GIFT

□【捧】料理人の病
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永遠に変わらぬ日常を繰り返すホテルで、そのささいな『変化』に気がついたのは食堂で朝食を食べていたカクタスガンマンだった。

「…あれ?どうしたんだアミーゴ、顔色が悪いぞ」
「本当だ〜…どうしたのシェフ?具合でも悪いの?」

ガンマンの言葉に、同じく朝食を食べていた審判小僧もスプーンを止めてシェフの顔を見た。
…ほんのちょっと、いつもより青白い顔をしたシェフは、忌ま忌ましそうに呟く。

「気にするな…ただの…風邪だ…」

意外な肯定に、二人とも驚いた。…シェフでも風邪を引くことがあるのか、と。

「あれ、本当に病気だったのかい?…すごいや、よくわかったねガンマン…さすがいつも人の顔色をうかがって生きているだけはあるね!」
「止せよ!誉めたって何も出ないぜアミーゴ!!」

それは誉め言葉とは言わないと思ったが、ツッコミの代わりにシェフの口から出てきたのは咳だった。

「おいおい大丈夫かアミーゴ?早く治しちまったほうがいいぜ?」
「そうそう!…もしキャサリンにバレたりなんかしたら…」

審判の一言に全員の脳裏で…壮絶な笑みを浮かべたホテルの常勤看護婦の振るう注射器の針が、ギラリと輝いた。
ぞぉお〜ッ…と音を立ててカクタスガンマンの顔から血の気が引いていく。

「シシシシェフ!早く治しちまわないと…死ぬぞ!!」
「だ…大丈夫だって!いくらなんでも出会い頭に採血なんてされないよ………見つからなければ…」

慌てふためくガンマンを審判がなだめるが、その顔からはいつもの笑顔が消えている。

迷界に住まう男性陣にとって『キャサリンと注射器』といえば、ホテルで一番の恐怖なのだから当たり前だ。

「「とにかく今日は休んで早く治した方がいい!!」」

二人の友人の真剣な様子に、シェフも不承不承頷いた。

「…わかった…準備してくる…」

そういって、シェフは二人の食べ終えた食器を片付けに厨房へと戻っていった。

それから10分。

それから30分。

それから1時間…。

それから…。


「…アミーゴッ!片付けはまだ終わらないのか!?」

しびれを切らしたガンマンが厨房の扉を開けると、シェフは何故か…大量のキャベツを千切りにしている最中だった…。

「うわッ何これ!?いったい何してるんだいシェフ!?」
「…明日の…昼飯の準備だ…」
「「…ハァ?」」

こんな時になんだって昼飯…しかも明日の昼飯の準備なんか…と二人は疑問に思った。

「アミーゴ…いったいなんだって今そんなことを…うぉッ!?」

キャベツを刻んでいた包丁がガンマンに向けられた。ゆらり…とかげろうのようにシェフが立ち上がる。

「…オレが休んだら…誰が飯を作る…?」
「…そりゃ…皆それぞれどうにかするさ!だからシェフはちゃんと休んで…ヒィッ!!」

ポンチョをかすめて振るわれた巨大包丁に、ガンマンは慌てて審判の後ろに下がった。

「…そんなこと…ゆるさないぃいい…オレの仕事…オレのキッチン…じゃまする奴…千切りぃいいい!!」
「ぎゃあああああ!!」

ガキィイイン!!と金属がぶつかる音がして、カクタスガンマンがおそるおそる目を開くと、シェフの背後の壁に包丁が突き刺さっていた。

「うーん…スピードもパワーも大分落ちてる…シェフ、ずいぶん具合悪いね…もしかしてここ何日か、ずっと我慢してたんじゃないかい?」

審判がハートの入った鉄籠をフルスイングしたポーズでのんびりと言った。
…どうやら、振り下ろされた包丁を横殴りにして吹っ飛ばしたようだ…相変わらず何でもありな友人達に呆れながらも、ガンマンは無事だったことに安堵のため息をついた。

