リターンズ2

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仲直りというのは相手を許すことだろうか。相手への敵意を捨てることだろうか。それとも、自分の中で何かを終わらせることなのだろうか…。
答えはいくつもある。だが…そのどれも容易いものではない。



「うーんそうねぇ…一言でまとめると〜…色々あったけど、ネコゾンビの顔に免じて喧嘩両成敗ってことで!」

繭の中での出来事をガールとエンジェルドッグの二人は話そうとはしなかった。審判との短い会話から察するに…おそらくは彼女自身の迷い込んだ理由に関係するのだろう。だから僕も詳しくは聞かなかった。

「で、これからどうするんだい?仲直りはしたみたいだけど…状況は悪化したままだよ?」

審判がわざとらしく首を傾げる。その視線を受けとめて先程までネコゾンビの胸を借りて大泣きしていた天使が鼻を鳴らして胸を張った。

「意地悪ね!さっき言ったの聞いてたでしょ!?アタシはちゃんとアンタ達を助けてあげるわ♪予定通り、ね…」

そういって天使は含み笑いを浮かべる。それはまさに悪魔の微笑みだった。



一方その頃…ミイラ坊やが図書室で本を集めていたミイラパパに声をかけた。

「お父ちゃんここにいた!ねーねー一緒にお風呂行こうー」
「そうですねぇ…私は後で行きますから、坊やは先にお風呂に行っててください」
「でもお部屋入れないよー?お着替え取りにいけなーい」
「………では坊や。この鍵を使いなさい。それと、クローゼットに病気を閉じ込めたので絶対に開けちゃダメですよ?」
「うん!わかったー」

元気よく駆け出していく坊やの後姿を見送って、ミイラパパは手を振った。
その数分後、図書室から出てきたのは審判小僧だった。…もちろん、先程のミイラパパもこの審判小僧もパブリックフォンの変装した姿である。

「…そろそろ潮時だな。金目のもんも無さそうだし…酒でもかっぱらって逃げるとするか」

バーへと入り、カウンターの後ろに並べられたボトルを手にするために裏へと回る。すると同時にバーの簡易キッチンの方からシェフが現れた。

「げっ!」
「審判…!料理…台無し…ゆ〜る〜さ〜な〜い!!」

パブリックフォンは盗るものも盗らずに慌ててカウンターを飛び越えて逃げ出した。しかし、本物志向の変装がここにきて仇になる。腕に重りをぶら下げたままでは逃げられそうにない。何よりも…。

パブリックフォンの脳裏に笑顔のままで冷たい瞳をした面影が浮かぶ。

「チッ…こんなダセェ格好で死んでたまるかよ!!」
「!?変装…お前…パブリックフォンだな〜!!」

目の前で審判小僧からボーイに姿を変えたため、シェフに正体がバレてしまった。だが今さら別に構わない。こうなったらさっさとこのホテルから逃げ出すことにしよう。

「はん!そう簡単に捕まってたまるか…のわッ!!」

廊下に出た途端、何故か目の前の床に捨ててあったバナナの皮に足を取られて頭から転倒してしまった。しかもご丁寧に転んだ瞬間を激写出来るような位置にWebカメラが設置してある。なんともタチの悪いイタズラだ。

「くそっ!ジェームスだな!?あのガキッ!」

額を強か打ち付けた痛みでパブリックフォンはなかなか立ち上がることが出来なかった。その背後から、大きな人影が覆う。振り返るとそこには包丁を構えたシェフがいた。

藁をもすがる気持ちで受話器を取り、パブリックフォンはエンジェルドッグの携帯へとコールする。しかし無情にも受話器からは携帯の電源が切られている旨のメッセージが聞こえてきただけだった。

