リターンズ2
□45
1ページ/1ページ
遡ること数時間前…
審判小僧の後を追いかけてシェフが厨房を出ていったのを確認したパブリックフォンは中庭に出た。手早く次の変装を済ませると花壇の縁に腰を下ろす。そして、首から下げていた赤いヘッドホンの形をした受話器を耳に当てた。
「もしもし?オレだ。次の指示は………了解。もうオレの復讐は果たした。あとはお前の好きにしな」
ぶつりと通話が切れたのを合図に、演技に戻る。程なくして食堂に続くドアが開き、顔を覗かせたシェフが首を傾げた。
「ミイラパパ…こっちに…ボーイが来なかったか?」
「…はて?ボーイさんですか?今日はまだお見かけしておりませんね」
「…そうか………ボーイ…勝手に厨房に入った…見つけたら…」
不穏な台詞を呟きながら、料理を作り直しに厨房へと戻っていくシェフの背を見送りミイラパパの姿をしたパブリックフォンはのんびりと陽光を浴びていた。自分達の勝利に、内心で大笑いしながら…。
食堂を挟んで厨房と反対側のドアの向こうではロビーの床に大穴が開いている。
「なんてこった!セニョリータ達が落っこちちまった!!」
転がる石の後を追いかけていたガンマン達は三人が穴に落ちるまでの一部始終を目撃していた。おかげで三人がシェフの怒りや大岩から逃れられたのはいいが、のぞき込んだ穴の中には真っ暗な闇しか広がっていない。どこまで落ちてしまったのか見当もつかなかった。
「この人でなし!腐った床を放置していたグレゴリーのせいニャ!」
「管理者の職務怠慢よねぇ〜…」
「わしのせいではないわ!今朝直そうとしたところを、ジェームスと彼奴の偽者に邪魔されたのじゃ!」
当の子供達は暗い穴をのぞきこんで、ボッシュートだ〜!とはしゃいでいる。ジェームスが穴に爆竹を落とした時は全員が慌てたが、その火が落下しながら空中で燃え尽きたのが見えた途端、キャサリンが急いで子供達を遠ざけた。
「あまりにも深すぎるな…それにこれだけボロボロだと二次災害もありそうだ。うかつに近寄るのも危険だな…ここから助けるのは至難の技だ!」
「困ったニャ…ボーイとガールが無事だといいニャ」
「なぁに、大丈夫だ!セニョリータもアミーゴも強い心の持ち主だからな!!」
ガンマンのいう通り、この世界では精神の強さが大きく影響する。彼らは戻ってきたとはいえ、一度はこのホテルから逃げ出すことにも成功しているのだ。恐らくはここに住まう誰よりも強い精神の持ち主だろう。
それに…仮にもグレゴリーから『ホテルの住人』として認められてもいる。ならばこの程度の落下で大怪我をするはずがない。
「そうだニャ…今だけ彼らが住人になっていてよかったと思うニャ…」
一度はこの世界に戻ってきて住人となってしまった彼らを怒鳴り付けたりもしたが…このような場合、ホテルの住人ならかすり傷で済んでも…ただのゲストだったならば大ダメージを喰らっている。
まさか彼らが住人となっていたことを喜ぶ日が来るとは…とネコゾンビは複雑な思いでため息をついた。
その時ふと、ガンマンが何かを探すように辺りを見回していることに気がつく。彼は小心者であるため、またいつものように居もしない狙撃主でも探しているのかと思いネコゾンビは気にもとめなかった。しかし兄の異変に気づいたカクタスガールが心配そうな声をかけたため、否応なしに会話が耳に入ってくる。
「兄ちゃん、何を探してるの?」
「いや…ここまで大騒ぎになっているのに『アイツ』が出てこないのが不思議なんだ…気づいてたら絶対面白がって出てくると思ったのにな」
それを聞いたネコゾンビは首を傾げた。
