リターンズ2

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どんなに会いたくても、会ってはいけない人がいる。
たった一人で永遠を過ごす孤独を癒す魔法など存在するのだろうか。


「だから親分はロストドールに近づいちゃいけないって言ってたのかぁ…それならそうと教えてくれたらよかったのに」
「大丈夫よ!きっと守秘義務だから言えなかったのよ!ほら、念には念をって言葉もあるし!」

またしても大事なことを教えてもらえていなかったことが判明し、しょんぼりしている審判をガールが慰める。…なんだかどこかで言ったようなセリフだ。僕はそちらのフォローを彼女に任せてエンジェルドッグへの質問を続ける。

「エンジェル。なんとかロストドールに悟られずにケイティと話をすることはできないかな?僕達が敵じゃないって伝えないと…」
「それはムリね〜♪話なんか聞くような子じゃないし…ケイティが毛嫌いしてるのは審判小僧やアタシだけじゃないのよ?あの子は魔法使いはみーんな大嫌いなんだからっ★」

その言葉にガールが元気にはいはい質問!と手を挙げる。

「そういえばずっと気になってたんだけど…エンジェルとロストドールは現実でも魔法使いだったのよね?私達の世界だと本物の魔法使いはファンタジーなんだけど…このホテルには魔法使いがいっぱいいるの?」
「いーえ!迷界でも片手で数えられるくらいよ★『魔法使い』は生き物としての限界を超えて、他者や世界に影響を及ぼすような魔法を扱える…能力的なポテンシャルを持つ者のことを言うのよね☆」

分かったのか分からないのか、ガールがふぅんと息を漏らして審判に尋ねる。

「じゃあ審判も魔法使い?」
「ううん。ボクらは魔法使いじゃなくて審判小僧だから。ただジャッジするだけさ」
「?何が違うんだい?」

首を傾げる僕達にエンジェルドッグが苦笑しながら説明を続ける。

「まぁこの世界は変な能力を持った人が多いから区別しにくいかもしれないけど…根本的に違うのは魔力の有無ねー♪」

審判小僧は審判小僧ってゆー『ジャッジする生き物』だから魔法使いじゃない。ミイラ親子の不死身も体質的な問題ね。指折り数えていたエンジェルドッグがだけど、と愉快そうに伸ばした人指し指を横に振る。

「グレゴリーママやアタシは、姿は犬や鼠だけど自分の意思で超常現象を起こせちゃう…♪ちゃんと魔力を持った魔法使いよ☆アンタ達も一度はママが魔法使ってるとこ見たことあるでしょ?」

僕達は神妙な顔で頷いた。
グレゴリーママの魔法は前回このホテルから逃げ出す最後の時に目の当たりにしている。

雷鳴とともに瞬間移動するグレゴリーママ…。そして、結果として閉ざされた玄関扉を破壊してくれたが…こちら目掛けて一直線に飛んでくる火の玉は本当に恐ろしかった。

エンジェルドッグが淡々と説明を続ける。

「血筋と魂によって魔力は受け継がれてく…たとえ魔法使いが死んで生まれ変わっても、魂に魔力が残ってたら魔法使いとしての素質を持って生まれるわ☆あと血縁者に魔法使いがいる場合は子孫にも魔力が受け継がれるの♪まぁ魔法使いとして生まれたところで…能力を使うにはかなりシュギョーをするか、触媒としてなにか犠牲が必要なんだけどね〜♪」

犠牲、という言葉に引っ掛かりを覚えたが尋ねる前にエンジェルドッグは語気を荒くして断言した。

「と・に・か・く!ケイティがロストドールと接触させておくのはキャサリンやシェフに子供達…皆、魔法使いじゃない住人だけよ!ま、例外はいるけどね…」

突然、意地悪な小悪魔が可愛らしい星のステッキをずばりと僕の喉元に突きつける。

「ボーイ。アンタ昨日、魔法を使ってたわね♪使える魔法は物質交換だけなのかしら?」
「!」

僕は黙りこむしかなかった。
やっぱりねぇ、とエンジェルドッグは肩をすくめて目を細める。

「それなら今やアンタももう立派な魔法使いよ★幸いまだケイティには知られてないけど…チャンスはたったの一度だけ。それでいったいどうやってロストドールとケイティを説得するのかしら?」

