リターンズ2

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二つの真実が向かい合った時、何が起きるのか。
確実な真実が一つだけある。
鏡は常に裏返った姿を見せるものだ。写し出すものがたとえ真実であったとしても…その裏側を。




「招待、というと…貴方が僕達をここに連れて来たんですか?」
「そうだ。全ての鏡はここへの入り口。久しぶりにのぞき込む者がいたようだから特別に入れてやったのさ。鏡の世界へな!」

彼の話を聞いたところによると…どうやら彼もここの住人で、グレゴリーママの魔法のように何らかの特殊な能力を持っているらしい。つまり、僕達はまだグレゴリーママに見つかったわけではなかったのだ。

僕が胸を撫で下ろしてふと横を見ると…ガールが好奇心に満ちた表情を浮かべていた。自らをこのホテルの家宝であるという『真実の鏡』の化身と謳うミラーマンへとその人差し指を突きつけて叫ぶ!

「貴方が本当に真実の鏡なら、この問いに答えられるはずよ!ずばり…世界で一番美しいのは誰!?」
「…ガール…そういうお約束はいいから…」

僕の投げやりなツッコミに同意するかのように、ミラーマンが呆れの混じったため息をついた。

「全くだ。なんで毎回そんな下らないことを聞きたがる奴が多いんだろうな?愚問だろう………この世で一番美しいのは『真実に最も近い者』…つまりこのオレだ!!」

彼は素早く懐から取り出した手鏡をうっとりと眺めて頬を染めた。美しい!この美しさは真実の美しさだ!と熱の込もった視線を手鏡へと向けているミラーマン。
…彼がどのような理由で僕達をここにつれてきたのかはさっぱりわからない。しかし、思ったよりもずっと面倒な人のようだとはわかった!

「…なーんかイメージしてたのとだいぶ違うわ」
「まあ、おとぎ話とは違うもんだよ…」

彼の掲げるナルシズムに辟易したのか、それともお約束の反応が返って来なかったからか…ガールがつまらなそうに唇を尖らせた。
それにしても、と…鏡に見入っているミラーマンを眺めて、僕は内心で首を傾げた。
確かに彼は整った顔立ちをしているかもしれない。貴族然とした風貌に、頭では金の冠が燦然と輝いている。だけど、伸ばされた前髪が顔の右半分を覆い隠してしまっているのだ。

あれではせっかくの顔を見るのにも邪魔ではないのだろうか…?と僕がナルシズムと最近のファッションについて考えを巡らせていると、ミラーマンが手鏡から視線を外しもしないで話しかけてきた。

「それはそうと…お前達、ホテルの新しい住人だろう?ボーイとガールだ。どうやって金庫の中に入った?隣の部屋に番人がいたはずだが…あの部屋にだって普通は入れないんだぜ?」

僕は一先ず彼の質問に答えるために、どうやってここに来たのかを説明することにした。

「床板が抜けて…ロビーから金庫室まで落っこちてきたんだ。ここに来たのは、インコさんから以前審判ゴールドがここに来るのに使っていた吊り椅子のレールがあると聞いたから、それを辿ってホテルまで戻りたくて。それでキンコさんに通路への扉を開けてもらったんだ」
「成程。あのお喋りな鳥類と寝ぼすけのウスノロのせいか…あいつら、よほど番人としての意識が欠如しているようだな!」

不機嫌な様子のミラーマン。こちらとしては、鏡の中にはミラーマン自身の手によって引きずり込まれているので何とも言えなかった。

「それじゃあミラーマン。今度は僕からの質問にも答えてくれないかな?君は…なぜ初対面で、最近ホテルに来たばかりの僕達の名前を知っているんだい?」

ようやく違和感の正体に気がついたのかガールが、身を固くする。部屋に緊張が満ちた。その口の端をニヤリと歪ませてミラーマンは答える。

「ああ、なんだそんなことか。いいぜ。教えてやろう!オレは鏡を通してどんなところも見通すことが出来る」

ミラーマンの言葉と共に、周囲に並んでいた鏡が、ここではない場所の情景を写し出した。
家族の集う食卓を、犬と子供が走る公園を、道路を走る車の列を、通勤する人々が歩く駅の構内を。それらは僕達にとって、とても見慣れた…現実の世界の光景だった…。
驚いている僕達を無視して、ミラーマンが滔々と彼の能力を披露していく。

