リターンズ2

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人は何かを選びながら生きる。
その対象が人だとしても選ばざるを得ない。
だが、もしも選ばれなかったらその人はどのように思うのだろうか。
どのように、生きるのだろうか…。



エンジェルドッグは視界を埋め尽くす緑の茨を呆然と眺める。カクタスガールのバラに閉じ込められたのだ。舌打ちをして可愛らしい眉をひそめると狭い茨の繭の中、彼女は愛用のステッキを探し始めた。

「イヤになっちゃう★アレがなくちゃ奇跡が起こせないのにッ!!」

思わず手を放してしまった自分の失態に憤りながら茨をかき分けるように必死に足元を探っていた手が、不意に止まる。

「でも…もうアタシの奇跡を…誰も必要としてない…」

すでにネコゾンビに真実を知られてしまった。涙がじわりと滲んでこぼれ落ちる。

「この世界にも、もうアタシの居場所なんて…」

うつむき膝をかかえてしまったエンジェルドッグの白い翼が、足が、ゆっくりと色を失い…消失しはじめた。少女を覆うように茨が巻き付いていく。まるで抱き締めるように…。



一方、茨の繭の外ではネコゾンビが慌てていた。

「大変だニャ…エンジェルが!!」

駆け寄ろうにも、バラが繭に近づくものを威嚇するように茨の蔓をしならせている。これでは中の様子すら分からない。カクタスガールが左右に首を振った。

「無駄よ。バラが受け入れるのは選ばれなかった者だけ…愛して貰えない者だけなの。二人に助けられた貴方は入れないわ」
「そんな!」
「ごめんなさいニャ…ボクのせいニャ…ボクのせいでエンジェルはあんなことを!」
「ネコゾンビのせいじゃないよ…」

頭を抱えて親指の爪を強くかじるネコゾンビ。注意深く眺めるとどの指の爪にもうっすらと血が滲んでいる。親しい少女が自分やボーイ達にしたことを考えてる間、ずっと辛い思いをしていたのだろう。間違いであってほしいと願った彼に残念ながら奇跡が起きることはなかった。

「それよりもエンジェルドッグをこのままにしておくわけにはいかない。どうにかして助けないと」
「でもバラの蔓が邪魔で近づくことが出来ないニャ!ステッキが無くちゃ、エンジェルも奇跡が使えないニャ…」

ネコゾンビが星のついたステッキを握りしめてうつむく。その様子を黙って傍観していたガールが静かに口を開いた。

「…カクタスガール。ひとつ確認したいんだけど…『選ばれなかった子』なら入れるのよね?」
「え、ええ…」
「それなら、私が行くわ」
「ガールさん!?」

丸腰のまま一直線にバラに近づいていくガール。その頬をしなる蔓がかすめて切り裂いた。赤い血が滴る。けれどガールは痛みに眉をひそめるだけで一切怯まなかった。その体に蔓が絡み付き、茨の中へと取り込もうとしている。だけどガールは動かない。

「「「ガール!」」」

僕達は彼女の名前を叫んだ。
振り向いた彼女は微笑んでいた。

「審判…私の『選択』を覚えてる?私が…このホテルに迷い込んだ理由」

その言葉に審判が息を飲む。
蔓に巻きつかれ繭の中へとガールが飲み込まれていく。

「私は大丈夫。必ず…」

親指を立てた手が飲み込まれて、完全に見えなくなった。僕達に出来るのは、ただ彼女を信じて待つことだけだ…。

「…アイルビーバックは分かったけど…こんな時にターミネーターは止めてほしかったな…」

とても頼もしいけれど、いまいち緊張感がないよ…。




「緊張感がないとか言ってるんだろうな〜ボーイ…でも一度やってみたかったのよねーアレ!さすがに溶鉱炉じゃ真似できないもんね!」

茨の蔓がほどけて繭の中へと完全に取り込まれたガールは、すぐにエンジェルドッグを見つけることが出来た。同時にガールはエンジェルドッグに起こった異常な事態に気づく。

ベッド程の広さしかない繭の中で、座り込んだ少女の…羽根と足が透き通っていることに。

「貴女…足が…!」

ガールが思わず呟いた言葉にエンジェルドッグが顔をあげる。何しに来たのよアンタ、と憎まれ口を言っても返事のないガールが凝視している先を見て自虐気味に笑った。

「ああ、これ?…これでいいのよ…もういいの。この世界じゃね?存在する意味を無くした者は消えるしかないのよ。…大事な友達も助けられない…そんな奇跡なんてもういらないでしょ」

そう説明する間にも、エンジェルドッグの体はじわじわと消えてゆく。

「とんだ皮肉ね★アンタに看取られるなんて…」
「何言ってるのよ!どうにかして消えるを止められないの!?」
「あのねぇ、アタシ達…欲望で出来てるのよ?だから全部の未練がなくなって『もういい』とか『消えたい』と思ったら途端に消えちゃうのよ♪」