アンタも魔法使えるんでしょ?と指先を突きつけられたガールは真剣な顔つきでエンジェルに応えた。

「エンジェル………もう一回最初から今度は分かりやすくお願い!!」
「アンタねぇ…」
「諦めないで!もう一回だけお願いします!」

呆れ気味のエンジェルに食い下がるガールを眺めながらガンマンが苦い口調で僕らの抱えていた『不安』を口にした。

「説得するにしろなんにしろ…ケイティの『居場所』に気がついてしまえばロストドールの存在が危険に晒される。もし仮に失敗してロストドールが消えちまったら…グレゴリーが黙ってるとは思えねぇ。他の住人もだ…『次は自分が消されるかもしれない』と思うだろうな。そんな危険を野放しにはしないだろうよ…」

審判小僧でさえ表情が固い。確かにそれは危険すぎる賭けだ。

昨日渡した人形で表面上はロストドールと仲直りは出来ている。そこでさらにケイティに接触したところで他の住人達からの印象が悪くなるだけだ。

「可哀想だけど放っておく方がいいんじゃないかな?近寄らなければケイティも危害を加えてきたりはしないだろうし…」

僕は俯いたままガールにそう告げた。
『なにも命の危険を冒してまで全員と仲良くする必要はないんじゃないか』と言いかけ顔を上げたところで、僕はようやく気がついた。

八方塞がりの中、ガールの目には未だ諦めが浮かんでいないことに。

「ねぇ…真実を知ってしまったら、ロストドールは本当に消えてしまうのかしら?私はそうは思わないわ!」

キラキラと瞳を輝かせて笑う彼女を見ていると、なんだか根拠もなく大丈夫そうな気がしてきた。

「ガール、どういうコト?」
「あのね!私にいい考えがあるの!!」

あまりに突拍子もないガールの作戦を聞いたエンジェルドッグは空中を転げ回って大爆笑した。対照的に僕達は絶句した。

ケイティと話すどころじゃない。とんでもない賭けだ。下手をしたら僕達すら危険に晒される。


それでも、笑い終えたエンジェルは楽しそうに頷いた。

「いいわねそれ!そんな馬鹿げた奇跡…なかなかステキじゃない☆」



翌朝。
グレゴリーは食堂前の廊下を眺めて満足そうなため息をついた。
4日前、あの三人が落っこちて開けた穴は今や完璧に塞がっている。そこだけフローリングが輝いて見えるくらいだ。もっとも使われた板は結局同じ混沌から生み出されたものであるし、修繕したのは黒子達なのだが。


「ろうか…直ったんだね…」

突然後ろから声をかけられた。グレゴリーは声の主を振り返りいつもよりは優しげに見える作り笑いを浮かべる。

「おやロストドール。おはよう」
「…もう歩いてもだいじょうぶ?」
「ええ。歩いてみるかい?」

その言葉にロストドールが恐る恐る爪先で床を叩く。床が抜けることがないと分かったのか楽しそうに行ったり来たりして小さく微笑む。

「よかった…だれかが落っこちたりするとあぶないもんね」

まさか人が落ちたから穴が開いたんだよとは言えずグレゴリーが罪悪感に苛まれていた時、ねぇジェームスのおじいちゃんとロストドールが悲しげな声で呼びかけた。

「あたしのお人形しらない?また居なくなっちゃったの…」
「さぁ、おじちゃんは見ていませんねぇ」
「…そう…」

大体の行き先の想像はつく。もし見つけた物が原型を留めているようなら後で目につく場所にでも置いておこうと思いながらグレゴリーは話題を変えた。

「それより、朝ご飯はもう食べたかな?お嬢ちゃん」
「ううん。まだなの…」
「それは良くない。お人形さんを探すにはお腹が減ってたら見つからないよ」
「じゃあ…行く。一緒にいってくれる?」
「ええ喜んで」

ほんの少しだけ明るさを取り戻したロストドールが食堂へと歩いていく。無邪気に先を歩く少女の揺れる三つ編みの影から一瞬鋭い視線を感じた。

グレゴリーはそれに怯まず、ただポツリと呟いた。

「………哀れな」

ヒヒヒ…と不気味な笑い声を聞きながらケイティは眉を寄せた。
喰えない爺だ。優しさを持ってロストドールに接してくれるのはありがたいから手出しはしないが、たまに捨てたはずの人形が廊下に置き去りにされていたりするのはおそらくこの老人の仕業だろう。

