リターンズ2

□51
1ページ/1ページ




キィキィと耳障りな音を立てて鎖が軋む。

『もうボクの持ってた魂は彼女に渡したんだけど、ボクに何の用だい?あ、もしかして君もジャッジして欲しくて来たの?嬉しいなぁ!一人で練習なんてつまんないもの!』

天井から下がる吊り椅子に乗った青年はゆっくりと口の両端を引き上げ、心底愉快そうに籠を下げた両手を伸ばす。

『ちょっぴり不思議に見えるかもしれないけど、ボクはこうして瞳を見れば相手の抱えている選択が分かるんだよ!…過去も未来も…全て、この天秤が教えてくれる』

彼にはじめて会った時、間違いなく僕は恐れた。彼の口から告げられる僕の罪を、そして…未来を。

『さて、ボーイ…君もジャッジしてあげるよ!君は本当に辛いだけの現実に帰りたいのかい?…復讐するために?それとも………』

その日、二度目のジャッジで床に叩きつけられたのはハートだった。




ホテル中を巻き込んでの大騒動から一夜開けて…審判小僧は自身の朝食を終えるとすぐ、住人達への給仕で忙しいシェフに代わり二人分の食事をボーイとガールの部屋へと運んだ。

まずガールの元へと料理を届けると、すでに起きていた彼女は皿の上のメニューに目を輝かせる。

「やったぁーとびきりグレイト朝御飯ー!昨日のゲテモノご飯に比べたら、朝からパスタ大盛でも全然かまわないわよー!!」
「あー…あれは酷かったね〜…昨日はボクしばらくエビ食べられないと思ったよー…もう食べたけどさ…」

シェフも意地悪だよねぇと言いながらシーフードパスタを手に苦笑していた審判は、ふとボーイの部屋へと目を向ける。その両手には、彼がいつも手鎖から吊るしている天秤籠がない。

「ねぇ。昨日ボーイに頼んでおいた天秤籠の修理…もうそろそろ終わってるかな?」
「そんなの後よ!一日のはじめはまずご飯なんだから!ボーイー朝御飯でーすよーッ!!」

ガールがフォークにナフキンを被せて手品よろしく取り払うとそこには一本の鍵が握られていた。なんの躊躇いもなくボーイの部屋の合鍵を作ってしまったガールに審判が焦る。

「あッ、ガール!ノックもせずに開けちゃマズいよ!」
「いいのいいの!まだ寝てたら寝起きドッキリして起こしちゃいましょ!入るわよボーイ!」

ガールが扉を開くと…そこには工具と図面が部屋いっぱいに広がっていた。奥の机では何時から起きていたのか…目を充血させたボーイが不気味な声でブツブツとなにか呟いている。

「鎖の中には何もなく、思考で開く蝶番か…おもしろい…実に不可思議で理屈が通らない…ふ…はは…ははは!ははははははは!!だがこの程度ッ現代科学の技術の前では恐れるに足らな」

そこでパタンとドアを閉じてガールは曖昧な笑みを浮かべる。

「うん…まだだったみたい」
「今なんか部屋の中で黒煙が渦巻いてなかったかい!?」



結局…いつも以上に機械いじりに熱の入っているボーイに近づくのは怖かったが、自分の天秤籠が心配だったのと…ちゃんとボーイに食事を食べさせないと後でシェフが怖いため、審判はボーイの部屋で大人しく待たせてもらうことにした。

後回しにされてしまうかと思ったがボーイの視界の端にパスタ皿を置いておくと器用にマイナスドライバーで食事をし始めたのでよしとする。途中ガンマン達がやってきたが…ドライバーでパスタを食べているボーイを見た瞬間に扉を閉められた。下手に刺激しない方がいいと判断したのか、やんわりと審判を見捨てたのかはよく分からない。

天秤籠の修理をぼんやりと眺めながら審判はここ最近の出来事を振り返っていた。

二人が帰ってきてホテルの住人となり皆との仲直りを始めた…。以前はなんの力も持たない、ただのゲストだった。だがこの世界の住人になったためか…魔法とも言えるような能力を手にいれた。昨日に至ってはあんな大騒動を見事に解決した。

なんの変化もないこの永遠を繰り返すホテルで…少しづつ彼らの存在が状況を変えてゆく。だが変化は必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。

二人が帰ってきたことで起きた一連の騒動…あれだけの状況の中、審判の天秤はピクリともしなかった。
普段からジャッジを申し出てもほとんどの住人から断られてしまうため、今のところ審判の天秤が完全に動かなくなったことを知っているのはシェフしかいない。

昨日、茨の繭から出てきたガールを見ていたら自然と天秤からドルが落ちた。ドルの方の籠はパブリックフォン達に壊されていたわけではない。それは確かに慣れ親しんだ、いつものジャッジの感覚だった…。

