リターンズ2

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「後悔させるだと?ふん。口を慎め下賎の輩め…お前達も自らの浅ましい真実の姿を見るがいい!!」

本性を表したのか高圧的な口調で僕等を嘲笑うミラーマンの右目が、妖しく光る。
まずい!

「ガール!見ちゃダメだ!!」
「ふん…どちらが先でも同じことだ!!」

僕はガールを突き飛ばしてミラーマンの前に立ち塞がる。最後にガールが慌てた声で僕の名を呼ぶのが聞こえた。

「ボーイ!」

紅い瞳に見つめられた途端、強烈な目眩を感じて思わず瞑ったまぶたの裏側に…眼鏡をかけた男が立っているのが見えた。顔色が悪く、ひどくくたびれた感じがする。けれどその顔にはこれっぽっちの感情も浮かんでいない。
グレースーツのズボンの膝についた泥を払い落としもせずに立ち尽くすその姿に僕はようやく気がついた。

これはあの日だ。初めてこのホテルに…迷界に迷いこんだ…あの日の僕の姿だ。

確かに『真実の姿を写す鏡』というだけはある。僕はあの日から、まだ一歩も踏み出せていないのだから…。


だが今はそんなことを考えている場合ではない。忍び寄る感傷を振りほどいてまぶたをこじ開けると、ミラーマンがひどく動揺していた。


「実体があるだとッ!?どういうことだ!お前、ホテルの住人のくせに…この世界の住人じゃないというのかッ!?」
「ボーイに何するのよ!!」

すっかり僕に気を取られていたミラーマンのボディにガールの拳がめり込む。スピードプラスはないはずだが…怒りに満ちた彼女の拳は速く、そして鋭かった。

「審判だけじゃなくボーイまで…もう許せないわ。覚悟しなさい…貴方は私を怒らせたッ!!!」

殴られた腹を押さえながらも、彼女を睨みつけたミラーマンの目が再び驚愕に見開かれる。

「オレの力が効かないだと?何故だ!?何故、お前の真実の姿が見えない?」
「貴方の能力、盆栽さんと一緒ね?…目をつぶっていればどうってことはない!!」

両目を固く結んだガールが仁王立ちで拳を握り咆哮をあげる。その胆力にミラーマンが怯んだ。

「くッ…いったいなんなんだお前は!武人か!?」
「移動したって無駄無駄ァッ!どこにいるのかなんて気配で分かるわよ!!」

周囲の鏡から襲いかかるミラーマンからの攻撃の一切をかわしきりガールは的確に本体へと拳を放ち続ける。それも目を閉じたままで。
…どうやら本当に武人だったようだ。

「ちッ…こうなれば、鏡の外に追い出してやる!」
「甘いですよ」

ガシャン!という音が部屋中にこだまする。一瞬も経たぬうちに無数の割れた鏡の破片が僕の足元に散らばった。
僕はニコリと微笑んでミラーマンに向かって尋ねる。

「全身が通り抜けられるような大きさの鏡に写ってなければ貴方も含めて物体は通り抜けられないわけですよね?それなら鏡の方を小さくしてしまえばいい…でしょう?」
「おいまさか…止めろッ!!」
「「だが断るッッッ!!!」」

ガールの攻撃を避けながら青ざめるミラーマンの制止の叫びを無視して僕は近くにあった椅子を振り回した。

ガシャン!ガシャン!パリンッ!と小気味いい破壊音を立て続けながら鏡を割っていく。

一枚の壁鏡を割るとその向こうに通路を見つけた。奥の方で鏡を退かしている黒子達と目が合った。側には吊り椅子も見える。どうやらこの部屋は金庫室と物理的にも繋がっていたようだ。
ことごとく割れ、砕け、ヒビの入った鏡に囲まれた部屋の真ん中へと僕達はミラーマンを追い詰める。

