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□もしも〇〇が××だったら
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≪もしも赤崎が日本代表に選ばれていたら≫
赤崎+日本代表




「あの……おう、じ?」

 堪らず出た声は自分でも驚くほど心許なくて、思わず舌打ちが出てしまう。これでは呼び掛けたのな、不満を漏らしたのか分からない。
 唇を噛んで様子を窺うが、聞こえるのは空調の音と自分が身動ぎする事で発生する音だけ。
 肌を撫でていく風が少し冷たいような気がして、ふるりと体が震えた。
 姿が見えないだけで、こんなに不安になるとは思わなかった。いや、それだけじゃない。こんな格好で放置されているから、余計にそう感じてしまうのだ。
 こんなはずではなかった。ただ、話を聞いて欲しかっただけなのに。

(クソッ、椿があんな事言わなきゃ……っ)

 些細な一言だったはずだ。何気なく発したそれに否定しただけの話だったのに、どうしてこんな展開になるのか。
 自分がまだ、ジーノという人間を理解しきれていないせいだろうか。
 だが、正直な話、彼を理解しきれる日が来るとは思えない。きっと一生かかっても無理だ。それだけは断言できる。
 何しろ彼は、自他共に認める『王子』なのだ。
 下町育ちの自分に、彼の思考が分かるワケが無い。
 ごろりと横になり、膝を抱えるようにして丸くなる。もぞもぞと腕を動かしていると、不意に人の気配を近くに感じた。

「ダメだよ、ザッキー」

 腕に触れてきた指先に、ビクリと肩が震える。いつもより敏感になった神経に、小さく笑うジーノの気配がすぐ傍にあって。

「これからが本番だからね」

 耳元で囁かれ、背中をゾクゾクと何かが走るのを感じながら、赤崎は肌の上をなぞる指先に吐息を漏らした。



 * * *


「なんか、王子っぽいかも……」

「はぁ? どこがだよ? 全然似てねぇよ」

 日本代表のエースナンバーを背負う花森圭吾が合流してからというもの、練習中だけでなく、ほぼ四六時中繰り返される『天才』発言と、やたらと他人の目を気にするような言動に、椿はとある人物が頭を過り、誰に聞かせるでもなくポツリと声に出してしまったのだが、隣に立つ赤崎の耳にはバッチリ届いていたようで、即答で否定されてしまった。

「えっと、でも、何かこう……『俺はすごい!』みたいなトコ、王子にもあるじゃないですか」

「あの人は周りに褒め称えさせようとすんだろ。花森さんとは違ぇよ」

「あー……まぁ」

 確かに。思い当たる節があり過ぎて、椿は乾いた笑いを上げる。
 ジーノは実に堂々と『君にはボクの引き立て役になってもらおう』などと言う人物だ。
 実力も技術もあるし、ETUにとって重要な選手である事は間違いないのだが、汗臭く泥臭いプレーを嫌い、スマート且つ自分が良く映えるプレーを好むさいで、せっかくの逸材なのに代表と縁のない、なんとも勿体ない選手だ。

「さっきのプレーだって、王子なら『ボクの華麗なアシストを台無しにするなんて、君には失望したよ』くらいの事を言うだろ」

 そう言えば、そんな場面を何度か見た事がある。大抵、そんな言葉を向けられる相手は決まっていたけど。

「それに、花森さんは自分から走ってくれるし、文句言いながらも、練習だって手を抜かないでやってんじゃねぇか」

 腕を組んで呆れたように言い放つ赤崎に、椿は反論できずに頭を掻いた。
 赤崎の言う事はもっとも過ぎて肯定するしかないのだが、それでも花森とジーノには共通する何があるような気がする。だが、それをどう言葉にしていいのか分からず、椿は困った様に笑うしかない。




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