中編「饒舌な男」

□饒舌な男
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 人生の転機は、ある日突然やってきた。

「なあ聞いて聞いて!このクラスに転入生来るんだって!!」

 教室のドアを勢いよく開けてオレの元に来た木村が、朝の挨拶をするより先に興奮した口調でそう言った。
 まるで漫画のプロローグのようなセリフだ。
 登校早々机に伏して寝る気満々だったオレは、騒々しいその友人を恨みがましい目で見上げた。

「ええー!?」
「マジで?今頃!?」
「どんな奴!?」
「男?女?」

 オレの横でたむろしていた奴らが振り返って言うと、クラス中が俺たち(というより木村)を振り返った。この反応もセオリー通りだよなぁとのんびりあくびをしながら思う。

 転校生かあ…、まあ確かに今頃?って感じだ。
 夏休みが終わって、8月最後の昨日は始業式が行われた。つまり今日は9月1日。しかも高校2年というめちゃくちゃ中途半端な時期の転校生ともなれば、好奇心旺盛な高校生の話題にならない訳がない。
 まぁ理由は色々あるだろう。家庭の事情ってやつとか、喧嘩退学とか、…病気療養中だったとかもアリか。

「ガセじゃなくて?」

 オレは冷静に切り返したが、興奮しきった木村は声を大にして言った。

「大マジ!やべっちがマキちゃんに言ってたんだもん!」

 やべっちとは担任の矢部、マキちゃんとはクラス委員長の牧田かえでのことだ。なるほど、担任が委員長を呼び出したところを目撃したならガセネタとは言いにくい。
 どんな奴かな、男?女?と憶測が飛び交う中、その委員長・牧田が教室に帰ってきたから、全員の視線はもちろん牧田に集中する。

「おはよう。…何?」

 クラス中から向けられた視線に、気味悪そうに牧田が眉をしかめた。

「おはよマキちゃん!転校生ってマジ?」
「ああ…そうみたいね。校長室にいるらしいからそのうち来るでしょ」

 クールなマキちゃんは興味なさげにそう言うと、机に鞄を置いて、我関せずといった感じで教科書を取り出した。
 クラス内がどよめく中、次にやってきたのは牧田とは逆のミーハー女子生徒。

「ちょっと聞いてよ!!!転入生チョーカッコイイーーー!!!」

 頬を紅潮させて駆け込んできたから、只でさえうるさい女生徒が一気にきゃあきゃあ騒ぎ出す。
 逆に男連中は「ケッ」と言わんばかりに興味を無くした。思春期の男子生徒にとっては噂の転入生が美少女ならともかく男では興味の対象外だ。さっさと席に着く男たちに反し、女の子たちは皆ざわざわと落ち着きない。
 うー、騒がしすぎて寝られねー。

「どんな人!?」
「えっと、背が高くってスレンダーで、なんかこう…侍?」
「は?サムライ?って訳わかんないんだけど!」
「だから!王子様ってより武士!って感じっつーか。こうクールな感じ!」
「きゃー!!」

 何がキャーだか分からないが、ともかく騒がしいことこの上ない。
 オレは頬杖をついて騒ぐクラスメートを眺めながらまたあくびをした。

 転入生一人で一喜一憂できるんだから、この学校は(つかこのクラスは)平和だ。しかし、男でも女でもどっちでも変わりないよなぁ……などと、例え思っていても口に出してはいけない。女の子ってのは1言えば10返ってくる生き物だからな。

「うちのクラス、美形って言ったら朝比奈くらいしかいないのに、朝比奈は観賞用だもんねぇ」

 しみじみと女子生徒が言う。
 …オイ。
 何でオレが出てくる。つーか、

「…鑑賞用って何?」
「リツじゃ女の子が彼氏にしたがらないってことだろ?見てるだけって感じ」
「そうよー、朝比奈くんみたいな美人と並んだら、あたしら女としてみじめじゃん!」

