GIFT

□【捧】ベイビードントクライ
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迷界の森の中…何匹ものテレビフィッシュが沼地のほとりに集まっている。一ヶ所をぐるぐる回っていたそれらは通りかかった人影を目にすると一斉に木の影に隠れた。

「見えてるw見えてるよおまいらwてゆーかぼくですwだからそんな急いで隠れないでおk」

空中をふわふわと泳いでいた小さな少女はテレビフィッシュ達に向かって尾ひれで手招きした。仲間だったことに気がついたテレビフィッシュ達が素早く少女…小型フィッシュに近づいて回りをぐるぐると回った。

「はいはい把握。それで?その『迷子』ってどこ?いやそれより何よりスペック大事だよおまいら。カーチャン呼ぶのはその後な。とりあえず幼女かどうなのかをだな…」

荒い息をさせながら気持ち悪い台詞を吐き続ける少女にテレビフィッシュ達は少女から離れて、再度同じ一ヶ所を回りはじめる。
小型フィッシュは一瞬、首を傾げて…ようやくそこに居た『人物』に気がついた。冷や汗を流しつつ近くのテレビフィッシュに、沼地の主であるマザーフィッシュを呼んでくるように言うと、そこに自生する木より大きな『迷子』を見上げて言った。

「おっすオラ小型フィッシュ!よろしくベイビー!!」



その日は朝から厄日だった。
久しぶりに迷界に客が訪れた感覚があったが、同時にグレゴリーは耐えがたい腹痛に見舞われていた。
なにもこんな時に…とグレゴリーが痛む腹を押さえて起き上がる。

「うぅ…昨日の夕飯ですかな?いったい何が入っておったのやら…」
「おはようグレゴリーィイイ…」
「ひぃッ!!」

するとベッドのすぐ側にシェフが立っている。暗闇の中、ぼんやりと頭の蝋燭に照らされた姿はまるでホラー映画だ。

「な、なんじゃシェフ?何のようだ?」
「朝ごはん…渡しに行ったら…お前を呼んでこいと…ママが…」
「なんじゃと?ええい、それを先に言わんか!」

ママに飛ばされた…と食事シーンを見張れずにしょんぼりしているシェフに、グレゴリーは慌てて着替えを済ませた。早足で地下へと進みながら、最近の行動でママを怒らせるようなことをしたかどうか思い返すが、心当たりが多すぎて分からなかった。

「ママ、お呼びで御座いますか?」
「お入りグレゴリー」

促されるままに部屋に入ると、そこにはママの他に地獄のタクシーも居た。

朝の早いママに食事を持っていくシェフは分かるが、何故こんな早朝にタクシーがここにいるのか?その理由はタクシー自身が口にした言葉から、理解できた。

「昨日の夜、森で面白いモノを見かけたのでご報告しとこうかと。旦那、新しい客が来ましたよ…」

新しい、さ迷う魂の候補者が迷い込んだ。やはり、とグレゴリーは頷いた。

「乗せたのか?どこにおるのだ?」
「それが…車に乗れるようなヤツじゃなくて。アレがこの辺にいるのも珍しいくらいですよ」

なぁシェフ、とタクシーが振り返った先で、抱えた包丁をじっと眺めていた料理人がニヤリと笑う。グレゴリーママが高笑いをあげた。

「グレゴリー、分かってるね?『昼食』は期待しているよ!ホーッホッホホホ!」

気のせいか…腹の痛みが増した気がする。


「そんなわけで、超巨大新生児という新ジャンルの幕開けが今始まったわけですよ!まさに奇跡!もう卵の頃何食べたらそんな大きくなれるのかと!」
「ジャイアントベイビーねー…昔そんな映画あったよ。懐かしいなぁ…」

談話室に集まって皆で映画を見ていた最中、突然テレビ画面からずるりと現れた小型フィッシュの通常営業通りの電波なセリフを特に気にするわけでなく、一度は憧れる装置だよね、と古い映画の思い出をほのぼのと口にするボーイ。
しかし、対する小型フィッシュはいつもと違う反応を返した。