「過去も。未来も。いつだって真実を見続ける…それが真実の鏡たる者の所以だ」

ミラーマンが指差した一枚の鏡の向こう側で化粧台の前に座る女性が急速に年を取っていく。その後ろから鏡を覗き込んだ子供が成長し美しい娘となる。母娘が代わる代わる鏡台を使う。そのうち母親が写らなくなり、娘が一人で化粧をする。やがて、黒い服に身を包んだ娘が悲しそうな顔で写る。彼女は口紅を取り出し、布団に横たわる老婆に化粧を施した。そして鏡に布がかけられたのを最後に…何も写らなくなった。
別の鏡の中では老人が絵を描いている。老人の手でそこに暗号が塗り込められた。何百年も名画と謳われる絵が、描かれていく…。
また別の鏡の中では、巫女装束を着た女性が掲げた鏡に人々がひれ伏している。やがて空から降ってきた雨に人々が歓声を上げるのが分かる。巫女はそれを見て安堵したようにほほ笑む…。


僕は理解した。
ここに写っているのは歴史だ。鏡の写してきた真実の歴史。思わず目を奪われていると、やがてすべての鏡が室内を写し出す本来の役割に戻った。

「…もっとも、だからこそオレはこんな所に閉じ込められてるワケだ」
「閉じ込められてるって…どうして?いったい誰に?」

ガールが尋ねると、ミラーマンは忌々し気な表情で俯いた。

「…ホテルを訪れるゲストがオレを見れば自分の真実の姿を思い出すからな。真実から逃げてきた奴は…必ずオレを拒絶する…笑えるだろう?オレを遠ざけたところで真実は決して変わらないというのに!あの鼠どもはオレを閉じ込めた…オレは自由に出歩けなくなった。もうホテルの中を写すことも許されない。ホテルにあった鏡は全部、撤去されたからな…」

苦々しい口調で吐き捨てられた言葉にガールがポンと手を叩いた。

「そっか…だからこのホテル…ホテルにしては『鏡がない』のね!?」
「このホテルに足らないものを数え上げたらキリがないけどな…驚いたぞ?数日前、ホテルにいきなり手鏡が増えた時にはな。オレが閉じ込められている間に、新しい住人も増えたみたいだしな」

確かに、このホテルに来てから鏡を見た記憶はほとんどない。グレゴリーさんが毎日掃除しているのにも関わらず、脱衣所の鏡だけは完全に曇りきっていた。何も映せないくらいに…。

ガールが手鏡を出したのはジェームスによって油性マジックで顔に落書きされたあの日だ。おそらくその時、僕達の会話を聞いていたのだろう。だから名前も顔も知っていた。もっとも…落書きされた顔も見られていた、というのは少々複雑な思いだったが。

しばらくしてそれを理解した鏡の持ち主…ガールが真っ赤になって慌て出した。

「まままさか今までずっと見てたの!?」
「そんなわけあるか。お前達の平凡な顔なんぞより、美しいオレを眺めていた方がずっと有意義に決まっているだろう。それに…手鏡じゃ狭くて向こう側には通り抜けられない」

ある意味紳士的なのか判断に困る発言の後でミラーマンが暗い声で呟く。実際に彼が手鏡に腕を通すと指先が別の鏡から出てきた。
しかし、肩から先は小さな手鏡には入ることが出来ない…。

「オレはここから出たいんだ。長すぎる地下暮らしは退屈で退屈で仕方がない。そこで、お前達に頼みがある」

ミラーマンが身を乗り出して僕達の耳元で囁いた。

「ホテルに戻ったら、グレゴリーにバレないようにどこかに大きな鏡を置いてくれないか?そうしたらオレもお前達に協力してやろう。オレの能力なら鏡から鏡へ…鏡のある場所ならどこにだって行ける。誰にも邪魔されず、ホラーショーも受けなくて済む!どうだ?悪い条件じゃないだろう」

そう言ってミラーマンがその顔に笑みを浮かべる。
確かに『誰にも攻撃されず、鏡のなかを自由に移動出来る』というのはとても魅力的な話だ。グレゴリーさんにバレたら面倒なことにはなるかもしれないが…ホテル中から追われている今、彼の頼み事はまさしく渡りに舟の申し出だった。

「どうしようかガール?」
「そうねぇ…確かにずっと地下室に居なくちゃいけないのは可哀想よね」
「決まりだな!鏡はこの部屋から持っていくといい。一枚だけ持って向こうについてから残りの鏡をそこから出せば運ぶ手間が…」

