GIANT KILLING2

□これって『恋』なんじゃない?
1ページ/5ページ

.
これが『恋』だと気付きました』続編



最近、気付いた事がある。
あんなにビクビクしてたETUイチのチキンなMFが、自分に視線を向けている機会が多くなった。
けれど、目が合うと真っ赤になって視線を逸らしてしまう。

(何だろうなぁ……)

自分に話したい事でもあるのだろうかと、じーっと待っていても、話し掛けてくる気配がない。
むしろ、見続けるほどに落ち着きがなくなって、挙動不審になっていく様を見てるのがちょっと楽しくなったりしてる。

(まーた突っ込まれてら)

さすがに練習中にはやらないけど、休憩の時やちょっとした空き時間に仕掛けてたら、挙動不審振りを赤崎や世良、丹波や石神に小突かれたりしてる。
その慌てっぷりもまた面白いのだ。

「ご機嫌のようだね」

その密かな愉しみに気付くのは、他チームにまで椿を『飼い犬』と紹介する男。

「ボクの犬はそんなに楽しいかい?」

達海の肩に腕を乗せ、体重を掛けてくるジーノに、大袈裟に肩を竦めてみせる。

「あいつ。ビビり過ぎだろ? そこは躾てやんねぇの?」

『飼い主』なんだからちゃんと面倒見ろよ、と視線を合わせれば、今度はジーノが肩を竦めた。

「メンタルの躾は、ボクの担当じゃないよ」

「ま、飼い主ソックリに育っても困るしな」

「王子はボクひとりで十分でしょ? それに−−」

すっと、耳許に顔を寄せてきたジーノが囁く。

「バッキーは猟犬なんだから、牙がなくちゃね」

ついっ、と意味ありげに動いたジーノの視線を追うと、さっきまでオタオタしていた椿がこちらをじっと見ていた。
いつもの困った様な顔ではなく、何故か挑戦的な顔をして。

「椿?」

いつもと違う様子に首を傾げると、椿と目が合った。
途端に顔が真っ赤になり、慌てて視線を外す。

「あれ、猟犬か?」

思わず椿を指差してジーノに確認をすると、飼い主はクスクスと楽しそうに笑って掌を返した。

「飼い主に牙を向く、頭の悪い猟犬だよ」

それはそれで酷い言われようだな、と眉を寄せれば、ジーノは松原の休憩終了を告げる声を耳にして去って行く。
その後ろ姿を見送っていると、達海はまた視線を感じて振り返った。
今度は少し泣きそうな顔をした椿と目が合う。

(なんだ? アイツ)

ペコッと頭を下げた椿は、駆け足で戻って行く。
最近の椿は良くわからない。
向けられるあの視線には、一体どういう意味があるのだろう。
うーん……と首を傾げながらも、深追いをしないのが達海だ。
何か椿自身が悩みを抱えていて、プレイに迷いがあるというのなら個人的に声を掛けてみるが、最近の椿のプレイは迷いが少ない。
思い切りの良いプレイが多いのだ。

(何かあれば、向こうから来んだろ)

リーグ後半戦は今のところ負けなし。
このまま勝ち続けて優勝争いに絡んでやれば、間違いなく今年のJFリーグは面白くなる。
ニヒヒ、と腕を組んで笑う達海の顔を間近で見てしまった松原コーチは、また良からぬ考えに巻き込まれるんじゃないかと、そっと歩幅ひとつ分、距離を置いた。



***



達海猛という人物は、十年もの間日本を離れ、サッカー界の表舞台から姿を消していたというのに、監督としてETUに復帰してからというもの、人気はうなぎ登りだ。
夏キャンプの前に行われたオールスターでは、新人監督としては異例の得票数を得て、コーチ枠で参加した。
各チームのスター選手が集まる中でも、選手達の一番人気は達海だったと、あのジーノが語ったほどだ。

「達海」

「達海監督」

「達海さん」

達海の周囲はいつも人が絶えない。
それはETUの人間だけではなく、他チームの現役選手も引退した選手も、入れ替わり立ち替わり訪れるのだ。

「お前等さぁ。これから戦うっていう敵チームんトコに来んなよ」

「そう言わずにっ! 僅かな時間でも達海さんの顔が見たいんですよっ!」

「試合終ワタラ忙シイネ」

「すぐ戻りますから」

今日の試合はホームでの川崎戦だ。
夏木ばりに暑苦しい男−−八谷と、日本語が時たま怪しい姜昌洙と、この二人の保護者的立場で同行してきた星野が、ぐるりと達海を囲っている。
アップ前の時間を縫って、わざわざ会いに来たらしい彼等に、達海はまるで犬でもあしらうかの様に手で払っている。

「オールスターデ話デキナカタカラ、今話シタイ。ダメ?」

通訳も付けずに独学で日本語を学んでいるという昌洙が、コミュニケーションを取ろうと日本語で話し掛けてくるのを、達海は無下には出来ない。
言葉の違う国で生きる苦労は、達海も十分に理解しているからだ。

「5分だけな。それ以上はダメ」

「イイヨー!」

嬉しそうに万歳をする昌洙に、達海もふっと小さく笑みを見せる。
イーストハイムで毎日の様に引っ付いて来たがきんちょ達が、ほんの少し、ダブって見えた。




.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