「さあ…魔法の出入り口はもうありませんよ」
「粉々になる覚悟はいい?」

ガールが拳を握る。ミラーマンはもはや焦りを隠そうともしないで僕達から後ずさる。

「おい待てッ!オレはこのホテルの家宝だぞ!!真実の鏡に傷一つつけてみろ…お前達全員タダで済むと思うのか!」
「あら、何を勘違いしてるの?粉々になるのは貴方のその『顔以外全部』よ…打撃だけが格闘だと思ったら大間違いよ!」

ガールの腕が彼の右手を握り、まるでダンスでも踊るかのような滑らかさで素早く彼の背後へ回って腕をひねり上げた。

「なんだッ!?お前何を…ぐえっ!!」
「私の友達に手を出したこと…たっぷり後悔させてあげるわ!」
「いッ…ぎゃぁああああああーーーーーーッッッ!!!」

そこから先はガールの独壇場だった。捻じり上げた腕はそのままに、首に腕を回して締めあげる…アナコンダバイス。息も絶え絶えなミラーマンに反撃の隙も与えず、繰り出される腕ひしぎ逆十字固めで右腕を完全に極めると、今度はアキレス腱固めとアンクルホールドで完全に足を極めた。とどめはスリーパーホールドだった。もはやミラーマンは完全に白目を剥いている。

まだまだァッ!と叫ぶガール。流れるようなサブミッション。…僕は今のうちに気絶した審判を吊り椅子へと乗せることにした。

これは一刻も早くこの場を去るための準備であって、決して、あらゆる関節を極められているミラーマンから目をそらしたかったわけではない…。

黒子達と一緒になんとか審判を吊り椅子に座らせた時、金庫室のほうから人影が近づいてきた。

「なんや、兄さんらまだいたんかー?」

やっぱりレール錆びとったか?とこちらに近寄って来るインコの姿を見つけた僕の体は、思わず通路の先を隠すような体勢で硬直してしまった。

まずい!仮にも家宝であるミラーマンにあんなことをしてしまった以上、インコに見つかると大変なことになる!!

「あれ?兄さん等だけか?一緒にいた姉さんはどないしたん?」
「いや、あの彼女はなんていうか今は手が離せない状態というか…」
「?なんか賑やかやなー?いったい何してるん…」

僕の焦りとは裏腹に、ひょいと僕の背後を覗いて…アルゼンチンバックブリーカーを極められているミラーマンを見つけたインコが絶句した。

「おい鳥…ッ!助けろ!あのうすバカ呼んで来い!侵入者だぞ!!」
「ご、ごめんなさい!だけどあの…ミラーマンの方が先に手を出してきたから彼女もああしてしまったわけであって…!!」

僕が慌てて言い訳しているとプルプルと震えていたインコがキッと室内を睨みつけた。

「オドレは…何さらしとんねんこのド阿呆がーーーッ!!!」

白いハリセンが閃いて…ミラーマンの頭部を張り倒した。

「やっぱりかい!心配して来てみりゃ〜お前は…まーた客にいらん真実見せつけようとしたんか!ミラー!!」
「…え?」

インコが呆れたような口調で、ミラーマンを叱り飛ばしている。家宝に手を出してもお咎めなしの判断にぽかんとしてしまった僕に、インコがすまなそうに頭を下げた。

「ごめんな〜兄さん!コイツ…ミラーマンはなぁ、真実こそいっちゃん尊いものだと思い込んでんねん。だから他の客を見るとああやって真実の姿を片っ端から写そうとするんや。せやからあの鼠等に、この部屋に閉じ込められとる。…真実を知ったとたんに消えちまうモンもぎょーさんおるホテルに…野放しにしとくにはアイツの力は危険やからな」
「そう…だったんですか…」

どうやら常習犯だったらしい。
あやうく彼の逃亡に手を貸すところだったと気がつき、僕は改めてぞっとした。

「しかもなんやねんこの部屋は!!片づけるんワイなんやねんぞ!?」
「それはオレじゃなー…ぐぇッ!!」

ガールがミラーマンを絞め落とした。僕はぎこちない笑顔で口をつぐむ。…真実を言えない僕は弱い人間だろうか…?

