GIFT

□【おまけ】栄光の手
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手鏡に映る白い手袋が絵画の額縁に触れようとしたところで、頬杖をついて眺めていたミラーマンは口を開いた。

「おい、そいつ偽物だぞ」

独り言のような言葉に、白い手袋の動きが止まる。額縁を触ろうとした手が向こう側の鏡に伸ばされた。
そこに映し出されたバツの悪そうな顔に、ミラーマンは容赦ない冷たい言葉を浴びせる。

「本物のウタマロがそんな値段なわけないだろう、バカ。…それにカエル占い師に頼まれたのは魔導書だけだろ?関係ないもんまで買うんじゃねーぞ、タクシー」

鏡の向こうで地獄のタクシーがへいへい分かりました、と肩を竦める。


グレゴリーハウスの購買は、基本的に金次第でどんなにヤバいものでも揃えてくれる。
ただのヤバい物なら地獄のタクシー一人で調達に向かうのだが…今回のように、怪し過ぎる店で怪し過ぎる物を買う必要がある場合、ミラーマンが鏡を通して真贋を見分けてやるのだ。

「それにしても、この店…まがい物が多すぎだ!見てるだけで苛々してくる…」

注文通りの本をタクシーが購入するのを眺めて、ミラーマンは考えた。

自分の仕事は済んだ。あとはタクシーが帰ってくればオシマイ。ならば…このまま偽物ばかりの外界の映像を見ていなくとも、別段構わないだろう。

「よし!あとは、まがい物を見つづけて疲れた目を癒そう…具体的にいうと真実という名のオレ自身の姿を!」

ミラーマンが頷いた瞬間、手鏡がパッと映り変わり…持ち主を写すという手鏡本来の役割に戻る。
やっぱり真実こそ一番美しい、とウットリと手鏡を眺めるミラーマンは気づかなかった。

ちょうど同じ頃…帰りかけたタクシーがふと手にとった物が…紛れも無い、厄介な『ホンモノ』であることに。



グレゴリーに購入してきた荷物を渡し終えたタクシーは、空腹を覚えてそのまま食堂に向かった。

「おーいシェフ〜今日のメシ何ー?」

食堂のドアを開けて尋ねたら、ちょうど居合わせた審判小僧がシェフの代わりに答えた。

「特製手作りアンパンだよ!」
「へぇ、意外にまとも…」
「ただタマシイを練り込んだら、作ってる過程でちょっと自我をもって二足歩行し始めちゃったけど!」
「…じゃなかったな」
「まぁ、味はイケるから!アンパン人の顔をお食べよ!」

差し出されたアンパンに葛藤しながらも、まぁ美味いならいいかと手を伸ばすと審判があれぇ?と首を傾げた。

「その手袋、どうしたんだい?いつものと違うね」
「お、気づいた?実は前のが大分くたびれてきたから、外で新しく買ってきたんだ!見ろよここ!」

見た目はいつも通りの白い手袋だが、手首の部分に明らかに異なる点があった。スナップ代わりの留め具となる細い金色のプレート。よくみると何かの文字が書かれている。

「…ハンド・オブ…グローリー?」
「そう。『栄光の手』って意味だ。なんか験が良さそうだろ?まさにカジノにしていくのにピッタリ!」
「相変わらずだねー」

いい買い物をしたと嬉しそうに言うタクシーに、審判小僧は苦笑した。

「栄光を掴む手袋ねー…なんだかパブリックフォンの通販みたい」
「ああ、アイツの所のはダメだ!全然効かないぜ」
「…買ったのか…」

カレーパンの入ったカゴを持ったシェフがキッチンから出てきながら、同情を過分に含んだ口調で言った。
キッチンにいながらも話は聞いていたらしい。相変わらずの地獄耳だ。

「その目はなんだよシェフ!俺だってなぁ…験を担ぎたい時もあるんだ!!」
「お前の運の悪さは…験担ぎでどうにかなるのか…?」
「そんなのジャッジしなくとも答えられるよ、シェフ…ムリだって!」