敵ではないが親切な隣人というわけでもない。彼が自分達に優しいのもただホテルの住人だからだ。

なにより時々ケイティ自身に向けられる目が気に入らなかった。

あの目は嫌いだ。
遠い昔を思い出す。幸せだった日々の終わりを思い出してしまう。


…彼女等は双子だった。人形を作るのが上手い妹と人形を操るのが上手い自分。旅芸人の一座に生まれた二人は父親の人形芝居を手伝っていた。

ある日ケイティは事故で死んだ。芝居の大道具が頭上に倒れてきたのだ。我ながら呆気ない最期だと思い…その記憶を最後に彼女は意識を喪う。長いこと暗闇の中に彼女の魂は留まり暫くして『目を覚ました』…正確には生まれたのだ。

妹が…死んだケイティを蘇らせたのだ。人形という形で。


旅芸人の中には極稀に人ではないモノがいた。そして極稀な生き物は、自分と同じように極稀な能力を持つ者が嘆いていることに心動かされ…恐ろしい手助けをしたのだ。

ケイティの魂を留め置き、魂を人形へと移し変える。ただし少しでも元の外見と異なると魂が出ていってしまう。

魔法使いは成功する確率は低いと言ったが二人には微量ながら魔力があり、妹には人形作りの才能があった。

そして何より、鏡を見ればいくらでも見本となる姿があった。

実験結果に満足したのか、或いは結末が予想出来たのか。魔法使いはいつの間にか姿を消していた。

以前のようにまた一緒にいられるとただ喜んでいた二人は気がつかなかった。

最初はあの人も哀れんでいたのだ。双子の姉を亡くした可哀想なあの子を。姉そっくりの人形を作り姉に接するように接している娘を。けれど妹がその人形を動かしていないのを知った途端、態度は変わった。死んだ娘の魂が宿っている人形を恐れた。そんな人形を作った娘を恐れた。

そしてケイティは捨てられた。別の旅芸人に売られたのだ。
二人は再び引き離された………今度は…娘達を恐れた父親の手によって。



もしも魔法使いの才能すらなければ、魔法使いなどがいなければケイティは生き返ることなく、妹は実の親から暴力を振るわれることもなく…迷界を訪れることも『ロストドール』となることもなかったのだ。

「…魔法使いなんて大嫌いよ」

ケイティはロストドールを眠らせると糸を構えて食堂で待っていた人物に向かって吐き捨てた。

食堂の椅子ごと宙に浮かんでいたエンジェルドッグはニヤニヤ笑って少女の後ろをステッキで指し示す。

「そりゃあ後ろの子達に言いなさいな。もうこのホテルの誰もアンタ達を助けようなんて思わないのに、全然言うこと聞かないんだもの!」
「囮?呆れた小細工ね。誰であろうと指一本触れさせな…!?」

ゆっくりと背後を振り返ったケイティはその異様さに目を正気を疑った。

「な、なによアンタ達!?」

やけにフリルの多い全身ピンクのワンピースとトンガリ帽子を被ったガールが底抜けに明るい笑顔で叫ぶ。

「愛と正義と皆の味方!魔法使いミラクル☆ガールちゃんのお出ましよッ!」

その背後には黒のタートルネックに真っ赤な半ズボンを着たボーイの姿…奇跡の力でムリヤリ変装でもさせられたのかネズミの耳が生えている。絶句したままのグレゴリーの視線をかわすように…彼は力ない声で口上を棒読みした。

「使い魔のミッ………ネズミ小僧です…」
「あッズルいボクもそれが良かった!!エンジェル!ボクも変身したい!」
「黙んなさい審判!」


茶番の如く絡まった糸の人形劇はやがて終幕に向かう。
この魔法使いは、いったいどんな結末を用意しているのだろうか。

_______
お待ちどーです!56話。

もうすでにカオスフルな予感しかしません!
ぶっちゃけロストドール編これが書きたかったと言っても過言じゃないです(^q^)

ロストドール編も残り僅か!果たしてケイティとロストドールの運命やいかに!


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