「ええ機会や…姉さん!コイツが反省するよーに、性根を入れ替えたってやー!」

インコのリクエストにガールが満開の笑みで答えた。

「まかせて!私、矯正も出来るのよ!!全身整体は一時間以上かかっちゃうんだけど…『骨の歪みは心の歪み』ってキャサリンも言ってたし!ね、ボーイ!」
「う、うん。そうだね…」


ガールが行うミラーマンへの精神面を含む全身整体の大施術は…その後、インコが晩御飯の誘いをしてくるような時間帯まで続いた。


やがて目を覚ました審判小僧が再び部屋を訪れたことによって僕達は帰路へついた。
モザイクの必要なほど…ほぼ軟体生物と化したミラーマンの横で笑顔で手を振るインコに見送られて。

あの性格のミラーマンが家宝では番人としてのストレスも溜まるのだろう…。彼らの仕事に敬意を払いつつ僕達は地上を目指した。


…不意に、頬に水滴が落ちてきた。見上げると審判小僧が無表情のまま泣いている。

「審判…大丈夫?なんだかすごく悲しそうよ…?」

ガールが尋ねるも、審判小僧は彼には珍しく不安そうな顔で首をかしげるだけだった。僕は彼に聞こえないように声をひそめてそっとガールに耳打ちする。

「ガール…僕はミラーマンの能力で一番絶望していた時の僕の姿を見せられた。だから…そっとしといてあげよう」

僕の言葉が聞こえたのか、聞こえなかったのかは分からない。しかし、審判はポツリと呟いた。

「…分からない。分からないんだ。なにが写っていたのか…ボクは見たはずなのに、何を見たのか『覚えていない』んだ。だけど…なんだかとても胸が苦しいんだ。まるで大切なモノを失くしちゃったみたいに…」

自分でも理由のわからない悲しみを絞り出すように消え入りそうな言葉を吐き出した時、吊り椅子が終点へと到着した。

ホテルの部屋の一室のようだが、ここがどこだかは分からない。

「とりあえず、廊下を覗いてみましょう!」

ガールが鍵穴から外の様子を覗き、僕達が聞き耳を立てることにした。

廊下からは、か細いすすり泣きが聞こえる…。

「アタシの…お人形…アタシのお人形…どこにいっちゃったの…?」
「あらあらロストドール!ダメじゃない!そんなに泣いてたらお目々が溶けちゃうわよ〜…さ、晩御飯にしましょう!お人形さんも食堂に晩御飯を食べに行ってるかもしれないわよ〜?」
「…うん」

二人分の足音が遠ざかって行く。
この声は、ロストドールとキャサリンだ。
ということは、僕達が今いるのは二階の一番北東の空き部屋。カクタス兄妹とロストドールの並びの部屋だ。


「ロストドールも食堂に行ったみたいだし、今がチャンスだね」

静かに廊下に出ると僕達は当初の予定通り、いったん審判小僧の部屋に避難しようとした。
荒野の部屋から飛び出してきたカクタスガールと鉢合わせしたのは、まさにその時だ。

「カクタスガール!」
「ガールさん!?ボーイさん達も…良かった!無事だったのね…!」

一瞬泣きそうな目で僕達を見つめ、カクタスガールは心の底から安堵した表情を見せた。
…普段はキツイことを言ったりもするが根は優しい、とてもいい子なのかもしれない。

「お願い!真犯人が分かったの…一緒に来て!!」

その手に一輪のバラを携えて…彼女は毅然とした表情でガールの手を取った。


決意に満ちた少女達の決闘の夜が、幕を開けてゆく…。




――――――――
お待たせしました43&44!やっと地上に帰ってこれたよ!!

審判が何やら悩んでいるようです。次第に本筋に巻き込まれてきましたね!!2章でも一番描きたかった場面が書けて私は満足ですがね!!サブミッションということですべて関節技で揃えました。お父さんとやってみる時は保険に入ってもらってからにしよう!!

さて次回からは攻略に戻ってボーイ達が落っこちた後のカクタスガールとネコゾンビ視点でちょっと話が進みます。この事件を裏で操っていた真犯人、貴方は分かりましたか?



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