「よしマッドサイエンティスト君はちょっと黙ろうか。mjds!というかガチです!not釣り!本当にジャイアントベイビーが現れたんだよ沼に!いきなり!でもカーチャンが言うにはなんか『迷子』っぽいんだってぇ〜」

てなわけで一応聞くけど巨女のお母さんか、やけにでかいコウノトリはこっちには来てないよね?と尋ねる小型フィッシュにガールが首を横に振る。

「うーん…ホテルで特に変わったことはないわね!」
「迷子か…もしかすると、新しく迷い込んだ客かもしれないな」

ソファーに沈んでいたガンマンが身をおこし、眉をひそめて呟く。小型フィッシュがその周りを茶化すようにゆっくりと回遊した。

「ガンマン…貞子ショックをようやく乗り越えたのは分かったけど、そのハードボイルド補正はどうしたんだい?なんという照れ隠しプギャーw」
「兄ちゃんを馬鹿にしないで!テレビからあんな風にずるっ…て出てくる方が悪いのよ!!」

ガンマンを庇うように立ちあがってカクタスガールが肩を怒らせると小型フィッシュはすぐに謝った。何故か頬を上気させ、息を荒くして…。

「ごめんなさいカクタスガールお姉ちゃん!だからもっと強くおねがいします!ハァハァ…」
「止めときなよカクタスガール。言ったって無駄さ。怒らせたくてやってるんだから、相手にしないほうがいいと思うよ〜」
「それもそうかも…」

怪しい空気が漂いそうになるのを、ポップコーンを摘まんで口に放り込みつつ傍観していた審判が止めに入る。カクタスガールも諦めたように肩を落とした。小型フィッシュだけが絶望した!と審判に涙目になって詰め寄る。

「なんてひどい!内気強がり真面目系女子に罵ってもらうという貴重なイベントの邪魔するなんて君は鬼かい?悪魔かい?」
「いいや…なぜならボクは」
「「審判小僧というんだよ〜♪ヘイッ!」」

険悪な顔を突き合わせていたはずの二人が、バッチリのタイミングでお馴染みの歌を歌ってハイタッチした。ここまではこの二人が行ういつも通りのジョークなので周りは笑顔で華麗にスルー。

問題はその後だった。急に真面目な顔をした小型フィッシュがガシッと審判の腕をつかむ。

「でもそうか…『新しい客』かもしれないのかぁ。森に居たし、赤ちゃんだからてっきりこの世界の奴だと思ったんだけど…それならグレゴリーのおっちゃん達に見つかるとマズイよなぁ…。でも、まだ『客』か『住人』かは分からないよね!?」

ボーイやガンマンが厄介事の匂いを感じて逃げ出すより早く、小型フィッシュの提案は暇をもて余した二人に火をつけた。

「みんなで、ジャッジに来てくれるかなー?」
「「いいともー!!」」

森にはいやな思い出が…というボーイの呟きは、ガールと審判小僧の声にかき消された。


門前にタクシーが居なかったため、沼には歩いて向かう羽目になった。それでも多少時間がかかったとはいえ無事にたどり着くことができ、ボーイは安堵のため息をついた。

「せめてタクシーがいれば絶対安全な上に早く目的地に着いたんだろうけどな…」
「大ー丈夫だー♪なんせボクがついてるもの!ボクらに手出しする奴は全裸に剥いて生まれたての姿でお茶の間に登場させてやんよ!」
「ああ、だから皆逃げていくんだね!」
「皆に愛が届かなくってボク悲しい…じゃなくて、それ以外にも理由があってこの辺まで限界体制なの!」

理由って?と聞き返すより先に、異様な光景が目の中に飛び込んできた。

「うわぁ!赤ちゃんだ!」
「本当に大きいなぁ…」

森の中でも一際大きな木にもたれるようにして、ようやく座れる程の年齢くらいの…巨大な赤ちゃんがいた。抜けるような白い肌を産着に包まれ、中から真っ黒な瞳が不思議そうにこちらを見つめている。

