リターンズ2

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「何?マイサンもか…仕方ない。オレの力を貸してやろう」

事情を聞いたミラーマンは意外にも三人の救出に積極的だった。

「あれ?ミラーマン貴方、マイサンを知っているの?」

永らく地下に幽閉されていたはずなのに何故マイサンを知っているのか。そんなガールの問いかけに、ミラーマンは肩をすくめてちらりと物置の隅にある曇りきった割れた鏡を一瞥した。

「昔、少しな。…父親の方とは直接面識もあったが…どうせあの時計親父はオレが存在するという記憶をセーブしてはいないだろう。オレの事はしばらく思い出さないだろうな。それに今はそれどころでは無いようだ」

それにしてもガール、とミラーマンは相変わらず尊大な態度で踏ん反り返りニヤリと笑って見せる。

「オレを呼んだのは…お前にしては賢明だったな?」



なんとかヤングマスターを落ち着かせ、僕は質問を続けた。
マイサンはと言えば、ヤングマスターから自分の子ではないと繰り返し断言されてしまい肩を落として俯いている。その横顔…ぎゅっと噛んだ下唇が痛ましい。

そして…妙に静かだなと思って見れば、失言をした張本人であるはずの審判はもはや完全に飽きて周囲を珍しげにきょろきょろと見回していた。…僕は思わず胃の辺りを押さえる。
駄目だ…やはり僕がしっかりしなくては…!

「…まだ貴方にいくつか聞きたいことがあります」
「落ち着いてきたのならそろそろ名乗れ鼠小僧。礼儀も知らんのか?」

椅子の上でふんぞり返ったヤングマスターの台詞に少しイラつきながら僕は名乗った。

「あー………エメット。エメット=ブラウンです」
「ふん、凡庸な名だ」

失敬な。ドクはアンタに負けないくらい偉大な発明家だぞ。まぁ…予想外のアクシデントに巻き込まれる点では同じだけれど。
そんなことを考えていると、審判がこっそり僕の袖を引いて耳打ちしてきた。

「ねぇ、なんで偽名なの?」
「…未来の初対面で名乗るからね」
「あ、そっか」

…まぁその後ホラーショーされそうになるのだが…その結果彼らの持っていた魂をもらえた手前、ここで『ボーイ』という名前を名乗るわけにはいかない。
マイサンも余計なパラドックスの種を増やしたくないのか口を挟まなかった。

ありがとうという意味をこめてマイサンに頭を下げてから、ヤングマスターへと視線を移す。彼も薄々僕の偽名に気づいているのか、それともただ聞いただけで僕の名前になぞ興味がないのか、手持ちぶさたの学生のようにペンを回している。

…なんだか苛々する。
深呼吸をひとつして僕は質問を再開した。

「まず貴方に未来の事を話してもパラドックスが起こらないと断言できる理由をまだうかがっていません」

納得できる理由でなければ、歴史に影響を及ぼさないために…僕達の行動はさらに制限されるだろう。
僕の緊張とは裏腹に、ヤングマスターはなんだそんな事かと鼻で笑って答えてくれた。

「未来、と一言にいっても『次元のずれ』があるからじゃ」
「次元のずれ?」

ヤングマスターが机の上に散らばった紙のひとつにあみだくじを書いた。

「あみだくじというのは面白いものでのう。始点から最終地点まで、決して同じ縦の線を二人が通ることはない。…時間も同じじゃ。縦の線を同じ人物二人が通ることはない。縦の線で起きることは変えようとしても変えられぬ。逃れられぬ運命じゃ」

逃れられぬ運命、という言葉にカエル占い師を思い出す。この時代のホテルにも彼女はいるのだろうか。セーブができないのは不安要素のひとつだ。
ヤングマスターの説明は続く。

「だが横棒で次元を移動したモノは別じゃ。行った先の運命を少しは動かせる。しかしそれは所詮、移動してきたモノ達から見ての話。元々この次元にいるわしらの縦の流れには関係ない。そもそもがこの時間軸とお前達のいた世界は違うのだからな。結果が違って当然じゃ」
「つまりー?」

興味を引くものが何もなかったのか、キョロキョロするのを止めた審判が面倒くさそうに尋ねる。はやくも理解することを放棄したようだ。…彼には後でかいつまんでまた説明しておこう…。しかし前から常々思っていたがこの集中力の低さは『審判小僧』としていいのだろうか?まぁだからこそ審判ゴールドに何回も怒られているのだろうが。

そんなことを考えながら遠くを見つめていたら、ヤングマスターがまとめに入った。

「つまりは、わしは時を支配する魔術師。各次元の結末が違うことは最初から理解しきっておる。だからこそ、お前達がうっかりと未来の話をしようがわしには無意味だ。それでわしはわしの行動を変えようとは思わぬからな」
「…パラドックスが起きる条件って『未来の人の言動によって過去の人が行動を変えてしまった場合』に起きるんだよ」
「えーとつまり…マスターが頑固者だから大丈夫なんだね!!」

その言葉に憮然としたヤングマスターが審判の頭に無言で拳骨を落とす。殴られた当の審判はけろりとしているが、ヤングマスターは眉をしかめて右手を擦った。…どうやら思ったより痛かったらしい。

「でもこのまま帰れなければいずれは他の住人にも見つかってしまいますよ。そうしたらパラドックスが起きてしまうんじゃ?」
「そうじゃな。が、まぁ大丈夫じゃ。三日の間に帰れなかったとしてもあの次元転移装置さえあれば三日後には………お前達も混沌に還るだけじゃ」
「「「な…なんだってーーーッ?!」」」

