てるんじゃなかったっけ?」
「そうだよボーイ!あとの半分は遊び心だよ!」
「いててててて!」
「あらジャッジじゃないのね★」
「ギャッ!!」
クッションを踵で踏みつけながらいまだに吊り椅子から降りずにこっちを見下ろしてくるボーイに手を貸していると、エンジェルドッグまでもがクッションの上に背中から落下した。
その時、近くのソファの上に落下していたグレゴリー達がクッションの悲鳴で目を覚ました。
「アイタタ…お客様ッ!いったい何をお考えでいらっしゃるのですか…!?」
「なによこれ…ここはいったいどこなの!?」
ケイティの言葉にようやく視界に写る違和感に気づいたグレゴリーが目を疑っている。彼はこの部屋をよく知っている。いや、数日前までは彼や極一部の住人しかこの部屋の存在を知らなかったのだ。
壁から天井から…四方八方に鏡が張り巡らされた全面鏡張りの部屋。
ホテルで一等、豪奢な牢獄。
その時、3人の下敷きとなり床で潰れていたホテルの家宝が這い出た。
「…お前達…またオレをのしに来たのかッ!?」