その時、ミラーマンの笑みがギシリと音を立てて歪んだ。右目が痛むのか…右目を手で押さえるようにして首をかしげる。

「…お前達、上から落ちてきたと言ったな?お前達の他に、もう一人いたのか?」

パッと写し出された鏡の向こう側に居たのは、審判小僧だった。辺りを見回しているのは…おそらく吊り椅子を持って戻ってきたのはいいものの…僕達の姿が見えないので探しているのだろう。

「そういえば、すっかり審判のことを忘れてた」
「…審判?審判小僧か…へぇ…」

鏡の中に僕達の姿を見つけた審判がぎょっとして鏡の前に飛んできた。大慌てでノックのように鏡の表面を叩く。三度目に振られた拳と共に審判小僧が鏡を通り抜けて部屋の中になだれ込んできた。

「イタタ…もう!鏡の中に世界なんてなかったんじゃないのかいガール!?ようやく見つけたよ二人とも!吊り椅子はもうセットしてあるから早く………ねえ、そっちの人は誰だい?」

約束通りに彼の帰りを待っていなかった僕達に文句を言いながらも立ち上がった審判が、ようやくミラーマンの存在に気づいた。

「審判、ちょうど良かった。紹介するね…彼はミラーマン。真実の姿を写す鏡なんだ。この部屋に閉じ込められてるらしい。だから、彼に協力してホテルまで鏡をー…」
「いいや。その必要はなくなった」
「え…?」

僕の言葉を遮って、ミラーマンが審判小僧へと歩み寄ってゆく。その横顔に満ちた笑みはどこか底知れぬ冷たさをはらんでいる。

「こんなに早く会えるとはな…お前に会えて嬉しいぞ」
「?ありがとうボクも嬉しいよ!同じ真実を求める者として、君とは仲良くなれそうだな!」
「同じ?………笑わせるな、まがい物が」

審判小僧が握手するために差し出した手は、ミラーマンによって跳ね除けられた。さっきまでは友好的だった相手の変貌ぶりに、審判は憤りを通り越して愕然としている。

「何するんだい!?」
「お前のような半端者風情が、真実という言葉を口にするな!お前のような…お前達のような者が!!このオレと一緒にするとは恥を知れッ!!」
「だって同じじゃないか!真実を求める者として…」

激昂して怒鳴り散らすミラーマンに審判が弱々しく口にした反論は、相手の哄笑を引き起こしたに過ぎなかった。もはや狂気とも呼べる雰囲気を纏ったミラーマンが審判へと笑いながらにじり寄っていく。

「…そうか、そうかそうか!では見るがいい!今度は目を背くことなく…お前達の言う『真実』とやらをなぁッ!!」

ミラーマンの指が、右顔を覆っていた前髪を跳ねあげた。審判の背後の鏡に写って見えたミラーマンの右顔には…幾重にもヒビの入った、鏡で出来た仮面が貼りついていた。その中央で真っ赤な瞳が憎しみに輝いている。
その目に見つめられていた審判が突然絶叫した。

「う…ぁ…ああああああああああーーーーーーッッッ!!!!!!」

叫び声が途切れたと同時に審判の体は糸の切れた人形のように床に倒れ伏した。慌てて駆け寄ると一時的に意識を失っているだけのようだった。…しかしその顔は恐怖に青ざめている。

「審判!!」
「ミラーマン!彼に何をしたんだ!!」

僕達に睨みつけられてもミラーマンは平然とした顔で笑った。

「何を?言葉通りだ!オレはアイツの望み通り『真実』を見せてやったにすぎない…それの何が悪い?」

思わず握りしめた拳を必死に抑え、僕は傍らに立っているガールを振り返る。

「ガールごめん…僕は」
「いいえ、ボーイ。大丈夫!私も同じこと考えてるわ」

その笑顔に背中を押された僕はぎゅっと握りしめた拳を開いてミラーマンへと宣言した。

「ミラーマン、君をホテルに連れて行くことは出来なくなった…グレゴリーさんが正しかったんだ。君は、あまりに危険すぎる」

ミラーマンのせせら笑いが鏡の間に響き渡る。

「今更そんなことは構わん。コイツに会えたら後はもう…お前達も用済みだ」

両の瞳で睥睨され、その気迫に怯みそうになる。だけど退くわけにはいかない。大切な友達が苦しんでいたことを知ったあの夜ように。

勇ましい背中が僕の脳裏に浮かぶ。
その背は今も目の前に立つ、勇ましい少女の背中とピタリと重なった。

「そうはいかないわよ…私達の友達に手を出したこと…後悔させてあげるわ!!」





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