絶句するガールの目の前で、エンジェルドッグは消えてゆく指先を眺めながらポツポツと呟いた。

「アタシ、この世界に来て幸せだったわ…意地で言ってるんじゃないわよ。本当に幸せだった。アタシ、現実でも生まれた時から奇跡を起こせたのよ?でももう誰かの幸せや不幸を祈り続ける日々にはウンザリ。嵐の近づく音に心をときめかせるだけで嵐を呼んだって村の人皆に恨まれて…良いことは全部自分で起こした奇跡の結果だって言われて…皆大嫌いだったわ」

幸運を操ることの苦しみを語っていた少女は不意に表情をパッと輝かせて笑った。

「でもネコゾンビだけは違った!ネコゾンビだけはアタシを一人の女の子として見てくれた。『まだ君は子供だ。一人の女の子だ。だから幸せも不幸も…どちらを願ってもいいんだ』って…何が好きで何が嫌いか、今はまだ自由に考えていていいんだと言ってくれた。だからアタシは現実には帰らなかった。だって…現実には大事な人なんていないもの。ネコゾンビがいないもの…!!」

でもそれももう終わりだけどね…とエンジェルドッグは茨で覆われた天井を見上げた。涙が溢れないように。せめて笑ったまま消えたと思われたかった。

だが、エンジェルドッグの半生を聞いていたガールはバッサリと冷たく切り捨てる。

「そう…あまりにお粗末な奇跡屋さんね」
「…なんですって?」
「だってそうでしょ…たった一回、たった一回間違えたくらいで…貴女はその『大事な友達』の側にいることを諦めるの?諦められるの!?」

ガールの言葉は容赦なくエンジェルドッグに残った未練の核心を突いた。

「うるさいッ!アンタに…何が分かるのよ!!」
「分かるわ。…前回迷い込んだ時、私も貴女達と同じ気持ちだったもの…」

ガールは唇を噛み締めて絞り出すような声で話しはじめる。彼女が迷界に迷いこむことになった『原因』のことを。

「私には…半分だけ血の繋がった妹がいるの。妹はいつもママに愛されてた。だけど私は一人だけ、叔母に預けられて育った。ママは…一度も私を見てくれなかった…」

実の母親。
それが彼女が誰よりも愛されたくて、けれど彼女を選ばなかった存在。彼女とではなく、妹との暮らしを選んだ。妹だけを愛した。

「…私は…ママに好かれるためにはなんでもしたわ。運動会じゃいつも一等だったし、どんなスポーツでも優勝した…。だけどママは一度も観に来てくれなかった」

どれだけ努力しても母親の目には妹しか写っていない。それが悔しかった。悲しかった。なによりも空しかった…。

「ママに喜んでほしくて、スゴいって言われたくて…運動だけじゃない。美術も音楽も演劇も手品も…苦手だった勉強も頑張ったわ。それでも一度もその目はこっちを向いてくれなかった。はじめてママが私に電話をしてくれたのはホテルに来る前の晩よ…『妹が倒れて、輸血が必要だ』って…」

そこではじめて息をつくかのようにガールは苦笑を浮かべた。私と妹はなんだか珍しい血液型らしくってねー、近くの病院にも輸血のストックがなかったそうよーとのんびりと説明をする。その表情はいつもの彼女ではあり得ないほどに暗かった。

「…行くべきか行かないべきか迷ったわ。心が決まる前に家から飛び出して、そして道に迷ったまま…私はここにたどり着いたのよ」

グレゴリーハウス。強い精神を持たねば抜け出すことの出来ない迷界のホテル。だからこそ、ここから逃れるために必死になって魂を集めようとした。それなのに。

「…初対面で尋ねられたわ…『なんで病院に行くんだい?あの子がいなくなればママは君を見てくれるかもしれない。ママには一生恨まれるだろうけど。…それとも、あの子を助ける救世主になれば今度こそ自分がママに見て貰えるかもしれないからかい?そんなに都合よくいくかな?』…審判小僧には心の迷いなんてお見通しなのね…。酷いジャッジをされたのよ」


『それでも…それでも私は病院に行くわッ!』
『そう。それなら真実の天秤に聞いてみよう!ジャッジメーーーントッッッ!君は大急ぎで病院に。おかげで輸血はなんとか間に合い、妹は助かりました。けれどママは君のことを最後まで…自分の娘とは呼んでくれませんでした』


「…なんでハートが残ったのか…不思議でしょうがなかった…。思わず渡された魂を叩き割ってしまいそうになったくらいよ」
「………なら、なんで帰ったりなんかしたのよ!辛いだけの、傷つくだけの現実なんかに!!」

