リターンズ2

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他人の家を尋ねる時は少なくとも、家主に対する最大限の礼節と、訪問先への配慮を持っていくべきだ。
この場合…天井を突き破って突然上から降ってくる…などという訪問の仕方は、もっての他である。





けたたましいサイレンの音がして、僕は目を覚ました。
…したたか打ち付けられた身体中が痛い。まぁあれだけの長い時間、自由落下を満喫する羽目になったあとで身体中が痛いと思う程度で済んでいるのならかえってラッキーかもしれない。

「ガール?審判?二人とも大丈夫かい?」

一緒に落下した審判の吊り椅子と廊下の板がクッションの役割をはたしてくれたらしく、幸いにも二人とも軽症だったようですぐに目を覚ました。

「あいたたた………?ねぇ二人とも…ここ、いったいどこ?」

辺りを見回したガールが、あまりに異質な部屋の雰囲気に戸惑いの声を漏らす。
僕達の部屋くらいの広さだろうが…あまりにも閉塞感で満ちていた。当たり前だ。その空間は、四方の壁を大小無数の重厚な金属扉に埋め尽くされ、ドア一枚すら無いのだから。

日頃、暇さえあればホテル中をぶらぶらしている審判小僧ですら、ガールの問いかけに首を横に振る。

「さあねぇ〜?…ロビーから落っこちたからには、ホテルの地下なんだと思うけど…ボクもこんなに深い場所までは来たことがないよ」
「そうなの…それじゃあ自力で脱出するのは無理そうね。この部屋ドアもないし…あとは天井…登れるかしら?」
「ガール、無茶はしない方がいいと思うな!ほら…ボク達が落っこちてきた穴、上が全然見えないもの」

言われて見上げれば、天井のすみには僕達が落っこちてきた穴がぽっかりと口を開いており、その中は真っ暗な闇が広がっていた。どれだけ目を凝らしても小さな明かりすら見えない。これでは上からロープが降りてくるのを期待するのは無駄だろう。


「まあ少なくとも『誰か』には、僕達がここにいることが知られてるみたいだよ。…あんまり歓迎はされてないみたいだけど」

僕達の目を覚まさせてくれたサイレンは未だ鳴り止まず警告音を響かせていた。
その時、壁に埋め込まれた縦長の金庫の扉が開き…中から小柄な人影が現れる。

「侵入者、ハッケン!侵入者、ハッケン!」

サングラスをかけ青いシャツを着た目つきのキツい人物が部屋に入ってきて、僕達を一目見るなり甲高い声でそう叫んだ。思わず身を固くする僕達の前で、背中の羽根をはためかせながらその人は…

「侵ニュー…ビービービービーやかましいわボケェーーーッ!」

警告音を響かせていた計器を蹴り飛ばして関西弁で怒鳴った。無理矢理サイレンを黙らせたその人は、唖然とした顔でそれを眺めていた僕達に向き直り好奇心に満ちた目を輝かせる。

「人や人やー!ひっさしぶりのお客さんやー!!うわッ審判小僧までおるやないか!なんやなんや兄さんらどっから来たんー!?アカン…いっぺんにこの人数とか…湯飲み足らへんかいな!?」


僕達が落ちた部屋…『金庫室』の住人、インコは…やたらフレンドリーな人だった。



「正確にゆーと、住人やなくて『番人』や。ここは一応、このホテルの貴重品なんかを預かる宝物庫なんや。まあ宝物庫なんてゆーても、大したモンなんかあらへんけど…ずーっとここにいて、置いてある金庫の番をしとるのがワイらの仕事や。けどなー?こんだけぎょーさん扉があるともうどっちが金庫に入れられとるんかも分からんようになってくるで!ホンマ狭っこくてかなわんわー」

インコが出てきた金庫扉の向こう側は、なんとダイニングになっていた。
ダイヤルを合わせた金庫の中から茶筒や急須を取り出し、お茶を淹れながらインコが説明してくれる。
引き出しを開けるように簡単に無数の金庫を開けるインコ…ここのダイヤルを全て記憶しているらしい。確かに、長い間ここで暮らしているというのは本当のようだ。