 木村に同意するように右ななめ前の新田が言う。
 新田さくら、色白でくりくりの目しててカワイイのに。男のオレと比べるとかそもそもおかしいだろ。

「やっと正統派のオトコマエが来るのかぁ!」

 正統派でなくて悪ぅございました。
 きゃいきゃいさわぐ女子連中に耳を塞ぎ、時計を見た。まだホームルームまで時間がある。

「アホくせ。…オレ寝るからやべっち来たら起こして」

 前の席の木村に言うと、オレはようやく机に伏して寝に入った。
 昨日は好きな作家の新刊の発売日だった。当然昨夜…というか今朝は4時頃までその本を読んでいたので睡眠不足で眠くてしょうがない。
 オレはクラスの騒ぎを尻目に堂々と夢の世界に入っていった。


 テレビを付けたまま寝ちゃってもさ、消されると何故か起きるじゃん。
 あれって何でだろな。
 うるさいのに慣れちゃうと、いきなり静かになる方が違和感感じるってことかな。

 今、まさに俺はその状態だった。
 あまりに周囲がしーんと静かなのに気がついて夢から覚めた。
 あ、くそ。やべっち来てんじゃん起こせよ木村。
 ___なんて考えつつ顔を上げると、やべっちと並んで黒板前に見知らぬ顔があった。

 一瞬で眠気が吹っ飛んだ。

 なるほど。こりゃー美形だ。

 おれは直ぐに納得した。これが噂の転入生かぁ。
 女子が騒ぐのも分かった。
 180センチを優に越す長身、全身に綺麗に筋肉が着いているとわかる、しかしスレンダーな体型。目にかかる無造作な黒髪がまた男の色気を醸し出す。
 切れ長の瞳に、高い鼻、薄くきりっとした口元。その端正な造作は今時芸能人でもお目にかかれなさそうなほどとにかく美形の男だった。
 和洋のいいとこ取りな造作なのに、伊藤が言うようにイメージが和風だ。これならサムライとか武士とか言いたくなるのも分かる。

 クラス中が固唾を呑んで男の動作を見守っていた。

「あー今日からこのクラスに転入してきた上総だ。みんなうまくやれよー。上総、何かテキトーに自己紹介しとけ」

 30過ぎで独身無精ひげ、万事適当がモットー(かどうかはわからないが)の矢部っちは、教卓脇の椅子にやる気なさげに腰掛け、上総と呼ばれた転入生を顎でしゃくった。
 なんつーものぐささ全開な担任だ。やる気のなさが全身に漲っている。
 上総と呼ばれた転入生はちらっと矢部を見ると、黒板に向き直り、チョークを手に黒板に文字を書き始めた。

【上総 煌清(かずさ こうせい)  宜しく】

 教科書のようなやたら端正な字で書いて、みんなの方を振り返って、軽く頭を下げた。
 イヤイヤ、「よろしく」くらいは言葉で言えよ!
 女子連中は目をギラギラさせて転校生の言葉を待っていた。おお、獲物を狙うハンターの目になっている。美形は大変だな。

 そんな俺の感想をよそに、クラスはまだ転校生の言葉を待って静まり返ったままだった。
 しかし上総に注目が集まる中で、当の上総はただ無言・無表情を貫いている。

 そのまま10秒。
 30秒。
 1分。
 3分。
 ………オイ。

「あー…上総よ、何か一言ねぇのか?」

 矢部っちの助け船にも、上総は頭を横に振っただけだ。しゃべらねえのか?

「お前、神奈川からの転入だったな」

 コクン。

「教科書揃ってるんだったか?」

 フルフル。

「そっか、じゃあ揃うまではその辺の奴に見せてもらえ。お前の席あの後ろな。んじゃそーゆーことでホームルーム終わり〜」

 終わりかよ!!
 いいのかよ!!