「たっだーいーまーーー♪いい子にしてたかー?」
「くーーーぅ」

空高く泳いだ小型フィッシュが赤ちゃんの鼻先に抱きつくように全身を使って頬擦りすると、嬉しいのだろうか?目を細めて笑顔を見せた。

「「か…可愛いーーー!!」」

母性本能をくすぐられたのかガールとカクタスガールが手を取り合って可愛い可愛いと悶える。

「ふふふ、可愛いだろー?あげないぞ!クーはぼくの嫁なのだ!でもって最終的にはぼくが逆光源氏、クーが紫の上になるのだー!!」

赤ちゃんまで広がる小型フィッシュの無限の守備範囲は聞かなかったことにして、ボーイが見上げた首を少しかしげた。

「クー?その子の名前、クーっていうの?」
「そうだよ!名前がないと大変だろー?ぼくが名付けた!クーって鳴くからクーなのです!」
「くーーーぅ」

すっかり名前を受け入れたのか、赤ちゃんは嬉しそうにのどを鳴らした。
泳ぎまわる小型フィッシュを目で追いかける様子からは、猫じゃらしで遊んでもらう子猫のような無邪気さを感じる。

「どうだい審判、何かわかりそう?」
「うーんボクの能力じゃあ正体まではさすがに…さすがにヒトじゃないみたいだけど、少なくとも悪いモノとかじゃなさそうだよ。でも確かに、この子は迷子だ。この世界の子じゃない…お母さんを探してるみたいだよ」
「うーんやっぱりそうかぁー!じゃあグレゴリーのおっちゃんにはバレないようにしなきゃ」

審判の見立てに小型フィッシュが一瞬しょんぼりした。赤ちゃんが新しい客ならグレゴリー達に隠し通さねば…あっという間にさ迷う魂にされてしまうだろう。

「そういや…お母さんといえばマザーフィッシュは?」
「カーチャンなら出かけてるよー。だからこの辺一帯限界体制なのです」

警戒心の強いテレビフィッシュが先ほどからちらほら顔を出しては泳ぎ去っていくのにはそういう理由があった。
おそらくマザーフィッシュが警護をつけたのだろう。しかし、肝心のマザーフィッシュはこんな時にどこへ…?とボーイが首を捻ったが、尋ねる前に残念そうな顔でガンマンが口にした言葉につい意識がそれてしまった。

「そりゃあ残念だな!滅多に姿を現さない池の主…幻の人魚にぜひとも会いたいと思ったが」
「ああ、カーチャンはシャイだからなー…まぁ、大丈夫だよ。ガンマンは会ったことなくてもカーチャンはガンマンに会ったことあるし…ガンマンが気づいてない間に」
「なにそれこわい!」

その時、ビリビリと空気を震わせて周囲のテレビフィッシュ達が騒ぎだした。小型フィッシュが固い表情でテレビフィッシュ達を見回す。

「クーを隠せ…おまいらは逃げろ。何匹かはカーチャンに知らせに池」

テレビフィッシュが赤ちゃんを隠すように群がり、沼地へと先導する。はいはいしていく背中を不安げに見送り、小型フィッシュは逆の方向へと泳ぎだした。沼地の入り口まで戻る。

「………えーと…ごめんな、皆…巻き込んじった☆」
「なんだ?何が起きたんだ!?」

テレビフィッシュから情報を聞き出した小型フィッシュは早速びびり気味のガンマンの不安を的中させる。

「バレた。バレまくった。偵察ラインを真っ直ぐ突破してきやがった。人数は?タクシー、グレゴリーのおっちゃん…あとは」

小型フィッシュの顔からさぁーッと音を立てて血の気が引いていく。ナンテコッタイ!と叫んで頭を抱える小型フィッシュ。

ちょうどそこへ黄色い車体が滑り込んできた。言わずと知れた地獄のタクシーの愛車だ。しかし問題は運転手でも助手席のグレゴリーでもない。…後部座席で巨大な包丁を抱える腕の持ち主だ。

「シェフ来たぁぁぁあああ!!いやぁあああ火力の違いを考えてよぉおおお!!しらすに刺身包丁並にレベル違いだよコレッ」

小型フィッシュは通常のテレビフィッシュとは違うとはいえまだ子ども…いわばマザーフィッシュの臨時の代理だ。
叫びたい気持ちも分かる。


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