「アイツ…裏切りやがったな!!」
「パブリックフォン〜!覚悟しろ〜〜〜!」

シェフが包丁を振りかぶる。

「ちくしょう!ここまでか…!」

振り下ろされる凶器に固く目を瞑り、パブリックフォンは襲い来る死の痛みを覚悟した。



「予定通り?それはどういう意味だい?」
「文字通りよ☆パブリックフォンにしばらくは復讐をさせてあげて、後でちゃんとバレるようにしたのよ♪あんまりアンタ達を追い詰めてもネコゾンビが悲しむし…悪い方の味方ばっかりってのもツマンナイし☆そのためにも予めアンタ達のどっちかにしか化けないようにアイツに言っておいたわけ☆これで『ボーイに化けて悪さをしたのは全部パブリックフォンの仕業でした』って皆分かるデショ?あとは、ほとぼりが覚めた頃にゆっくり帰ってきた振りをすればいいってこと☆うふふ、アタシ頭イイでしょ♪」

残酷な奇跡の種明かしをして得意げに笑うエンジェルドッグ。
確かに、彼女の言う通りにすれば僕達が帰ってきたという情報自体が間違いだったと思わせることが出来るかもしれない…。だけど…。

僕達は顔を見合わせる。
ガールのまっすぐな視線に一度だけ頷くと僕はエンジェルドッグに話しかけた。

「…エンジェルドッグ…君にもうひとつ頼みたいことがある」
「んもう!仕方ないわね☆今回だけよ♪で、一体なぁに?」




「パブリックフォン〜!覚悟しろ〜〜〜!」

シェフが包丁を振りかぶった途端、突然パブリックフォンの背後…廊下のど真ん中にドアが出現した。その扉が開き、いきなりシェフ目掛けて投げ縄が飛んでくる。

唐突に自分に向かって飛んできた物に意識を奪われシェフが反射的に先にそちらを真っ二つにした瞬間、一瞬の隙が生まれた。その隙にドアから二つの人影が飛び出す。

「ごめんシェフ!でもそれ以上はいけない!」
「シェフ許して!後でちゃんと…ごめんなさいのお詫びするからーッ!!」

ボーイとガールの手によって、パブリックフォンの体は魔法のドアの中へと引きずり込まれる。犠牲者を失った包丁はただ、床に大きな亀裂を生まれさせるに終わった。階下からグレゴリーのものらしき悲鳴が聞こえる。

「シェフ!お前は…いったいいくつ修繕箇所を増やす気なんじゃーッッッ!!」
「むぅ…怒られた………ア〜イ〜ツ〜ら〜!!」

怒り心頭のシェフは厨房を目指した。今朝からの騒動はパブリックフォンのせいだとは分かった。だが…あの二人は間違いなく朝ご飯の後から一度も食べに来ていない!

「今日中にコレ全部食べないと…寝〜さ〜せ〜な〜い〜…」

シェフの手の中でギラリと光る包丁。そして皿の上ではモザイクが必要なランチとディナーが二人を待っていた。



思わず瞑っていた瞼を開いたパブリックフォンが辺りを見回すと、そこはグレゴリーハウスの前庭だった。すぐそばにはボーイとガール、それにエンジェルドッグが立っている。

その隣にはエンジェルドッグが出したのだろう…魔法のドアがあった。おそらく先程シェフの攻撃から逃げ出せたのはこれのおかげだ。
だがしかし、その事実はパブリックフォンの怒りを再燃させるだけだった。

「エンジェル…テメーッ!裏切っておいて今さらどういうことだ!!」
「あーらアジの開きになるのを助けてあげたんだからもう少し感謝なさいよ!まぁ…アタシは別にどっちでもよかったんだけど〜♪この二人がアンタのことを助けて欲しいって言ったからよ☆それじゃアタシの出番は終わったから〜…じゃあね!」

ポン!と軽い音をたてて宙に消えるエンジェルドッグ。気まぐれな天使に舌打ちしてパブリックフォンはボーイとガールを睨み付ける。

「お前等…なんでオレを助けた!?オレはお前達の敵だぞ!」
「そこんところだけど、私にもよく分からないわ…ただ『何もここまでしなくてもいい』…そう思っただけよ」

そう言い残してドアの向こうへ消えたガールを何か言いたげな顔で見送ってから、ボーイが真面目な口調で後の言葉を引き継いだ。

「…ガールの言う通り。君が僕に化けてホテルの住人達に悪さを働いたのは事実だ。だから君が罰を受けるべきなのは間違いはない。だけど…君がそれ以前に僕達のしたことの分まで住人達からの怒りを受けることはない」