グレゴリーに子供達、キャサリン、ガンマン兄妹、普段はあまり牢屋から出ることの出来ない自分までここにいるのだ。それに…ボーイを探し回っているだろう時計親子や厨房に戻ってしまったシェフ…そして偶然の働きはあっても、ここまでの惨状を引き起こした張本人であるパブリックフォンも…およそホテル中の人間がこの騒ぎに気がついているのは明らかだ。それなのに、ガンマンは一人足りないと言う。
「…アイツって…誰ニャ?」
ガンマンが答えた『足りない一人』にネコゾンビとカクタスガールは眉を寄せて顔を見合わせる。
「確かに…あの子が来ていないのはおかしいニャ」
カクタスガールも珍しく冴えている兄の意見に何度も頷いた。
「何かあったのかしら?ここに来れない理由が…」
その時、玄関のドアが開いた。
三人は勢いよくそちらを向き…そこにいた人物の正体にカクタス兄妹は肩透かしを喰らった顔をしてしまった。
「…なんだアンタか」
「ボンサイカブキッ…何しにきたニャ!?」
「久しいのう猫殿。…なんだとはなんじゃ富くじ銃士」
妙な二つ名で呼ばれたガンマンが首をひねる。
「富くじ銃士…ってなんだ?」
「…滅多に当たらないって意味じゃないかニャ」
「なんだとッ!?」
ガンマンが電光石火の早業で銃を抜きボンサイカブキ目掛けて発砲した。しかしその弾は玄関の扉に命中し、修繕箇所の増加したグレゴリーに悲鳴をあげさせるだけに終わった。ボンサイカブキが首をすくめて含み笑いを漏らす。
「恐や恐や…これは日を改めたほうが良さそうかのう?尋ね人も居らぬようじゃしな…」
「!?ちょっと待って!!」
こちらに背を向けてさっさと退散しようとしたボンサイカブキの足首を、カクタスガールの投げた縄が捕らえた。バランスを崩したボンサイカブキが派手に転倒する。
「ぬおッ?!」
地面に叩きつけられた体をカクタスガールが手早くロープで縛り上げる。
「これ!止めんか!おなごに縛られるにしてもあまりに相手が若すぎる…」
「黙って!あなたの探してる『尋ね人』って誰なのッ!?」
「誰と言われても…」
「答えて!誰なの!?」
カクタスガールがいくら問いただしても、ここに居ない人物は一人しかいない。ボンサイカブキが口にした名前にネコゾンビが青ざめて掴みかかる。
「あの子に何のようニャッ!?まさかボクと同じ目に…」
「ええい失敬な!わしは其奴に『頼まれた』のじゃ!!」
「なにぃ?どういうことだ?」
その後ボンサイカブキの白状した話は信じられない内容だった。しかしこの状況ではその話はとても真実味に溢れていた。
「嘘つけ!なんでアイツがそんなことをお前に頼む必要がある!?」
「理由なぞ知らんわい」
思いきりこちらを見下した言い方に、苛立ったガンマンがボンサイカブキのこめかみに銃口を押し当てる。
「お前、パブリックフォンじゃないだろうな?…正直に答えろッ!この距離なら外さないぞ!?」
「止めんか!わしがそんな嘘などつく意味がなかろうに!知らんといったら知らん!撃ちたければ撃て。知らぬものなど答えられぬわ!」
銃口を向けられてもなお態度を変えないボンサイカブキにガンマンは、ぐッと言葉を詰まらせて銃をホルスターに収めた。
「疑って悪かったな。ボンサイの旦那…」
「かまわぬ。どうせまた何かが起こっておるのだろう?このホテルはいつもそうじゃ。まぁその穴を見ればだいたい想像もつこうが…人に縄をうったあげく、銃を向けるだけの事が起きておるのならば教えてもらいたいのう?」
構わないと言った割にはボンサイカブキは恨みがましい目をしている。にじり寄るボンサイカブキから慌てて逃げようとガンマンが話をすり替えた。
「えぇと…ネコゾンビ!これからどうするかはアンタに任せるぜ!オレは地下にセニョリータ達を迎えに行ってくる!いくぞ妹よ!」
「………兄ちゃん…ごめん!私、行かなきゃいけないとこがあるの!」
「あっ、どこに行くんだ妹よ〜ッ!」