だが今、ボーイを見ても天秤は動かない。おそらくガンマンとの決闘の時からボーイの心境は少しづつ変わっているはずだ。…それなのに天秤はピクリともしない。


ガールは大丈夫だ。彼女は現実でも自らの意思で正しい行動を選択をすることが出来た。恐らくはこのホテルの中でも抜きん出て安定した精神を持っているだろう。問題は…ボーイだ。

はじめて会った時に審判はボーイの抱える問題をジャッジしたため、彼の抱えるモノがどれだけ深い闇か知っている。それなのに、今は何も分からない。今の自分にはボーイの抱える選択が見えない。どれだけ進んだのかも分からない。


二人が戻ってきてからというもの、彼らに関するジャッジどころか次第に『未来』が何も見えなくなっていった。今や晩御飯のメニューを決めるのに迷っているシェフの手伝いも出来ない。天秤がまるで動かないのだ。こんな事は今まで無かったのに…。

ジャッジが出来ない。それは審判小僧にとって己の存在を揺るがす例えようのない大きな不安だった。


「う〜ん…自主訓練サボってたの怒られること覚悟であの人に相談するしかないのかなぁ…」

ポツリとそうひとり言を呟いた時、ボーイがガタンと椅子を蹴って立ち上がった。すっかり直った天秤籠をその両手に掲げて勝ちどきをあげる。

「よしッッッ、直ったーーー!!!」
「わぁスゴい!本当に直しちゃった!スゴいやボーイありがとう!!」

すっかり元通りになった天秤籠を受け取って審判が満面の笑みでお礼を言うと徐々にいつも通りのボーイの顔に戻ってゆく。

だが机の上に視線をやった途端…にわかに表情を曇らせたボーイが青ざめる。

「ああ…あ…?」
「ボーイ?どうかし…」
「う…うわぁああああああーーーーーーッッッ!!!」

その叫び声を聞きつけガール達が部屋に飛んできた。

「どうしたアミーゴ!まさか…て、敵襲か!?」
「いったい何したの審判小僧!?」
「ボクのせいじゃないよ!籠が直った途端、いきなり叫んで…!」

エンジェルドッグに責められてしどろもどろになりながらも言い訳をしていると、どうにかボーイを落ち着かせたガールが尋ねる。

「大丈夫?何があったのボーイ?」
「あ…ああ、おはよう皆。それが…気がついたら僕のマイナスドライバーがパスタに突っ込まれてて!!…あれ?そういえばいつの間にパスタが僕の部屋に?」

首を傾げたその表情に嘘や冗談らしきモノは見つからない。完璧に修理の間の記憶を失っているボーイに、皆は一度だけ顔を見合わせ遠くを眺めて告げる。

「「「気にしなくていいんじゃないかな…」」」
「そっか…そうだね!まぁ洗えば大丈夫だよね…しかし誰がこんなイタズラを!」

やや不機嫌な様子のボーイに真相を伝える者はいなかった。ガンマンが肩を落として苦笑する。

「なんだかお前さん、ちょっと吹っ切れたみたいだな?アミーゴ」
「…何のことかな?そうだガンマン。今度ポーカーのルールを教えてくれないかい?」
「いいぜ!ただその前に、ちょっと問題があるんだけどな…」

笑顔を曇らせるガンマン達を見て、審判とボーイは改めて首をかしげた。




「ロストドールのお人形探し?」

ロストドールから人形泥棒の汚名を着せられてしまったという一連の説明を受けてボーイは難しい顔で頷いた。

「なるほどね…だから前回、僕達が彼女の持っていた魂とお人形を交換したのにも関わらずロストドールも僕達を追いかけて来ていたのか…」
「私達があげたお人形も無くしちゃったってことね」

審判はロストドールという名前に眉をひそめる。

「ええ〜…本当に探す気かい?ボク、あの子とだけは一緒に遊んだことないんだよ。なんかいつも避けられてる気がするんだ」
「あら★あの子は皆そうよ?キャサリンか〜…子供達とその親、あとはガンマン達くらいにしか懐いてないもの!」
「うん…それもあるんだけど…『あの子にだけは近づいちゃいけない』って言われてるんだよね…」

審判がエンジェルドッグに愚痴っていると、ガールがいいことを思いついたとばかりにパッと目を輝かせた。

「そうだわ!審判のジャッジでお人形がどこにあるか分かるんじゃない?」
「そ…それは…」

思わず言葉に詰まっていると突然部屋のドアが開いた。

「無理だ〜…ジャッジは…できな〜い…」

そう言いながら食器を下げに部屋に入って来たシェフが首を振る。
いったいいつから外で話を聞いていたのだろう…?と皆が青ざめているのも気にせずシェフは淡々と話し続けた。

「…審判の天秤…動かない〜…パブリックフォンに壊された〜…」
「う、うん。そうなんだ!実は天秤籠だけじゃなくて…なんか天秤のシステム自体の様子もおかしくなってるみたいで…」
「きゃははは☆肝心な時にジャッジの出来ない審判小僧なんていったい何のためにいるのよ?おっかしい!」