けらけらと笑い声を響かせる審判に、普段は無表情なシェフも珍しく口の端をあげて意地の悪い笑みを浮かべている。
日頃さんざんスっては借金の申込みをすげなく断られ続けているタクシーは言い返すことも出来ず、面白くなかった。

「うるせーな、今に見てろよ!俺はこの手で、絶対大金を掴んでやる!!」
「…そうだな…だが今はパンをつかめ
…そして食え…」
「…わかったよ」

特大の人面パンをしぶしぶ受け取りながら、タクシーは心の底で思った。

確かに自分はツイてない。だけどやっぱり、人生で一度くらいは大金に囲まれてみたい。…それにしても、こんなサイズの人面パンを寄越すなんて、シェフの嫌がらせだろうか。

ああ。
これが金塊だったらなぁ、と。

その途端、タクシーの手の中で人面パンが黄金の輝きを放った。

「「「!?」」」

三人の目の前で人面パンが黄金の生首に変わり果てた。しばらく全員が驚愕の目でその情景を眺めていた。

「ちょっとシェフ、タマシイの他に何入れたんだい!?タクシーのアンパン人がアンパン人ゴールドに進化してるよ!?」
「…いや…いれてない」

審判がシェフを振り返るが、シェフも突然の変化に動揺した様子で首を横に振る。タクシーさえも、手の中の物を信じられない思いで見つめていた。

軽く考えた荒唐無稽な願いが、実際にタクシーの手の中に存在する。

重い。固い。光ってる。
これは…!!

「金だ!本物の金だ!!やったー!超ラッキー!!よし、ちょっとカジノ行っ」
「ねぇタクシー、もうちょっと疑問に思ったほうがいいと思うよ!!」
「いや、今日ほどシェフの料理に感謝した日はねぇよ…待ってろお前ら、今から倍にして借金返しにくるから!!」

審判の制止を振り切り、タクシーはカジノに向かおうとドアノブに手をかけた。その途端、ドアノブが黄金に変わる。

「なんだ!?ドアノブまでパンかよ?」
「!…タクシー…ちょっとこのフォーク持ってみて」

審判が放り投げたフォークをタクシーが受け止める。するとフォークの銀色は見る間に金に輝きを変えた。

「…おいおい、どうなってんだよコレは?」
「…タクシー…その手袋、外のどこで買ったの?」
「どこって…カエルのばあ様の欲しがってた本を買いに行った時についでに」

タクシーが口にした答えに審判が珍しくため息をついて頭を押さえた。

「タクシー…原因はソレだよ。たぶん本物の魔術道具なんだろうね…その手袋で触ったらどんなモノでも金になるんだ」
「マジか!?じゃあこの手袋がある限り…どんだけカジノに行っても大丈夫
ってことだな!!超ラッキー!」
「そう思うかい?パンが金に変わるんだよ?食べ物も生き物も何もかもが金に変わるだろうね…」

審判が真面目な表情で語る言葉に、タクシーは何かしらの嫌な予感がした。

「…どういうことだ?」
「自分にも触れないんじゃないかなってことさ。だいたい、運の悪いタクシーが引き当てた本物の魔術道具っていったらさー…」
「…呪いの品…か」

シェフがボソッと呟いた言葉に、タクシーの顔から血の気が引いていく。

「呪いの品ッ!?おい冗談言うなよ
…いくらでも金を出してくれる手袋が、呪いの品なワケが」
「じゃあソレ、どうやって手袋に触らないで外すの?」
「そんなの………あれ?」

考えてみたどの方法も、スナップ代わりのプレート金具を外せない。

「…一度着けたら外せない…それが呪いの品だ…」
「おい冗談だろ!なぁ外してくれよ!
!」

伸ばされた手袋を遠ざけるように二人は後ずさった。しかし徐々に距離が近づいていく。

「無茶言わないでよ!いくらボクの真実の天秤でも、呪いの解き方なんて教えてくれないよ!助けて黒子達ーッ!」

審判の声に、物影から現れた黒子がどこに繋がっているのかわからない紐をぐい、と引っ張った。その途端、タクシーの立つ床板がパカリと開いた。空を踏んだタクシーは落とし穴に気がつく前に地下へと消えていく。