「いったいいつから風邪ひいてるのさ?」
「…三日…前…」
「薬は?」
「…飲んでない…」
「…しょうがないなぁ…タクシーにフリッツ先生呼んで来て貰おうか?」

審判の出した提案に、ガンマンは眉をひそめた。

「…あのドクターか?…大丈夫なのか?」
「…まぁ…君がガンマンなのと同じくらいの信用度だけど…一応、ドクターだし」

キッチンに沈黙が落ちる。

「なぁ…ホテルの薬じゃダメそうか?」
「うーん…熱がなければ大丈夫かな?…シェフ、熱は?」
「…計ってない…」

しょうがないなぁ、と審判が手を伸ばしてシェフの額に触る。

「うーん…ちょっと高い…かな?うわッ!」

他人の手のヒンヤリした感覚に気が緩んだのか、シェフが倒れかかってきた。審判が慌てて両手で押さえると、予想外の事態が起きた。

ポタ、ポタ…
じゅうううぅ〜ッ…

「熱ッ!熱い熱い痛い!シェフッ垂れてるッ!蝋燭ちょっと垂れてきてるッ!!」

斜めになったシェフの頭から垂れる蝋の雫に額を焼かれ、審判が悲鳴を上げる。
腕力と体力は訓練でどうにかなっても、熱による火傷まではカバー出来なかったようだ。

「大丈夫かアミーゴ!?」
「無理ダメ重い痛い熱い!…君にこんなこと言うのもオカシイけど…助けてガンマン!!」

熱に気を取られるうちに徐々に傾きが増して重くなっていくシェフの下敷きになり、審判は藁にもすがる思いでガンマンに助けを求めた。

しかし…

「重い〜〜〜ッ!!…ダメだアミーゴ!オレ一人じゃ無理だ!!」

カクタスガンマンの助けだけではシェフを持ち上げることは不可能だ。

「仕方ないなぁ…タクシーか誰か力の強い人を呼んできてよ…」

ほぼ下敷きになった状態で、審判が諦めた口調で呟いた。

「わかった!…でも審判、お前さんは大丈夫か?火傷のほうは…」
「うん大丈夫!」

額がひどい火傷になりはしないかとガンマンが心配して声をかけると、審判小僧は笑って頷いた。

「それに…なんか慣れたら案外温かくて気持ちいい気がしてきたような」
「わかった!今すぐ助けを呼んでくるぞ!!」
「…ウルサイわねぇ〜?いったい何してるのォ〜?」

カクタスガンマンは飛び出していこうと開けた食堂に続く扉を、勢いよく閉めた。

「ででで…出たぁあああーーーッ!!」
「え、何何!?いったい何が起こったの!?」

「ちょっとぉ〜!何でいきなり閉めるのよ〜…助けがどうとか言ってたみたいだけど…なにかあったのぉ〜?」

扉ごしに聞こえたキャサリンの声に、状況を理解したのか…審判小僧も青ざめて押し黙る。

「ない!ないない!全然なんにもない!大丈夫だセニョリータ!!」
「…ふぅん…そう…」

扉を閉めるまでの一瞬に、倒れたシェフを目撃されてはいなかったようだ。一安心…と胸を撫で下ろそうとした時。

「…で?アタシ、ランチを食べに来たんだけど…シェフはどこにいっちゃったわけ〜?」

突然シェフの話題になり、慌ててガンマンは言い訳を考えた。

「シェフは…シェフは今は…いないッ!いないんだキッチンには!!かかか買い出しかなぁ〜?」
「そ、そうそう!…だから僕達がキッチンにいても怒られないんじゃないか!!あははやだなぁキャサリンったら!!」

シェフの下敷きになったまま審判小僧が引きつった笑顔でガンマンの言葉の後を次いだ。

「あらそう?じゃあアンタ達でいいわぁ〜…ランチの用意があったら取ってくれない?」
「ああ…いや、スマン無理だ!!」
「ハァ?取ってくれるくらいいいじゃな〜い…どうして無理なのよぉ〜?」
「…どうしてって…」

まさか『倒れたシェフを見られたらヤバいから』だとは言えない。
考えあぐねていると、キャサリンが扉の向こうからイライラした声で言った。

「もう取ってくれなくていいから…ここを開けて頂戴。あの人がいないんなら、自分で取りに行くわ」
「…そ、それは!」
「いやぁキャサリン残念だねえ!今日はシェフ、お昼ご飯まだ作ってないみたいだよ!?キャベツの山しかないもの!!」

「あらそうなの?じゃあ今日はアタシが作ってあげようかしら…とりあえず開けて頂戴」
「い、いや!シェフもすぐに戻ってくるんじゃないかなぁ!!」

その時、突然扉の向こうから、ジリリリ…!!とベルのなる音がした。

「おっとここまで…三分ジャスト。毎度ありキャサリン!!」
「…えぇ…ありがとうパブリックフォン。おかげで面白いものが見れたわぁ〜」

振り返ると、中庭のドアを開けて…キャサリンが立っていた。

ガンマンが素早く食堂のドアを開くと、パブリックフォンがニヤニヤ笑いながら紙幣を数えていた。

「オレも久しぶりにこっちで飯食おうと思ってさ〜…そしたら先客がいたってわけ!…じゃあなガンマン…頑張って逃げろよ☆」
「待てこの…!声マネなんて反則だろうがー!!」