「じゃあ、グレゴリーさんもここのことは知っているんですね?」
「あの薄汚い鼠かー。知っとる知っとる。あのジジイがワイをこんなジメジメしたところに押し込めよった張本人やからな!」

よほど話相手に困っていたのか絶え間なく喋り続けるインコの愚痴を聞き流し、僕は胸を撫で下ろした。

グレゴリーさんが所在を知っているということはどこかに出口があるということに違いない。無理に天井の穴を登るよりはまだ脱出の希望が持てそうだ。
だけど…この地下深い秘密の場所からホテルの自室に戻る途中、誰か住人と鉢合わせしてしまわないとも限らない。パブリックフォンを敵にした今、もはやホテル中が僕達を探しているのだから…。


その時、何やら考え込んでいた審判小僧がようやく口を開いた。

「ねぇインコ。さっき『ワイらの仕事』って言ったよね?見たところ食器も複数置いてあるみたいだし…君の他にも誰かここで暮らしているのかい?」
「ハイハイ!私からも質問!さっきからずっと気になってたんだけど…なんで貴方、審判小僧を知っていたの?二人は初対面よね?」

言われてみれば確かにおかしい。異議あり!とばかりの二人からの質問攻めにインコはタバコを吹かしながら、楽しそうに目を細めた。

「なんやなんや探偵さんみたいやな!せやで。ここの番人はワイの他にもう一人おる」
「インコ…誰と喋ってるんだな?」

突然聞こえた声に振り返ると、僕達の背後にシェフよりも大きな背をした男性が立っていた…その手に毛布を抱えて。ところどころ寝癖ではねた黒髪をかきながら、いかにも寝起きという感じのする、とろんとした眠たそうな目で見つめられる。

いきなり現れた彼にどう反応すればいいのか…とりあえず『さっき散々警報器が鳴ってたのに、話し声で目が覚めたんですか!?』と言いたくなるのを僕が必死に堪えていると、インコがどこからか取り出したハリセンで彼の顔面をスパーンと叩いた。

「今ごろ起きたんか、こんド阿呆がーッ!」

その躊躇いのない真っ直ぐなツッコミに、思わずインコに不思議な親近感が芽生えそうになった。ふと気がつくと…ガールと審判小僧がハリセンをキラキラした目で見つめている…。
僕は深いため息をついた。

「…先に言っておくけど、僕は絶対持たないからね?」


もう一人の金庫室の番人はその名もずばりキンコ、というらしい。これだけ番人に相応しい名前はないだろう。

「言っとくけど、ただ名前で決まったんやないで?コイツには色んなモンをしまっとける金庫が作れるんや。コイツが作った金庫にしまったモンはコイツにしか出せへんねん」
「へぇ〜すごいね!だから金庫室なのに、番人が二人だけなの?」

ガールの無邪気な賞賛に、インコはその『すごい方の番人』へとキツい視線を向ける。

「ホンマはコイツがもっとしっかりしとったら、ワイの方はいらへんのやけどな…。暗証番号は覚えんし、ワイが作らなー飯も食わんし、永遠寝床から起きて来んし…ホンマしょーもない奴やで」
「そうなんだな。たまーに、ぼく自身がどこに何を閉まったのか忘れちゃって…インコがいないとぼくは困っちゃうんだな…」

インコに叱られて肩を落としてしょんぼりとするキンコの姿はまるで大型犬を彷彿とさせる。なんだか雲行きが怪しくなってきたため、僕達は慌ててフォローした。

「確かに。インコさんのあの記憶力はすごいですよね。どこの金庫に何があるか…そのダイヤルまで全部覚えてるなんてなかなか出来ることじゃないですよ」
「それじゃあ二人が揃って初めて最強の金庫番になるのね!」
「デコボココンビって奴だね!?すごいや!刑事みたいでカッコいいなぁ!!」
「デコボコは余計や!」