二人の言い分を聞いて呆気に取られていたパブリックフォンが徐々に笑い出す。

「…なんだそりゃ?オレに情けをかけたつもりか?ギャハハハハッ!とんだお人好しどもだな!!今オレを逃がしたことを必ず後悔するぜ?オレは何度だってお前達を貶めてやる!!」

鼻を鳴らして嘲笑を浮かべたパブリックフォンにボーイは無表情のままで断罪の言葉を突きつけた。

「そうかい。じゃあ今回だけは『見逃してやる』。それが…復讐を願った者には一番の罰だろう?」

これ以上ない屈辱にパブリックフォンの顔から笑みが消える。ドアが閉じる瞬間、ボーイが冷たい声音で囁いた。

「それと…もう二度と僕達に化けて悪さをしないことだね。君がどれだけ他の住人といざこざを起こしても僕達は必ずその人達と仲直りをするよ。何度でもね…。君のすることは、まるきり無駄だ」

その言葉にパブリックフォンは閉じられたドアを殴り付けようとした。だがその拳が届く前に、魔法の扉は消え失せる。

行き場を失った拳は近くの木の幹にぶつけられた。ギリギリと歯を噛み締めて、パブリックフォンは再度枯れ木を殴り付ける。

欠けた月だけが静かに敗北者を照らしていた。まるで負け犬のようだと自覚していたが、それでも衝動が抑えられずに彼は宵闇に罵声を響かせる。

「…くそっ…ちくしょう………ちくしょおおおーーーーーッッッ!!!」

やがてその叫びとともにパブリックフォンは闇深い森の中へと消えた。



…翌朝。
夢の中でボーイと呼ばれる男は現実で目覚めて一番に深いため息をついた。

「…パブリックフォンを逃がしてしまったのは失敗だったかもしれないな…まさか台無しになった料理の代わりがあんなゲテモノ尽くしだったなんて…」

自分の部屋にいても誰に聞かれるか分からないあちらでは気安く料理の愚痴も言えない。思い出すだけで吐きそうになりながら、朝食と身支度を済ませる。

一人暮らしは面倒事も多いが、少なくとも安全な食事が食べられる。夢の内容の愚痴をこぼす事も出来る。それがどれだけ素晴らしいかここ数日内で身に染みて理解できた。それこそガール風に言うならば『言葉でなく、心で理解できた!』という奴だろう。

夢の中での隣人の姿を思い浮かべて、彼は仕事に行くために玄関へと向けた足を止めた。

「あの娘は…ちゃんと前に進んでいるんだなぁ」

自分にも、あんな風に笑える日が来るのだろうか。

しみじみとそう呟き、家を出ようとしたところで再び彼は足を止める。


「あ、忘れるところだった…コレはもう置いていかないと」


鞄の中からある物を取り出して彼は微笑んだ。笑顔というにはなんとも苦しげな、迷いを含んだまま無理矢理作られた表情で…。

「僕も、ガールに負けないくらい頑張らないとね………いっけないもうこんな時間だ!」

腕時計を見た男が慌てて部屋を飛び出していく。

それきり無人になった部屋のテーブルの上には…タオルにくるまれた数本の包丁が置き去りにされていた。



―――――――――
お待たせしました49!
またの名をパブリックフォンの逆襲を返り討ち編。またもやホテルから追い出されたのでしばらく出てきません。
彼との仲直りはあるんでしょうか?それはもうしばらくお待ちくださいませ。

そして最後の最後で、現実のボーイの中の人が爆弾投下。
何持ち歩いてたんですかボーイさん!

今回、ガールを見習ってほんの少しだけボーイの闇が晴れました。ですがまだボーイの抱える闇は深く暗いものです。果たして全てを乗り越える日は来るんですかね!(爆笑)

さて次回からは新攻略に入ります。ようやくギャグパートが帰ってくるよ!



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