リターンズ2

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黒焦げの人形に、手足の欠けたぬいぐるみ…地面から這い出したそれらはその手に針やハサミなど鋭い凶器を握っている。

「人の形をとるもの全て…関節を持つ魂無きものは皆アタシの手足!さぁ、やってしまえ兵士達!!」

少女の言葉に従うように玩具の兵隊達はいっせいに審判小僧へと躍りかかった。慌てて鎖で応戦するも人形の数はどんどん増えていくばかり。審判はたまらず叫んだ。

「うわッ!止めてよ!ボクが何したっていうのさ!?」
「審判小僧…アンタは約束を破った!容赦しないわよ!!」
「約束約束って…いったい何の話だい!?ボクはロストドールと一緒に遊んだこともない!君の存在すら知らなかったんだ!約束なんかした覚えないよ!!」

その言葉にもう一人のロストドール…ケイティの顔が不愉快そうに歪む。心底軽蔑したような目でこちらを見下ろし吐き捨てる。

「あら忘れたの最低ねアンタ…でも関係ないわ。どのみちアンタももうおしまいだからね!!」
「うわぁッ!」

少女が指先を閃かせ人形達を動かす。審判の操る天秤鎖では人形を寄せ付けないようにするだけで精一杯…ロストドールのワイヤーを切断するには至らない。

「止めてよ!ボクは君を傷つける気なんてないんだ!」
「そんなの無理よ。だってアンタは『審判小僧』だもの」
「くッ…駄目だ!ちっとも話を聞いてくれない!!」

彼をよく知る人物なら全員がお前が言うなと叫ぶような審判の台詞にもケイティは攻撃の手を止めなかった。…むしろ勢いが激化したような気すらした。

「まずい…」

ロストドールを傷つけるわけにもいかず、かといって彼女を吊るすワイヤーを切ることも近寄ることも出来ずに審判は追い詰められていた。

だが審判の精神状態はこんな状況下でも冷静だった。審判小僧としての訓練がとっさの判断力を磨いていたのかもしれない。…人形達の勢いに圧される振りをして彼はあらかじめ『ある場所』を目指して後退していた。

ジリジリと後ろに下がりながら審判は距離を計る。

…もうすぐ『厨房』にたどり着ける。目の前の少女が仮に真実『もう一人のロストドール』であるならば厨房で暴れるなどということは出来ないはずだ。このホテルの住人なら厨房で暴れたりなんかしたら…シェフにどんな目に遇わされるか分かるだろう。

一瞬の葛藤を作るだけで充分だ。その隙に逃げればいい。

「…今だ!!」

あと3メートルという地点で審判は一際大きく人形達を打ち払い、踵を返して厨房へと走った。
しかし…。

「あッ!」
「残念ね…厨房まで逃がしてあげない」

厨房への扉を前にして審判の足が止まる。身動きが出来ない…ぎちぎちと音を立てて鎖が軋む。倒れた人形達のワイヤーが天秤鎖に…鎖と繋がった審判の手足に絡みついている。

「その人形達は囮よ…。アンタの動きさえワイヤーで封じちゃえば、たったちっぽけな玩具の兵隊にさえ簡単に始末が出来るでしょう?」

壊れた人形達がさらに糸を引っ張りワイヤーの蜘蛛の巣に捉えられた審判を磔にする。少女が友情の証として花の首飾りをかけるように…ケイティが笑顔でワイヤーを審判の首に回した。悲鳴をあげる間もなく首を締めるワイヤーが急速に気道を塞いでいく。

「苦し…息が…!!」

窒息の苦しみに涙で霞む視界で、人形達が再び凶器を構えるのが見えた。ケイティが片手を軽くあげて別れをいうように横に振る。

「アンタに恨みはないけどね…さよなら審判小僧」

そしてケイティが審判に向かって片手を伏せた瞬間、人形達が一斉に襲いかかった。

「!!」

しかし針刺しになる前に審判小僧の姿が煙と共に丸太に変わる。驚きに目を見張るケイティ。

「変わり身ッ!?審判小僧…いや、アイツの仕業ね…」

彼女は丸太に貼り付けられた一枚の紙の存在に気がつくと、苛立たし気に眉を寄せた。人形達を元の場所へと帰らせると、舌を出した天使のラクガキを丸太から剥がし無表情のまま握り潰す。

「アイツら…ぐるだったのね。まぁいいわ。二度と近づかせなきゃいいんですもの。アンタはアタシが守る…ロストドール…」

冷たい声で人形は決意を口にした。



一方、奇跡の力で強制的にあこがれの『変わり身の術』を体験する羽目になった審判は空中に開いたドアから落下しボーイの部屋の床に叩きつけられた。

「ぎゃんッ!」
「大丈夫かアミーゴッ!?」

駆け寄るガンマン達の声に緊張の糸が切れたのか審判はその目にうっすらと涙を浮かべる。

「う…うわぁああーんッ!太陽に吠える前にいつのまにかチャイルドプレイにすり変わってるーーーッッッ!!」
「審判!審判小僧落ち着けッ!!」
「もう大丈夫よ審判!!」