エンジェルドッグの言葉が胸にグサリと突き刺さる。しかし、ボーイは首を横に振って微笑んだ。

「いや、壊れている物をそのまま使うのは危ないからその方がいいよ。…良かったら籠以外も修理しようか?蝶番を直したりネジを閉め直すくらいなら簡単だし、意外と構造も単純みたいだからね。昨日あれだけ落下したから吊り椅子もまとめて面倒みるよ」
「出来るの!?」
「審判小僧の天秤を?無理でしょ無…」

その時、突然どこからともなく部屋に溢れだした黒煙にエンジェルドッグの嘲笑う声が止む。火のないところでは立たない煙の『発生源』はやがて赤々と室内を怒りのオーラで照らし出した。

「無理…不可能?そんな言葉なぞ…私の辞書にない!不可能ッ!不可思議!未確認!これらは全てただの『前人未到』にすぎない!私は未踏の地を超越するッ!この素晴らしい科学の力でだァァァーーーーーーッッッ!!」

そういって高笑いをしはじめたボーイにカクタスガールとエンジェルドッグの二人が若干怯えている。椅子に足をかけて吠えるボーイの姿を遠巻きにしながらガールがしみじみと呟く。

「三人とも気をつけてね。機械をいじってる時だけはボーイ、性格変わるみたいだから」
「なんか…地獄のメカニックって感じだな」

妹とガールの手前なんとか気絶しなかったガンマンがぽつりと漏らした言葉はまさにピッタリだった。



シェフにごちそうさまを言って二人分のお皿を返し、天秤籠の図面に恐ろしい勢いで書き込みを始めるボーイを放ってガールは再び話し始める。

「それにしても…なんか変よね?」
「えっ何が?」
「ロストドールが貰ったお人形を必ず無くしちゃうってことよ!そんなに毎回無くしてたら普通、持ち歩いたりしないとか…無くさないように気をつけるんじゃないかしら?」

確かにロストドールがいくら子供とはいえ頻繁に無くす物なら何か紛失対策をとっていてもおかしくはない。にも関わらず無くなるというのは偶発的な紛失の可能性はグッと下がる。

「じゃあ、本当に誰かにお人形を盗まれてるってこと?いったい誰がそんなことする必要があるんだい?購買でいくらでも売ってるのに」
「それは…分からないけど」

答えに詰まるガールをフォローするようにガンマンが説明する。

「確かに審判の言う通りわざわざ盗むメリットもない…でもセニョリータの考えは当たってる。ロストドールは自分が部屋から出る時は人形を誰かに盗られないように怨念で扉を開かなくさせてるんだ。だがそれでも人形は無くなる」
「密室内から…人形だけが消える?」

ガールの言葉にガンマンが頷く。審判の肩がぴくりと反応した。

「ああ。だけどそもそも部屋の鍵と怨念…それを掻い潜って盗みだすなんて至難の技だぜ。そんな事が誰に出来るってんだ?」

審判の体がさらに深まる謎に反応する。隠しきれない興奮でワクワクしてきた審判の耳に、だめ押しとなる言葉が飛び込んでくる。


「全ての答えは『人形』が知っている」

いつの間にかペンを止めていたボーイが顔をあげる。その手に握るペンをくるくると弄びながら芝居がかった口調で宣言した。

「試してみようか。今度も人形が無くなるかどうか…」
「…どういうことだ?」

ガンマンの問いかけに笑みだけを返してボーイは審判に向かって尋ねる。

「審判。修理代がわりに君に一つ頼みたい事がある。君は…尾行は得意かい?」

弾いたペンを空中でキャッチし握りしめたボーイの指先でキラリと光った物は…見覚えのあるドクロのピンバッチ。

審判は力強く頷いた。

「モチロンであります!デカ長!!」
「任せたよ!ボーダー刑事!」
「は!?尾行?ボーダー刑事!?ちょっと待ってくれ!誰かオレにも分かるように説明してくれ!」


賑やかな男性陣を眺めてエンジェルドッグがぽつりと呟く。

「審判小僧って…分かりやすいっていうか、単純よねぇ…」
「「うん…」」


―――――――――
お待たせしました51。ロストドール編本格スタートです。

三章になるとガール無双はいったんおやすみで審判とボーイがメインで攻略を進めないといけなくなるのでこの辺から徐々に慣らしていきます。審判も本筋に飛び込んでくれます。orzがいっぱいリターンズ。

あとついに命名されましたね…地獄のメカニック。名付け親は実は兄ちゃんでした。なんだか嫌な予感しかしないアイテムも飛び出してこれからどうなるのでしょう。

次回52!もう審判に尾行をさせるのは止せ!〜スネークに、向かない服〜
あともしかしたら……。
お楽しみにね!


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