「うわぁああああああーーーッ!!」
「よかった…ジェームスから教わった落とし穴のおかげで助かった!」
「…死んだんじゃないのか?」

悲鳴のあがる床を見下ろして、シェフは胸を撫で下ろしている審判に尋ねた。審判は首を横に振って、まさか、と笑った。

「隔離しただけさ。察しのよさそうな奴がいる、大きな金庫の中にね!」




厳選したこだわりの茶葉と最適の温度。淹れたて紅茶の香りを楽しみ、カップを口に運ぶ。美しい調度品に囲まれて、落ち着いた気分でお茶を楽しむ。

そんなミラーマンの、ささやかな幸せで満ちたりた時間は天井からの落下物によってぶち壊された。

「…ふん…もういい加減こんな事態にも慣れたけどな…今日は何の用だ審判?」

天井を改装し、鏡を張る場所を一部開けておくことで招かれざる訪問者に鏡を割られないようにしたばかりだったミラーマンは勝ち誇ったような顔で振り返ったが、そこに倒れていたのは予想外の人物だった。

「…あ?お前、タクシーか?何でお前まで天井からくるんだよ?」

うめき声をあげて落下の衝撃に耐えているタクシーを見下ろしてミラーマンは腕を組んで眉をひそめた。

その時、倒れていたタクシーが立ち上がろうと床に手をついた。一点物の絨毯と共に床までもが金に染まる。ミラーマンが驚愕に目を見開いている間に、杖がわりに掴まれたアンティークの鏡台が眩い金に姿を変える。

「と、止まれタクシー!何か分からないが、お前が触るとオレの部屋がどんどん悪趣味になっていく!!」

まるで審判ゴールドの部屋のように目に悪い有り様に変貌していく自室に、ミラーマンは悲鳴をあげた。周囲が鏡張りな分、効果は絶大だ。

ようやく動きを止めたタクシーが、口から血でも吐きそうな顔で肋を擦ろうとした途端、黄色の制服までもが金に変わる。慌てて手を離そうとするが、まるで上着が固まってしまったかのように動きがおかしい。

ただならぬ様子にミラーマンは近くにあった姿見でタクシーの姿を映してみた。

すると、その両手に黒っぽいもやのようなものが見えた。

まさか…と思っていると、ようやく喋れるようになったタクシーが途切れがちに説明した。

「…手袋…本のついでに…触ると金になって…取れなくて…呪われてるって…審判小僧に…落とされた」

まるでシェフのようにぎこちない説明だったが、その言葉で全てを理解したミラーマンは両手で顔をおおった。

「こんの…バカ!余計な物買うなってあれほど言っただろーが!仮にも地獄出身が呪われてるんじゃねぇよバカタクシー!!」
「…やっぱり…呪われてるんだ…」
「そうだよバカタレ。待ってろ…カエル占い師に繋いでやるから動くんじゃねーぞ」

いや動けないんだけどと言うタクシーを無視して、ミラーマンは手鏡をカエル占い師の部屋の鏡に繋げた。カエル占い師に状況を説明してタクシーの姿を見せると、占い師はため息をついた。

「魔導書に反応が残ってたのはそういうことだったゲロ…元々の作りは失敗作だけど、地獄の者が本物の魔導書と一緒に持ってたのが原因で軽い呪いの品になったようゲロね。…思いが存在に大きな影響を及ぼすこの世界に入り込んで発動したゲロ」
「成る程、原因はわかったよ。で、どうやって外せばいいんだ?」

カエル占い師は、簡単ゲロ、と笑って方法を口にした。

「腕を切り落とせばいいゲロよ」




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