鬼灯の冷徹

□期待して何が悪い
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「やっぱり女の子は可愛いよねー」

ぺらっ、と雑誌をめくりながらそんな事を言う白澤に、桃太郎は収穫してきた仙桃を籠から出しながら「何を今更……」と声を掛けた。

「白澤様のその発言はもう何度も聞いてますけど?」

「だってさ、こんなランキングなんか付けなくても、皆それぞれ可愛いと思わない?」

ほら、と手にしていた雑誌をこちらに見せる様にしてきた白澤に、桃太郎は立ち上がってどれ? と紙面を覗いた。

「……獄卒が選ぶ美女ランキング?」

「この手の雑誌では良くやってる特集だけどね」

現世風に言えば、男性向けのファッション雑誌で、表紙を見てみればこの号は『恋愛特集』らしい。
その中でも人気企画がコレなんだそうだ。

「あ、お香さんが入ってる」

それぞれ部門があるらしく、桃太郎は見知った顔を見付けて指を差した。


・お姉さんにしたい美女ランキング
・火遊びしたい美女ランキング
・踏まれてみたい美女ランキング
・国を傾けるくらい溺れてみたい美女ランキング
・噂の真相を確かめてみたい美女ランキング


どんなランキングなんだと突っ込みたくなるようなモノも多々あるが、その上位に連なるそうそうたるメンバーのほとんどを、桃太郎は良く知っていた。
お香を始め、妲己やヨーロッパの悪魔リリス、更には最近この辺りに越して来たかぐや姫など、『極楽満月』に居れば−−いや、白澤の近くにいればいつでも会えると言っても過言ではない。
根っからの女好きである白澤は、美女の噂を聞き付ければ、例え地獄の果てだろうと会いに行くのだ。

「白澤様はこの中で会った事無い人っています?」

「ん〜……どうかな」

白澤の視線が紙面の上を滑る。

「皆、一度は会った事あるかな?」

確認するように、白澤の視線がもう一度斜めに走る。
時折、指を差しては「この子は花街で会った子で〜、この子は……」と記憶を辿る様に桃太郎に説明までしてくれる。

「え、まさか、皆知り合いですか?」

「遊びに誘って断られた事もあるけどね〜」

アハハハ、と楽しそうに笑う白澤に渇いた笑いを向けた桃太郎は、何の前触れもなく店の中に現れた気配に、ビクッ! と大きく肩を震わせた。

「貴方は根っからの女好きで軟派野郎ですね」

「女の子は皆可愛くて好きだよ」

「ほぉ? 最近じゃ、女性の体では満足出来ないくせに?」

頬杖をついてニコニコと答えていた白澤の顔が固まる。
不意に手元が暗くなって、ゾワリと背筋に寒気が走った。
じりじりと後退っていく桃太郎に助けを求める様な視線を向けながら、ゆっくりと首を動かす。
ギギギッ、と上手く回らない首で振り返ると、そこにいたのは−−

「女好きが聞いて呆れますね」

腕を組み、フッと鼻で笑うその男は、閻魔大王の第一補佐官にしてその立場は閻魔大王よりも上だと評判の−−そして、因縁の相手で、身も心も焦がれてしまう嫌な男−−鬼灯だった。

「なっ、なっ、何で此処に……っ!」

「裏口から入りました」

「はあぁっ?! てかっ、そうじゃなくて……っ!」

何故わざわざ裏口から入ってくるのか気にはなるが、今問うべきはその事ではない。
地獄で一番忙しいはずの彼が何故桃源郷に−−極楽満月に来たのか。
今日は何も、約束も無かったはずだ。

「こちらの方に用があって、ついでに頼んでおいた漢方薬を取りに来たんですが」

ズイッ、と身を屈めて顔を近寄せてきた鬼灯に、白澤は椅子の上で仰け反った。
だが、机に阻まれて身動きが取れない。

「あ、あぁ、そうだ。俺、ちょっと薬草摘みに行って来ます」

桃太郎の目が店内にいる従業員に向けられると、彼等は鼻をヒクヒクさせながら出入り口へと移動していく。
最近の、暗黙の了解だ。

「あっ、桃タロー君、僕も一緒に−−」

今、二人っきりになったら危険だ。
そう思って立ち上がろうとした白澤を、「はあぁぁぁ……」と長い溜息を吐きながら、鬼灯が机に両手をついて閉じ込めた。
何だか恐ろしくなってきて、鬼灯の顔が見れない。

「ごっ、ごゆっくり〜」

薄情者っ! という視線を向けられながらも、桃太郎は店を出ると後ろ手に閉めた扉に凭れ掛かった。
白澤には悪いと思うが、同じ恨みを買うなら白澤の方がかなりマシだ。
鬼灯にだけは、逆らってはいけない。

「今日は帰っていいと思うよ」

一緒に出て来た兎達にそう声を掛けながら、桃太郎は扉の横にある『営業中』の看板を『臨時休業』にひっくり返した。




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