黒バス

□駆け出す3秒前
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 バスケ部の朝練が終わった体育館は珍しく色めき立っていた。正確には体育館の入り口だ。全員我が秀徳高校の制服を来た女子生徒たち。いつもなら練習を見に来る子などいない。いくらうちのバスケ部が全国レベルだとしても、毎日毎日練習を見に来るほどの熱心な子はいなかった。
中学のときはモデルをやってる同級生がいたからか毎日観客がいたし、そういうのが当たり前なのかと思っていたのだがそれは特殊な状態だったのだと高校に入ってから認識した。
そんな感じだからこんなに女の子に囲まれている彼らを見るのは初めてだったりする。だが仕方ない。なにしろ今日は2月14日。バレンタインデーだ。
かく言う私も、製菓会社の策略と承知の上でこの流れに乗っかろうと思った一人である。

練習が終わったと言ってもさすがに体育館の中に踏み込むことはできず、彼女たちは出てきた目当ての部員の元に駆け寄っていく。もちろん私もそうしたいのだが。

「おはよ、奏ちゃん」

「あ、高尾君」

なかなか出てこない目当ての人を待っていたところで同じクラスの高尾君に声をかけられた。
おはよう。と挨拶を返してからいくつもらったの?と聞いてみる。

「えっと、7個だな!」

嬉しそうに笑う彼は素直でかわいいと思う。男の子にこんなことをいうのは失礼かもしれないんだけど。
きっとそういうところもモテる一因なんだろうな。


「やるねー。毎年そんな感じ?」

まぁねーなんて笑ってる高尾君はご機嫌だ。

「たくさん貰えば良いというものでもないだろう」

「真ちゃん」

出入口の煩さに集中できずシューティングを早めに切り上げたのだろう、まだ投げたりない苛立ちをぶつけるように言葉をなげるのは緑間君。口調の荒さとは反対に左手にテーピングを巻く手つきはゆっくりでとても丁寧だ。
緑間君とは同じ中学で、中二中三と同じクラス、そして今も同じクラス。なにかと縁があるみたいだ。


「んなこと言って〜。真ちゃん一個も貰えなかったからって僻んでんじゃないの〜?」

「僻んでなどいないのだよ」

「緑間君は今年は何袋だった?」

「袋?」

私たちのやり取りに疑問符を飛ばしていた高尾君だったが

「三袋だったのだよ」

という返事と指差した先を見て絶句していた。

「三袋って何!?まさかこのパンパンの紙袋の中身全部チョコ!?ありえねー!!」

「人事を尽くしている俺に抜かりはない」

「ぶはっ、何の人事だよっ」

緑間君の返事がツボに入ったのか高尾君が爆笑し始めた。

やれやれ。いつものことなのでいい加減慣れた私は緑間君と一緒に高尾君のツボの浅さに呆れていたのだが。

「天野は、」

「ん?」

高尾君が壁を叩きながらお腹を抱えて笑ってる横で緑間君が呟くように言った。

「渡せたのか?」

誰に、とは言われなかったもののどきりとしてしまう。
私が誰を好きかということはこの二人にはいつの間にか知られていた。緑間君はそういうのに疎い人だったからきっと高尾君が見当をつけて緑間君に言ってみたというところだろう。それがどんぴしゃで合ってるところがなんか悔しいのだけれど。

けれど、自分の色恋を友達とは言え異性に知られているというのはなんとも言えぬ恥ずかしさがあるのだが、たまにこうして気にしてくれるためなにかと相談してしまい私としても非常に助けられているのが現状だ。

「んーん。まだ」

「そうか。さっき監督に呼ばれていたようだったからな。恐らく長引いているのだよ。三年生は自由登校らしいから遅刻を気にせずともいいようだしな」

そんな緑間君の親切を聞き流し、待ち人の出てくる気配のないまま朝のHR5分前のチャイムが鳴った。



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