GIANT KILLING2
□これって『恋』なんじゃない?
3ページ/5ページ
.
「すいません、達海さん。引き止めてしまって」
「ゴメンナサイ」
「あ? あー、いや。いいって。気にすんな」
ぺこり、と頭を下げる昌洙にひらひらと手を振る。
試合直前となれば、監督よりも選手の方が準備に時間が掛かる。
ついつい引き止めてしまったのは自分かもしれないと、達海は思っていた。
「椿っ、今日は貴様に俺達の実力を見せ付けて、達海さんに猛アピールするからなっ!」
「えっ、えぇーっ?!」
ビシィッ! と効果音付きで八谷に指を差された椿は、突然の宣戦布告に目を白黒させた。
更に。
「私モ負ケナイヨー! 活躍スルネー!」
「ふっ、お前等にゴールは割らせんさ」
達海にアピールするならプレイで魅せるのが1番。
それをわかっている彼等の発言だが、恋愛に疎い達海には彼等の真意は届かず。
「はっ! 頼もしいねぇ。けど、お前等に勝ちはやらねぇよ」
ニヤリと笑う達海は、完全に勝負師の顔をしている。
「な、椿」
同意を求められたら否定する事なんて出来るワケもなく。
椿はぐっと両手を握りしめて大きく頷いた。
「おっ、俺も負けないっス!」
(達海さんが他の誰かのモノになるのだけは嫌だっ!)
達海への想いを自覚してからというもの、椿は周囲の達海に対する視線に敏感になった。
チーム内はもちろん、こうして達海に会いに来る他チームの選手の中にも、単なる憧れではなく恋慕を滲ませた視線を向ける者が多い。
そう。今ここにいる、三人のように。
選手としては技術も経験も彼等に及ばないだろうが、達海を想う気持ちだけは、負けたくないと思った。
「あぁぁっ、監督っ! そろそろ行かないと……っ!」
ざわざわと騒がしさの増してきた辺りの空気に、椿は本来の目的を思い出し、はわわっ、と肩を震わせた。
遅くなればなるほど、広報の不機嫌の矛先は、達海だけでなく選手やコーチにも向けられるのだ。
早く戻らねば。
「お前等も早く戻れよ」
ニッ、と笑顔を見せて手を振る達海に、昌洙も大袈裟なくらいに手を振り返して笑った。
「達海サン、浅草デート約束ネー!」
「「でっ、でぇーとぉっ?!」」
昌洙の一言に素っ頓狂な声を上げたのは、椿と八谷だ。
「デートだとぉっ?! 俺を差し置いてデートするなどいい度胸だなっ! 断じて許さんっ!」
「誘ウノハ個人ノ自由デスカラ、八谷ニ許可取ル必要ハ無イヨ」
「こんな時だけ流暢に……っ!」
言い合いを始めてしまった二人に達海が眉を寄せると、星野が得意の笑顔を浮かべて間に割って入った。
この場は大丈夫だから、と達海に目配せをしてくる。
それならば任せてしまおうと踵を返した達海は、グッと唇を噛み締めている椿が視界に入って、首を傾げた。
「椿? どうした?」
さっさとこの場を離れようと近付くと、ガシッと腕を掴まれた。
向けられた視線が、射るように熱い。
「……デート、するんスか?」
「あぁ? 何言ってんの、お前」
「するんスか?」
普段は聞く事のないような強い口調と硬い声。
トーンの低さにゾワリとしたモノを感じながら、達海は首を振る。
「ちげぇよ。観光案内、して欲しいって頼まれただけだよ」
昌洙に、と付け加えると、椿は微妙な表情を浮かべてから、まだ言い合いを続けている本日の対戦相手に視線を向けた。
その横顔は、試合中に見せるがむしゃらにボールを追う顔に似ていて。
「監督は忙しいんで駄目っス! 他当たって下さいっ!」
はっきりとそう告げ、達海の腕を引っ張りETUの控え室へと足を向ける。
思わず振り返った彼等は、酷く驚いた顔をしてこちらを見つめていた。
「監督」
「んあっ、な、何?」
ズンズンと通路を突き進む椿に、達海は少し小走りで追い掛ける。
いつもの椿だったらこんな風には歩かない。
いつだって、達海の足を気にして歩調を合わせてくれるのに。
真っ直ぐ前を見つめる椿は、いつになく真剣だ。
「デートなんて、しないで下さい。お願いだから……」
腕を掴んでいた手は、いつの間にか達海の手を握っていて。
ギュッと握り込んでくる手から、椿の懇願する想いが伝わってくる。
(他のチームの奴と仲良くされんのは嫌だって事か)
ははっ、と笑い声を上げた達海は、訝し気に振り返った椿にヒラヒラと手を振った。
「しないしない。余計な心配すんなって」
−−離せよっ! 俺が先に教えて貰うんだからっ!
−−違うっ! 俺が先だってばっ!
−−ねぇ、タッツミー! 俺にフットボール教えてくれんだよねっ?!
−−タッツミーは俺に教えてくれるって約束したんだからっ!
イーストハイムでの子供達の姿が重なって、達海はニヤニヤと笑いながら椿に手を引かれるまま通路を進む。
小学生並の独占欲だな、と椿の恋心に全く気付いていない達海は、前を歩く背中を見つめ目を細めた。
(面白い奴だよ、お前は)
普段はオドオドして情けなかったりするのに、何かのスイッチが入ると獲物を狩る獣のような鋭さを見せて。
あぁ、そうか。
「俺さ。お前みたいな奴がタイプかも」
「は? えっ、と……あの、何が、スか?」
いつものオドオドした顔で、何の事だかわからないと首を傾げる椿に、達海は説明なんかするつもりもない。
こっちの予想を越えた行動をしてくる椿は、やはり見ていて楽しい。
良い意味で期待を裏切ってくれる。
今日はどんな活躍をしてくれるか。楽しみで仕方がなかった。
.