 恐らくクラス中の心のツッコミを無視し、矢部っちは去っていった。

 普通、転入生(それも美形)が来たクラスって大騒ぎになるもんじゃねえの?
 趣味は?血液型は?星座は?なんつーどうでもいい事に始まって、彼女の有無、好みのタイプなどやたら詮索されるもんだと思うけど。んで最後には「かっこいー!」とか女なら「かわいいー!!」とか賞賛されて、席についても休み時間ごとに質問攻め。
 そんな予想を裏切って、その転入生は静まりかえったクラス中の視線を浴びながら、一番後ろの席にやってきた。

 最初の「憧れの王子様」を見るような女子の視線が、もうすっかり奇異な生物を見る目に変わっている。
 美形だけど変人。
 人なつこい木村ですら、声を掛けていいものか迷っているようだ。

 まあなあ。さすがに異様だ。
 こいつ、未だ一言も喋ってねぇもんな。
 無口?無愛想?
 っていうようにも見えねえんだよな。担任に対してもちゃんと反応してるし。
 一番後ろの席って事は、オレの隣か。
 机は横に7列あって、それぞれ5人ずつ後ろに並んでいる。でもオレのクラスは37人だったから、教室左の窓際の2列だけ6人になっている。一番後ろの席の窓際に一人、オレは2列目。だから38人目の上総は、オレの右隣ってことになる。そういえば後ろに机が一組持ってきてあったな。
 上総はその机を取りに向かったから、オレは立ち上がってその机を運ぶのを手伝った。
 上総が、オレを見る。

「あ、オレはこっちの席の朝比奈リツだ。よろしくな?」

 オレの席を指さしにこやかに告げてやると、上総はオレと目をあわせて頷いた。
 相変わらず声は発しないが、無視するわけでないし、ちゃんと目線を合わせることはできるんだな。なら別にオレ的には問題ない。
 その俺たちを見て、ようやくクラスがざわついてくる。
 机をセットして上総が腰掛けると、オレの前にいた木村がようやく振り返った。

「あー…オレは木村な。よろしくー」

 コクン。

「上総って、しゃべんねえの?」

 さすが木村。
 遠慮無くクラスの誰もが今思ってるだろうことを口にした。勇者だな。
 とはいっても、Yes Noで答えられない質問じゃあ、反応できねえだろ。
 上総は黙って木村を見た。
 木村は気まずそうにオレを見る。仕方ねぇな!

「あー……と、上総、声が出ないのか?」

 フルフル。Noってことか、んじゃ声は出ると。

「喋らないだけってことだな」

 コクン。

「何か理由でもあるんだろ」

 コクン。

「そっか、まあいい。あ、教科書見るか?」

 コクン。
 オレは机をくっつけてやって一限目の古典の教科書を取り出した。
 周りはどう反応していいのかわからないのだろう。ともかく言葉を返してもらえないことは分かったからか、上総の周りの生徒も、「オレ佐藤な」とか「あたし前川ね、ヨロシク」と一方的な自己紹介だけしていた。それぞれに頷いているから、それほど悪感情は持たれなかったらしいが、上総は転校初日、ほんの数分にして「変わった転校生」として皆に位置付けられたようだ。

 この2-Bのクラスは比較的暢気で、いじめとかシカトがなかっただけ良かったけど、下手したらいじめの対象にもなり得た性格だ。___まあこの見てくれでそれはないか。

「前の学校でやってたとこより進んでたりしないか?分かる?」

 オレは小声で上総に話し掛けた。
 上総はコクンと頷き、黒板にも書いていた端正な字でノートを取り始めた。
 オレも頬杖をついてノートを取りはじめると、オレの前にふいにノートが差し出された。
 上総のノートだ。
 覗いてみると、そこには一言

【ありがとう】

 と書いてあった。
 感情が出せない訳でも、話したくないわけでもなさそうだ。
 話せないのにはきっと何かそれなりの事情があるのだろう。それでも意志の疎通ができるなら、友人として付き合うことはできる。
 オレは何か嬉しくなってひっそりと笑った。

「どういたしまして。わかんないことあったら、筆談でいいから聞けよ?」

 そう書いてノートを戻してやると、上総はじっとノートを見てからオレを見た。にっこり笑ってやると、上総も微かに口角を持ち上げた。
 それはほんの微かなものだったけど、上総には普通に感情があって、それを伝えようとする意志もあって。けれど伝えられないことがきっともどかしいのだろう。
 それが分かった瞬間、オレは上総と友人になることに決めた。
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