ツッコミとは裏腹に、仕事ぶりを誉められたインコが上機嫌になる。
ふと先程キンコが登場する前にガールが口にしていた疑問が僕の頭をよぎった。

「そういえば…君が審判小僧を知ってたのは何故なんだい?」
「ああ。昔はここにもたまーに客が降りて来ててなー…そん中に、忘れるにはちょっとド派手すぎる金ぴかの審判小僧がいたんや」

インコがしてくれた説明に、審判が思わず目を丸くする。

「君、親分と会ったことがあるのかい!?ボク、この部屋があることすら聞いたこともなかったのに…」
「あー…一応ここ『宝物庫』やからな、ワイらに気ィ使うて言わんかったんだけとちゃうか?」
「ああ、そっか!警備のために秘密にしてたのね。あの人らしいわ」

ガールも納得の分かりやすい理由に、審判はだいぶショックを受けたようで肩を落としていた。

「ひどいや親分!ボク、守秘義務くらいちゃんと守れるのに…」
「まぁまぁ審判。念には念をって言葉もあるから…仕方ないよ」

だって…僕達も、前の滞在では(悪いこととは知りつつも)盗み聞きとかしてたし…。と理由の一端を担っていた側としてはとても肩身が狭い想いで審判を慰めていると僕は重要なことに気がついた。

「あのッ!さっき、審判ゴールドが前にここまで来てたって言ったよね?それって…審判ゴールドがここまで歩いてきたのかい?」
「いや?あの鳥かごみたいなんに乗っ取ったで?」
「本当に!?やった…やっぱり、どこかに『ここに来るためのレール』があるんだ!!」

僕の言ったことの意味を理解したガールと審判の表情が、みるみるうちに喜色で満たされていく。

「審判ゴールドしか知らない道よね!?それなら少なくとも知ってる道に出るまで、絶対に途中で見つからないわ!ねぇ審判!あの吊り椅子は動かせる?」
「うん!レールにフックさえ引っかければ吊り椅子はまた使える!そうしたら安全に地上に出られるよ!!」
「やった!これで戻れる!インコさん、レールはどこにあるんですか?」

すっかりテンションの上がっている僕達にインコはなぜか眉頭を寄せて首を傾げた。

「…レールなぁ…錆びてるかも分からんで?そんな危ない真似せんでも、ここであのジジイを待っとったらええんやないか?」
「レールなら…確か、アッチの部屋の右側の壁にある縦長の金庫の中なんだな。今、開けてあげたからもう入れるんだな」
「「「ありがとう!キンコさん!」」」

代わりに答えたキンコの言葉に礼を言うと、最初に落ちてきた部屋へと僕達は駆け出した。その背中を無言のまま見送り…インコはキンコを睨み付けた。

「この…ド阿呆!!なに考えとんねん!!あの部屋のドアを開けるバカな番人がどこにおるんや!よりにもよって審判小僧を入れるなんて…何かあったらお前のせいやで!!」
「大丈夫なんだな。最近は向こう側から出てこないから、きっとあの子達も気がつかないんだな…それに、アイツもまさか『大事な約束』を忘れるほどバカじゃないんだな…」

のんびりと言うキンコにため息をついてインコは肩をすくめた。

「ハァ…なんか怒ってるやろ?お前」
「…別に怒ってなんかいないんだな…ただ、お昼寝を邪魔されたのがちょっとイヤだったんだな…」

まぶたを擦って寝室へと戻っていくキンコを見送り、インコは再度ため息をついた。

「それを怒ってるっていうんやろーが…」



…人の家にお邪魔する時は、特に長居をして騒いだりしないように気をつけるに限る。
さもないと、昼寝の邪魔をされた相手に、とんでもない場所に案内されてしまうこともあるのだから…。


――――――
さぁ盛り上がって参りました。
41話…ここにきて金庫室と番人コンビの登場です。
そして次は金庫室の隣の部屋…そう、いよいよアイツの登場です。

さて次回からはいよいよ第二サブイベントです。ここから、本筋自体も大きく前進します。
次回!二人の真実!!…おや…審判の様子が…?
お楽しみに!


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