リターンズ2

□42
1ページ/1ページ



すべての行動は自ら信じることから始まる。
たとえその結果が、思いがけぬ悲劇を招く引き金になろうとも。


「乗り場があった!」

金属扉を開けて中に入ると、吊り椅子の乗降口はすぐに見つかった。天井に沿って斜めに延びているレールを見上げてみると、多少埃が積もっているものの錆びているらしき箇所も見当たらない。

「黒子達!」

審判小僧の呼びかけに、物影から出現した三人ほどの黒子が側にあったパネルを操作し始めた。薄い埃を被っていた機械がゴウンゴウンと音を立てて動き出す。
それから程なく、機械を操っていた黒子達から報告を受けた審判が瞳を安堵と喜びに輝かせた。

「今、黒子にお願いしてフックを引っかけるトコをここまで来るようにして誘導して貰ってるんだ!あとはそこにフックを引っかければ、吊り椅子は元通り!これならボク達、地上に帰れるよー!」

それを聞き、僕達はようやく胸を撫で下ろしてため息をつくことができた。


「よかった…これでひと安心だ」
「すごいわ!ボーイのお手柄ね〜」
「うんうんナイスジャッジだったよボーイ!間違いなく今日のMVPだね!」
「そ…そこまで誉められるようなことでもないよ。…けど…あの、ありがとう…?」

二人からベタ褒めにされ、機械作りの関わらないことでは滅多に受けたことのない他人からの賞賛を浴びて…僕はぎこちない返事を返した。


「それじゃあボク、今のうちに吊り椅子を持ってくるね!」

黒子達と審判が金属扉をくぐって金庫室へと戻っていく。手伝おうとしたら、見かけ以上に重たいモノだからと審判に断られてしまった。

「ボクはジャッジの訓練で鍛えてるから!君達はここで待ってて!」

腕力だけならシェフにも近い腕を持つ彼の言葉に、僕達は仕方なく待つことにした。

「審判、一人で大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。黒子達もついてるし…なんだかんだ言っても、彼だってこの世界の住人なんだから…」

自分で口にした言葉に、予想以上に疎外感が際立っていく。


そう…あの審判小僧でさえ、この世界の住人なのだ。道徳や常識の通用しないこの世界で、魔法のような力を持ち合わせる人々の側。…それに比べて僕達は、グレゴリーさんの能力を借りてようやくそちら側に片足をかけているだけの中途半端な存在だ。

果たして、僕達は彼等の隣に立てるのだろうか。隣にいることを許されるのだろうか…?

俯いて考え込んだ僕の手を、ガールが握る。驚いて顔をあげると、ニカッと笑って彼女は断言した。

「大丈夫よ、ボーイ。ここにいるのがどれだけおっかなくて、どれだけ変わった人達だって…きっと皆と仲直り出来るわ!だって私達、そのために頑張ってるんだもの!」
「…そうだね。ガールの言う通りだ。誰よりも、まずは僕達がそう信じなきゃね。必ず、全員と仲直りできるって…」

自分で出来ると信じなければ、どんな努力もいずれ空しくなるだけだ。きっと大丈夫。僕にはこんなにも心強い味方がいるのだから。

僕達が決意を新たにしたところで、ガールが辺りを見回して首を傾げた。

「キョロキョロしちゃってどうしたの?ガール」
「ねぇボーイ…この機械、最近は全然使われてないみたいだったわよね?それなのになんで、この通路はこんなにも綺麗なのかしら」

言われてみると確かにガールの言葉通り、埃を被っていた乗り場と比べ通路には塵一つ落ちていない。
延びた通路のその奥に目をやると積み上げられた金庫の山に隠れるようにして、大きな鏡があるのが見えた。

「随分古そうな鏡だなぁ…それにしてもなんでこんな所にこんなものが?」
「ひょっとしたら、これがお宝なのかしら!?」
「いや、それはないと思うな…。もしここがそんな場所だったら、自由に通したりしてくれないよ」
「なぁんだ、ちょっとガッカリ」

瞳を輝かせて鏡をのぞきこんでいたガールがしょんぼりと肩を落とす。苦笑しながら彼女に歩み寄ったその時、僕達の視界がぐるりと反転した。


「「え?」」

強烈な目眩のような感覚に思わず伏せた瞼を再び開いた時には、僕達は見知らぬ場所に立ち尽くしていた。


部屋の主の嗜好なのだろうか、高級感のある調度品の数々…中でも鏡台や姿見などの鏡が室内に溢れかえっており、壁に張り巡らされた鏡は呆然とした表情の僕達の姿を写している。
まるで遊園地の中のミラーハウスのように周囲を鏡に囲まれた部屋にはおよそドアらしきものは見当たらない。

一見して他の部屋とは違う…奇妙な異質さを放つ部屋の中に僕達は突然放り込まれてしまった。

「…なんだ、この部屋…?」

まるで瞬間移動でも使ったかのように一瞬で移動させられた。…問題は『それをしたのが誰か』ということだ。

一人だけ知っている…瞬間移動が出来る人物を思いだした僕達の頬を冷や汗が伝っていく。

「まさか…グレゴリーママ!?」
「ボーイ!気をつけて!」

素早く辺りを見回す。鏡の中の自分達と一緒に…その影にまぎれこんだ偽物を探すかのようにして。そしてついに僕は見つけてしまった。

ガールの背後の鏡台の鏡の中に、この部屋にはいないはずの青い髪をした男が立っているのを。

「ガール!後ろ後ろ!」

ガールが後ろを振り向くと、鏡の中の男が姿を消した。次の瞬間には別の鏡の中で、後ろを振り返っているガールのそばに立って口の端を引き上げている。

「誰もいないわよー?」
「違うよ!鏡の中にいるんだ!」

僕が指さした途端、男はまた鏡から姿を消してしまった。微笑を浮かべたガールが僕の肩に手を置き、力強く叫ぶ。

「ボーイ…ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし、鏡の中に世界なんてありませんよ!!」
「お願いだから今は止めてガール!違うんだよ!ボケてるわけでも前振りでもなんでもないんだ!本当に…」

僕がなんとかガールに今起こったことをありのままに説明しようと試みたその時、鏡の部屋に誰かの笑い声が響いた。
ガールの表情が固くなる。その視線を辿ると、僕の背後の鏡で先程の男が笑っていた。

ひとしきり笑っていた男は未だ愉快そうに肩を揺らしながら、ずるり…と鏡の中から出てきた。

「鏡の中に世界などないとは…面白いことを言うな、お前達。どうだ?目の前に、信じたこととは真逆の真実を突きつけられた気分は!?」

まるでこちらを嘲笑うかのように紅い左目を細めると、彼は纏っていた緋色のローブを翻して自らの名を告げた。

「我が鏡の間にようこそ、ゲスト達よ。オレの名はミラーマン。このホテルの…迷界の家宝。そして歪んだまやかしで溢れたこの世界で唯一…真の姿を写し出すことの出来る『真実の鏡』だ」

そういうと彼は、オレの招待に預かったことを光栄に思うといい、と不敵な笑みを浮かべた。





―――――――
お待たせしました!ちょっと長めになったので3分割しましたサブイベント…ミラーマン編。
ここらへんは本筋に絡んでくるので慎重かつアクティブに…ここぞとばかりに主人公達に名言を盛り込んでいます。仲直りの記しにエルボーを放ってきそうなガール…おそろしや!

次回、邂逅、審判とミラー。お楽しみにね!


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