駆け出したカクタスガールの後を追いかけるようにガンマンが走り去っていく。ネコゾンビと…縛られたままのボンサイカブキをその場に残して。
「行ってしまったのう………お主でよいから、この縄をほどいてくれんか?のう…聞いておるのか?これ猫よ…お主、まったく聞いておらんな?」
ボンサイカブキの声も耳に入らぬほどのネコゾンビの深い逡巡は、その日の夜まで続いた。これ以上の面倒はごめんじゃ!とグレゴリーに牢屋に戻されてしまったが今のネコゾンビにはそれについて文句を言う気力すら起きない。
月明かりに照らされた牢屋の石畳をじっと眺めて、ポツリと呟く。
「ぼくは…どうすればいいのニャ?」
「お悩みのようね〜?」
閉ざされた牢屋に、突如として自分以外の人物の声が聞こえた。月明かりに照らされた石畳に一つの人影が落ちる。ネコゾンビは顔をあげた。
同じ頃、地下に行った兄と別れ…とある部屋を訪れていたカクタスガールの目の前には数枚のタロットカードが並べられていた。
もやのような白煙が渦巻く部屋の中で、待っていたゲロ…と、その部屋の主であるカエルの老婆がニヤリと笑う。
「アンタが来ることは三日前から分かっていたゲロ。もう占っておいたからカードをめくるゲロよ」
カクタスガールは薄暗い雰囲気を纏うこの部屋があまり好きではなかったが…審判小僧が不在の今、真実を知り得る人物はカエル占い師以外にはいない。
「私の知りたい事が、分かるの…?」
「たった一人の起こした行動のせいで、どうしてこんなにも大きな騒動になったか…の『答え合わせ』ゲロ?」
くつくつと喉を鳴らしてカエル占い師は呪文のように意味不明な言葉を紡いでいく。
「…本当はもうアンタは答えを知っているゲロ…運命は変えられないゲロ。誰もがその運命に向かっている…全てが終わりに近づいているゲロよ」
「どういう意味?」
「…今はまだ関係ないひとり言ゲロよ。さあ、アンタの知りたい答えはそこにあるゲロ。めくってごらん…」
カクタスガールが恐る恐る指されたカードをめくると、そこには逆さまになった黒い山羊が描かれていた。
「黒い山羊…これは…悪魔?」
「逆位置のカードは意味も逆になるゲロ。悪魔の反対は…」
空中に現れた白いワンピースの少女はくるりと宙返りをしてネコゾンビの目の前に着地する。くるくると変わる可愛らしい表情がネコゾンビの顔を気遣うようにのぞき込んだ。
「何よー?そーんな暗い顔しちゃって…どうしたの?でも大丈夫☆アンタにはこのアタシがついてるんだから♪」
ぱたぱたと白い羽と短めの犬の尻尾を揺らし上機嫌で自分の手をとる少女の姿に、ネコゾンビは泣きたくなってきた。
…部屋から部屋へ、どこへでも現れることの出来る彼女ならば…容易に鍵の掛けられたミイラ親子の部屋に入り、パブリックフォンを自由に出来ただろう。
それに何より、この少女は…。
ネコゾンビは疑心暗鬼のまま呻くような声で彼女に問いただした。
「エンジェルドッグ…君はどうして…ボクに幻を見せたのニャ?」
エンジェルドッグ。
『他人の幸運と不運を操る』能力を持ち、文字通り天使にも悪魔にもなれる少女。そして同時にネコゾンビにとって、ボーイとガールの他で唯一の…友達だった。
――――――――
お待たせしました。主人公不在な地上のあれやこれやの45夜!
果たしてどれだけの人が黒幕の正体に気がついてしまっていたのだろうかともうどっきどきです。私が!(アホか
そして次回からは今まで後手に回っていた分、反撃タイムです!
そうですなぜなら今回の攻略キャラはエンジェルドッグだからね!!ようやく名前を出せたよ!
そんなわけで次回!追及、エンジェルドッグ。お楽しみに!
しかしこのガンマンは目星スキルの方が射撃より技能が上の気がするな…