リターンズ2

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…自らの過ちを認めることには痛みが伴う。
それならば、過ちを認めぬ者は痛みを知らずに生きてゆけるのだろうか…永遠に…。



「あげるわ。これは貴女の花よ」

カクタスガールが差し出したバラを怪訝な表情で見下ろし、エンジェルドッグは鼻を鳴らした。

「いらないわよこんなモノ★それよりさっきのはどーゆー意味よ?アタシがこの二人に帰ってきて欲しくなかったと思ってるですってぇ?」
「ええ、そうよ。二人が帰ってきて心から嬉しいと…貴女は誓えるかしら?」
「とーぜん誓えるわよ☆アタシは現実なんかよりよっぽどこの世界が好きだもの♪仲間が増えて嬉しいってね!」

その白い翼と両手を広げてエンジェルドッグは少々大げさなまでの動作つきで微笑んで見せる。その姿はまさに心優しき天使のようだった。

しかしカクタスガールは首を横に振ってきっぱりと断言する。

「嘘ね。貴女にとっては現実もこの世界も同じ。ただ現実よりも大事なものがこっちにあった…それだけのはずよ」

その言葉にエンジェルドッグがいよいよ不機嫌を露にする。

「アンタ…ずいぶん決めつけてくれるわね?アンタにアタシの何が分かるのよ」
「分かるわ。…同じだもの」

カクタスガールが握りしめたバラの刺が、少女の手に赤い滴を滲ませる。しかしその傷みよりも強い痛みに苦しんでいるかのようにカクタスガールは声を絞り出した。

「わたしは…本当はこの二人に帰ってきて欲しくなかった。そうすればわたしはずっと兄ちゃんの側で、兄ちゃんの一番のままでいられるから…。でもガールさんが帰ってくる時のためにバラを育て続ける兄ちゃんを見てて…気づいたの。わたしはもうとっくに…『兄ちゃんの一番』じゃなくなっちゃったんだって…」

目の前の少女の意外な本心と、突然の懺悔に誰もが口を挟むことも出来ず…夜の静寂が一層彼女の感じていた恐怖と罪悪感を際立たせていた。

「わたしは兄ちゃんに幸せになってほしい。たとえ…隣にいるのがわたしじゃなくなっても…。だから二人が帰ってきたのを知った時はどうしようか悩んだ。本当はガールさんのために決闘なんてして欲しくなかったのに…止められなかった。もし兄ちゃんが勝ったら…兄ちゃんの隣を取られちゃったら、わたし…とうとう一人になっちゃうんだって思って…すごく寂しかった!………だからっ」

月明かりの中、少女は涙に濡れる声で胸に秘めた真相を口にした。

「昨日の決闘の時っ…バラが暴走したのはわたしのせいなの…!!」
「あれは…ガンマンの注いだ愛情が暴走した結果だったんじゃ?」

驚いた審判の問いかけに、カクタスガールが唇を噛み締めてうなだれる。その細い肩は断罪に怯える罪人のように…哀れな程に震えていた。

「…以前、このホテルに寂しい女の人が泊まった時バラを一輪あげたことがあったわ。バラは優しい花なの。…大事な人に選ばれなかった人の『寂しさ』や『嫉妬』を感じ取って、代わりに抱き締めようとしてくれる…優しい花よ」

そう言ってカクタスガールが顔を上げた。昨夜の決闘の事を知らないエンジェルドッグは途中までは興味無さげに聞いていたが…今は違う。自分に向けられた花を見下ろすその目の端には、隠しきれない恐怖と嫌悪が浮かんでいる。

カクタスガールが真っ直ぐにその手にしたバラをエンジェルドッグへと突きつけた。

「さぁ受け取りなさい。貴女の花よ…貴女が、二人に嫉妬していないというなら!戻ってきて欲しかったと心の底から言えるのならこの花を受け取れるはずよ!!」

誰もが固唾を飲んで、相対する二人の少女達の決闘を眺めている。
覚悟を決めたエンジェルドッグが、ゆっくりと花に手を伸ばした時…バラがざわりと花弁を震わせる。

「「!!」」

茨が溢れ出すその前に、赤い花びらは空に散った。デビルドッグが槍を手に無言でカクタスガールを睨み付けている。無惨に散らされたバラの茎が床に落ちる。それでも怯むことなくカクタスガールはポツリと呟いた。