こんなの絶対おかしいよ!と審判小僧としての冷静さもどこへやら…すっかり取り乱している審判を必死になだめるガンマンとガール。

「何にせよ間に合ってよかった。アミーゴのおかげでお前のピンチが分かってギリギリ助けられたんだぜ!」
「…ボーイのおかげ?」

ようやく落ち着いた審判はガンマンの言葉に床に座ったままきょとんとした顔でボーイを見上げた。

「念のため…審判に持たせた偽天秤の受信機からさらに映像を飛ばして僕らもモニターで君達の様子をチェックしていたんだよ」

ボーイが指し示す机の上にはモニターがあり、そこには審判の視点から見える皆の心配そうな顔が写し出されていた。しかし、それを聞いた審判は首を傾げる。

「え?でもそうしたら映像がテレビフィッシュと混線しちゃうから危ないんじゃなかったっけ」

前回の失敗点を指摘されボーイは不気味な笑い声とともに物凄い勢いで語りだす。

「ふふふ…同じ過ちなど繰り返さないよ。バッチ型カメラと君の追跡眼鏡からの映像は常にレプリカダラーの送信器から暗号化されて送信!途中、何人かの部屋に置かせてもらった中継局を通してさらに複雑な暗号としてここまで電波を…」
「とりあえずその辺は大丈夫みたい」
「そっかー」

せっかくの説明を皆にスルーされてしまったボーイはコホン、と咳払いを一つして…心底申し訳なさそうな顔で審判小僧へと頭を下げた。

「ごめん審判。…僕の作戦ミスで君を危険に晒してしまった」
「ボーイは悪くないわよ!お人形を盗んだ犯人がロストドール本人だなんて誰も思わないもの!」
「そうよ!アタシ達もロストドールのホラーショーのこと、知らなかったんだし…ボーイさんのせいじゃないわ!」

ガールとカクタスガールの二人が慌ててボーイを慰めた時ガンマンが重苦しい声で呟いた。

「いや…あれはホラーショーなんかじゃねぇ。ホラーショーは相手に『恐怖』を与えるだけだ。魂が抜けるくらい死ぬほどビビらせても命までは奪わない。だけど…ロストドールはさっき、完璧にお前を殺しにかかっていた」

冷や汗を流しながらガンマンが語る言葉にあらためて審判小僧はゾッとする。もしもエンジェルが奇跡を起こさなかったら…いや、もしもボーイ達がモニターでチェックしていなかったら自分はすでに生きていないかもしれないと考えると背筋が凍りついた。

思いもよらなかった危険に青ざめたボーイがさらに深く頭を下げる。

「本当に申し訳ない!私はとんでもないことを…!」

ほんの少しボーイ自身の選択に関わっているからか…彼の『地』の言葉遣いが出ていた。審判は両手を横に振って心配ないと弱々しく微笑む。

「いや、ボーイのせいじゃないよ…ロストドールは何かボクに対して怒ってたみたいだし…ボク、知らないうちにあの子との約束を破ったみたいだ」
「そういえば何回か言ってたわね…『約束』って…なんだったのかしら?あんなに怒るほど大事な約束?」

ガールの問いかけに審判は暫し悩んでガックリと頭を垂れた。

「ううん…恥ずかしいけど何を約束したのか、それすら思い出せないんだ。そもそもボク、あの子とそんなに仲良くなかったし」
「気にするな審判!オレはあの子とはちょっとは仲良いが頭の後ろにもう1つ顔があるなんてちっとも知らなかったぞ!」
「そうよ!審判!!兄ちゃんだけじゃなくてアタシも知らなかったわ!だからそんなに落ち込まないで!」

二人の励ましに、ようやく審判の顔に笑みが戻ってくる。

「ありがとうカクタスガール…おかげで少し元気が出たよ。…ボクだけガンマンと同レベルだったらどうしようかと」
「審判、お前な…」

冗談だよガンマン!と審判が笑う。ようやくいつもの調子を取り戻した審判を見て安心したのかボーイが改めていくつかの謎について思考を巡らせる。

「それにしても、あのもう一人のロストドール…あれはいったい何だったんだろう。それにどうして自分で自分の人形を捨てたりなんか…」

わけが分からないと頭を抱えるボーイを可愛らしい声が嘲る。

「ぶー!は・ず・れ★もう一人のロストドールじゃなくて『ケイティ』よ。厄介で危険なロストドールのお人形♪」

パタパタと白い羽根を羽ばたかせながらエンジェルドッグはなおも愉しげに笑い声を響かせた。

「まぁアンタ達が知らなくてもしょうがないわよ♪ケイティの事を知ってる住人は少ないの☆看護婦であるキャサリンと支配人のグレゴリーくらいじゃないかしら?」

その言葉に皆の視線がエンジェルドッグへと向いた。イタズラ好きな天使をボーイが厳しい顔で咎める。

「エンジェル…君はロストドールがホラーショーをすることを最初から知ってたね?…他に、あの子の何を知ってるんだい?もうそろそろ『知っていて黙っていること』を教えてくれないかな?」
「うふ♪しょーがないわねぇイジワルはこの辺にしときましょーか☆」


あの子の秘密…知りたい?と天使は残酷な笑みを浮かべた。




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