思わず3人揃って絶叫してしまった。審判がちょっと楽しそうにしているがそんな場合じゃあない!
急いでヤングマスターに詰め寄る。

「どういうことですか!?」
「教えるわけなかろう。わしが何故こんな風にこそこそ隠れて次元転移装置を作っていたと思っておる。とにかくそうなるというだけじゃ」
「父ちゃ…クロックマスターさん、なんとかならないの?」
「無理だ。電話と同じよ。向こうに次元転移装置がなければタイム・イズ・マネーの力は増幅できぬ。タイム・イズ・マネーでさえこの装置で増幅せねば次元転移はできぬのだ。『地獄の女王』並かそれ以上の魔法使いならまだ可能性はあるかもしれんが…まぁ諦めるのじゃな。お前達の世界に帰るのは『不可能』じゃ。残念じゃったのう。自称、我が子よ」

その途端、ぶちっ、という何かが切れたような音が部屋に響いた。何故か審判とマイサンが僕から距離を取るかのように後ずさる。だがそんな事はどうだっていい。

「………無理?不可能?…何もしていない内から何が分かる」
「はっきりと言ってやろうか?この次元転移装置に設計図はない。この装置を見られると面倒な輩がいるからの。全部ココに入っておる」

ヤングマスターが自分のこめかみをトントンと指先で軽く叩く。

「だがわしには設計図を書く気はない。三日後までこの次元転移装置の存在を誰にも知られるわけにはいかぬのだ。三日すればお前達も等しく混沌に戻る。それなのにわしがお前達に付き合うメリットがどこにある?時間の無駄じゃ」

真っ赤に染まった室内に、こみ上げてきた怒りに目の前の光景が急速に遠のいていく。マイサンや審判が引きつった顔で抱き合って震えている。ヤングマスターがきつく眉を寄せたのを最後に、僕の意識が飛んだ。



「不可能?時間の無駄だと?…ヒトの努力の結果を進歩と呼ぶことを忘れて何が時の支配者か!!思い知るがいい…人間の可能性を!!」

不可能、という禁句に嫌な予感がして距離をおいた途端、ボーイが発狂した。
この感じ…間違いない。

「ああ〜ボーイのラスボスイッチ入っちゃった〜…」

高笑いするボーイを止める間もなく、彼はスピードプラス5本を一気に太ももにぶっ刺した。

次の瞬間、ボーイが消えた。

バタン!!と大きな音を立てて閉まっていたはずの扉が閉まる。
その現象の意味することに気づいたヤングマスターがハッと扉の向こうを睨み付けた。

「…外か!!小僧めいったい何…を…!?」

駆け出したヤングマスターに続いて裏庭へと駆け込むとそこにはバラバラに分解された…タイムマシン。
分解されたパーツが降り注ぐ中、避けようともせずボーイは地面にしゃがみ込んでいた。

「貴様…!」
「わわっ!暴力はいけないよ!」

怒りを通り越し憎しみすらその目に浮かべヤングマスターがボーイに殴りかかったので慌てて羽交い締めにする。暴れるヤングマスターを必死で抑えていたらマイサンが声をあげた。

「待って!この人…何か書いてる…」

その言葉に見ると、確かにボーイはただしゃがみ込んでいたのではなく地面に置いた数枚の紙に一心不乱に何かを書いている。細かい線と図形を何枚も何枚も書き記している。

一枚だけでは何だかよく分からないそれが重なった時。その『何か』の正体に気づいたクロックマスターが、目を見張った。驚愕と焦りに上ずった声を絞り出し、ボーイを睨みつける。

「貴様…どうやって設計図を…!」
「「ええっ!?」」

先ほど自分しか知らないと言ったばかりのタイムマシンの設計図をボーイは書き記していた。スピードプラスを使ったとはいえ、タイムマシンをバラバラにして、その短時間で構造を理解してしまったようだ。

「へー。やっぱりすごいなぁ〜機械いじってる時のボーイ」
「すごいどころの話じゃないよ審判…」

折角作ったタイムマシンをバラバラにされたヤングマスターが物凄い形相でボーイを睨みつける。

「そんな物をどうするつもりだ。返答次第では生かしておけぬ」
「…私達が忘れれば、この紙は混沌に飲まれて消える」
「何?」

ボーイの暗く濁った瞳の中、一つだけ強い光が宿っている。ヤングマスターの目を真っ向から見返して淡々と語るボーイは、この場にいる誰よりも不安定なメンタルをしながらも頼もしかった。
その姿があの子と重なる。

ボクは初めてボーイがこれからやろうとする事が分かった。
そうだ、ボク達にはまだ…

「私達が無事に帰れれば、この紙は消える。だから秘密が漏れることはない。…そして未来で掘り出して貰えれば、この設計図は蘇る。一瞬にも満たない『見た』物を彼女ならば作り出せる。約束しようマイサン。君をお父さんの元に送り返す。なんとしても…必ず」


未来で待ってる…頼もしい仲間がいる。



ーーーーーー
携帯を替えてからだぁあいぶ間が開きました。すみません…もう待ってる人いないんじゃないかな…いたら嬉しいけど。

てなわけで地獄のふんわり説明パートはこれでおしまいです。次回からは地獄のメカニック対新旧マスターの作業パート&じっとしてろ審判!!です。
いつまでかかるか分かりませんがお楽しみに!


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