「やっぱりね…貴女は二人に嫉妬しているのよ」
「なによ…勘違いしないで欲しいわね!アンタのせいで暴走したんでしょ?アタシがこの二人の何に嫉妬するってゆーのよ?望めばなんでも出来る…奇跡だって起こせるこのアタシが!この二人の何に…」

『エンジェルドッグは僕達の帰還を喜んでいない』という疑いは濃厚になったが、確かに彼女の言う通り…彼女が僕達に嫉妬するような事柄というものは思い浮かばない。
しかしカクタスガールはきっぱりと『ある事実』を告げた。

「そうね。でも貴女がどんな奇跡を起こせても…ネコゾンビは助けられなかった」
「!!」

デビルドッグが目を見開く。握りしめた槍が掌の中でぎちりと音をたてた。

「どういうことニャ…?」

唐突に名前を呼ばれたネコゾンビが困惑した表情で呟いた。エンジェルドッグは何も言わないでネコゾンビとカクタスガールを交互に見やっている。

「さっき貴女達の話を廊下で聞いていてピンときたの。どうして貴女がネコゾンビに幻を見せたのか。どうしてパブリックフォンと手を組んで他の客の二人に対する怒りを煽ったのか。それなのに何故二人を助けようとしたのか…全部、ネコゾンビのためだったんでしょう?」
「…黙りなさい」

カクタスガールの首筋に羅刹のような顔をしたデビルドッグが槍を突きつける。しかしカクタスガールは凶器にも怯まず言葉を紡ぎ続ける。

「すぐに分かったわ。わたしも貴女と同じだもの…『この世界から出ていった二人にもう一度会いたい』というネコゾンビの願いを貴女は本気で叶えたかった?ボンサイカブキさんに幻を見せるように頼んだってことは、そんな奇跡は仮に叶えられても叶えたくなかったんでしょうね。…もしかしたら二人が帰ってきたのは本当に貴女の奇跡が起こしたのかもしれないけど…これだけは確かよ。貴女に起こせなかった『奇跡』を二人は簡単に実現したわ…ただ戻ってきた。それだけでね」
「…黙りなさいよ!」

激昂したデビルドッグがカクタスガール目掛けて槍を振りかぶった時、薄暗い牢獄の暗闇で成長し続けていた茨がデビルドッグの背後で鎌首を持ち上げた。

「!!二人とも、危ないニャ!」
「!」

ネコゾンビの叫びに背後を振り返ったエンジェルドッグが、ようやく無数の茨の存在に気がついた。
花を散らされたバラがまるで仕返しのようにエンジェルドッグに襲いかかる。手にしたステッキを弾き落とされ、腕や脚を蔓に絡め取られてしまったエンジェルドッグの視界を細い茨が覆い尽くしはじめる。

「きゃあああーーーッ!!」

とっさにガールがカクタスガールの腕を引き、威嚇するようにしなるバラの腕から彼女を守った。しかし…足枷に身動きを阻まれたネコゾンビには助けを求めてエンジェルドッグが伸ばした腕を握ることは出来なかった。

「エンジェルッ!!」

そして…誰にも助けられず、蔦に包まれてゆくエンジェルドッグは最後にくしゃりと顔を歪めた。

今にも泣きそうな顔をした『選ばれなかった少女』をバラが抱き締める。

バラの蔦が繭のように彼女を硬く包み込む直前、エンジェルドッグの声がした。

「…ネコゾンビッ………ごめん…なさ…」




どんな奇跡をも起こせる少女を誰が救えるのか。その答えがわかる前に…少女を抱いた茨の揺りかごはその世界を閉ざした。


冷えた石畳の牢獄に…友さえ救えぬ孤独が咲いている。



―――――――
エンジェルドッグマジエンジェル。
カクタスガールちゃんマジお花。
…ガールは…うん。

てわけで若干読者様や主人公達を置いてきぼりにしての第47話!少女達の寂しき決闘でした。

てゆーか、カエル婆さんに渡されたバラのせいでエンジェルログアウトしちゃったじゃないですかーやだー…ご心配なさらずこんな時こそ我らが主人公の出番です!あ、ちなみにエンジェル攻略はあと2、3話で終わります。

さて次回!ガールの選択。
お楽しみにね!



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