エンジェルドッグは耐えきれずに叫んだ。報われないと分かっていて何故現実に戻ったのか…ガールの考えが彼女には理解できなかった。
だがガールはふわりと微笑んでそれはね、とエンジェルドッグに応えた。

「貴女にネコゾンビがいたように…私にはボーイがいたからよ。ジャッジされた帰りに泣きそうな私を見るなり、訳もわからないまま慰めてくれたわ。『まだ泣いちゃダメだ。まだやるべきことが残っているだろう?一緒に帰ろう。僕は僕の…君は君の帰るべき場所に』って…それで私思い出したの。私を、待ってる人がいることを…」
「待っている…人?」

ガールは強く頷いた。

「全てが終わってホテルを出て…現実に戻ったらあの日のままだったわ。慌てて病院に走って行った。おかげで妹は助かった。血液提供者として関係を聞かれた時、私は自分で『従姉妹だ』と言ったわ。あの人はホッとした顔をしてた。だけどね………妹は私に『ありがとう、おねえちゃん』って言ってくれたのよ」

妹は知っていた。
自分が彼女の従姉妹などではなく、実の姉だということを。その姉に疎まれているということを。
知っていた。それでも待っていてくれた。

「私は現実に戻った。確かに、私は選ばれなかった!あの人には愛されなかった!だけど大事な事を間違えずにすんだわ!私はあの子を選んであげることが出来た!愛してあげることが出来た!これが選ばれなかった私の誇りよ!」

ガールは力強い眼差しでエンジェルドッグの瞳を見つめ、その消えかけた両手を握りしめる。

「だから貴女も胸を張りなさい!貴女はネコゾンビを助けようとしたんでしょう!?私達がいない間、苦しんでいるネコゾンビの一番そばにいた。今回はやり方を間違ったかもしれないけど、ネコゾンビを助けたかった気持ちに嘘はないでしょう!?それなら貴女も私達にとって大事な人よ!私達、貴女と仲直りしたいの!!」
「でも…もう、アタシは…」

真剣な瞳でガールはエンジェルドッグを見つめた。消えかけた体に視線を移して怯むエンジェルドッグの手を、ガールは再度強く握りしめる。

「貴女と仲直りするのに貴女がいなくちゃ意味がないわ!この奇跡を起こすには貴女が必要なのよ!!」
「アタシにしか…起こせない奇跡…?」

奇跡、という言葉にエンジェルドッグの透けていた手足に色が戻っていく。

「そうよ。…それにネコゾンビは貴女がいなくなったらきっとまた泣くわ。貴女までネコゾンビを悲しませたいの?」
「そんなの…そんなのイヤッ!!」

子供のようにいやいやとかぶりを振るエンジェルドッグ。その背にはついに、真っ白な翼が甦っていた。ガールが微笑む。

「決まりね。じゃあここから出ましょう!」
「…で…出るって、どうやって…」

ガールは茨で出きた壁に手を当てて唇を寄せる。そうして静かに囁いた。

「ねぇバラさん…もう私達を守らなくていいのよ。私達、今まで十分愛されたわ。また誰かを愛することが出きるようになったのよ。だからもう貴女も…綺麗な花に戻っていいのよ」

ガールの言葉に、バラの蔓がざわめき四方を固く覆っていた蔓が波のように引いていく。やがて石畳の上に、一輪の赤い花を残して…。


石畳の床に降りたってガールは呟いた。

「ありがとう、バラさん。それでもって…ただいま!皆」
「ガール!!」
「ガールさん!!」

エンジェルドッグにネコゾンビが駆け寄ろうとして派手に転倒する。慌てて手を貸したエンジェルドッグに、ネコゾンビが泣きそうな顔で笑った。

「エンジェル!よかったニャ!君が無事で…本当によかったニャ…」
「う…うわぁん!ネコゾンビィ〜ッッ!!」

エンジェルドッグがネコゾンビに泣きつく。今まで胸に納めていた様々な感情が一気に溢れたような泣きっぷりだった。


その時、ガチャン、と床に何かが落ちる音がした。振り返るとそこでは床に落ちたドルを審判が嬉しそうな顔で眺めていた。

「ガール…おめでとう。君はちゃんと現実で正しい選択が出来たんだね」
「ええ!」

ニッコリと満面の笑みを浮かべるガール。その表情は誇りに溢れている。
それは愛情に満ちた、強く優しい…大人の女性の微笑だった。





――――――――
お待たせしました48!
ガールとエンジェル、選ばれなかった子達の過去です。

ガールのお家事情に関してはまた後日にでもこっそりまとめようかまとめまいか迷い中です。まぁこれ以上深くは関わってこないのは確かなのでまとめないか・も。
ただガールがやたらキャサリンになついてたりするのはそういうわけです。ようはマザコ…(ry

次回はエンジェルドッグ編の最後、アイツの後始末です。お楽しみにね!


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