そういって素早く食堂から出ていくパブリックフォンを追いかけようとしたが、足に何かが絡みついてガンマンは倒れた。

「チクショウ!いったい何…が…」

振り返るとそこには、壮絶な笑みを浮かべたキャサリンと包丁を構えて対峙するシェフ。
そしてシェフに踏まれて逃げられない審判小僧が…恨みを込めた目でガンマンの足にダラーの鎖を絡ませているのが見えた。

「一人で逃げようなんて酷いよ!ガンマンの人でなし!!」
「じゃあ道連れにするお前はなんだ!?放してくれオレには荒野(の部屋)に残してきた妹が!!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人をよそに、キャサリンとシェフは真剣な表情で向き合っていた。

「…またお前か…もう二度と…誰にも…オレの料理の邪魔はさせないぃいいい…」

フラフラの身体にも関わらず、注射器を構えたキャサリンの殺気に反応して飛び起きたシェフは、そういって笑った。

キャサリンが、ふっ、と息を漏らす。

それを合図にシェフが足を踏み出した!
猛スピードで向かってくるシェフが包丁を振るおうとした時、キャサリンがシェフの後ろを指さして叫んだ。

「あら!ジェームスがお鍋に何か」
「!?」

その瞬間、シェフに一瞬の隙が生じた。
シェフの視線が鍋からキャサリンに戻ろうとした時、彼の額にザクリと針が刺さる。

「嘘よ。…さぁ、採血しましょ〜…」

キャサリンがニッコリと笑う。
ぢゅうううう…という音とともに、シェフの意識は途絶えた。




「…むぅ…」
「おやおや、気がつかれましたか?丸一日ほど寝ていましたが…ご気分はいかがです?」

次に目が覚めたのは自分の部屋だった。蝋燭を持ったグレゴリーが顔を覗き込んでいる。

「…丸一日…寝ていた?」

いつもならすぐに蝋燭に火をつけに現れるはずのグレゴリーが、何故丸一日も放っておいたのだろう…?とシェフは首を捻る。

「どうせ火をつけるならば治った後にしろ…そうキャサリンに言われましたのでね。おかげで昨日は皆、夕飯がキャベツの千切りでしたが…しかし、風邪は良くなったようですねぇ…」

グレゴリーがヒヒヒヒヒと笑う。
そう言われると確かに身体は軽いし、呼吸も楽だった。

ふと、テーブルの上に皿が乗っているのが見えた。ウサギの形に切られたりんごを眺めていると、グレゴリーが再び笑う。

「そうそう…キャサリンから伝言があるぞ。『他人の作った料理が食べたくないなら、もっと気をつけるように。』だそうだ」

手渡された皿から、ウサギを一匹つまみあげるとシェフは苦い顔で口にほうり込んだ。

「…塩気が強い…塩水に長く漬けすぎだ…」
「ヒヒッそうかそうか…『次はリンゴじゃ済まさない』そうじゃぞ」

シェフが苦い顔のまま皿の上のウサギを片付けるのを眺めながら、グレゴリーはニヤリと笑った。

「シェフ、お前さんが振ってしまった女は…いい女じゃったなぁ」

その時、一階でグレゴリーを呼ぶ声がした。

「ええいうるさいぞ審判小僧め!…お灸の在庫じゃと?それで全部じゃ!ワシの分まで使いおって…いったいどこで嗅ぎ付けてきたのだ!!」

派手に叫びながら廊下に消えるグレゴリーを見送って、シェフは立ち上がると、新しいコック服に袖を通した。

「………そんなことは知ってる」


だが、シェフの幸せは、料理を作る事だ。
これは永遠に変わらない。
己の欲望のままに生きる命は、決して交わる事はない。
永遠を繰り返すホテルのシェフは、今日も料理を作る。

その日の料理が、たまたま…誰かの好物ばかりであったことは…ささいな変化だったのかもしれない。




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奇跡的に不憫がいない回パート2。

キリ番900の「シェフが風邪を引いたでござるの巻」です。

シェフはお粥とか看病を徹底的に断りそうだなぁと思ったので…キャサリンに強制的に一休みをくらいました。
でもキャサリンはいい女だと思います。多分、ホテルの人は皆そう思っているんじゃないかと!ただ付き合うには採血という壁がやたら高いだけで!!

シェフの蝋燭が垂れて火傷→審判がお灸にハマるは一回やりたかったネタです。時代劇ネタとか…審判の趣味がどんどんお爺さん化してる気がします。うん、完璧自分のストライクゾーンの影響だよ´∀`



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