鬼灯の冷徹
□熱に浮かされたのは
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「−−は?」
携帯の向こうから聞こえて来た言葉に、白澤は耳を疑った。
『だから、鬼灯君が鬼インフルエンザに罹っちゃったんだけど、薬が効かないんだよ』
もう三日も寝込んでいる−−と地獄で一番偉い閻魔大王が情けない声で伝えてくる。
地獄にある生薬はどれも効かないから、白澤に診て欲しいという内容に眉を寄せた。
(アイツ、予防接種受けてなかったっけ?)
地獄が機能しているのは、補佐官の鬼灯の働きのお陰だと言っても過言ではない。
万が一、何かあってからでは閻魔大王を裏で操れ−−いやいや、業務に支障を来たしてしまうからと、人一倍、病には気を遣っていたはずなのに。
『新型なんじゃないかって言われてて……』
「はぁ」
正直、鬼灯がどうなろうと構わないというのが本音だが、地獄との連携がスムーズに行えているのは鬼灯がいるからであって。
東洋医学を研究している身としては、自分に近いレベルの鬼灯との情報交換は意外と重要だ。
(新型なら新しい調合も考えなきゃいけないしな)
腐っても漢方医。
自分が調合した薬が効かないと言われて無視出来るはずがない。
「わかりました。これから向かいます」
電話を切った白澤は、頭を掻きながら溜息をひとつ吐き、生薬を擂(す)り潰していた桃太郎を振り返った。
「これから地獄に行くから準備して」
***
そういえば。
閻魔大王の法廷に来るのは何時振りだろうかと、白澤は鬼灯の部屋に案内される道すがら首を傾げた。
桃太郎か桃源郷に来てからというもの、印が欲しいモノは桃太郎に任せていたし、花街以外には好んで来ようとも思わない。
「鬼灯様、ずっと苦しそうにしてるんだ。良くなる?」
案内役を買って出たシロが、鬼灯の部屋の前で心配そうに白澤を見上げて首を傾げた。
「大丈夫だよ、シロ。白澤様が治してくれるよ」
お供して来た桃太郎がしゃがんでシロの頭を撫でる。
それでも、縋るような目を向けられて白澤は唇の端を上げてみせた。
「僕は神獣だからね。伝染ると困るから部屋には入るなよ」
桃太郎にマスクをさせて部屋に入る。
奥の寝台で、苦しそうに呼吸をしながら横たわる鬼灯の姿が見えた。
律儀に枕元の机に置かれていたメモには、何の薬を服用したのか記されている。
それを横目に見ながら、白澤は鬼灯の頬に触れ、首に手を当て、手首を掴んで脈を診る。
額に乗せられた手ぬぐいは、既に温い。
「桃タロー君。お湯と氷水、運んでくれる?」
「は、はい」
桃太郎に持たせていた風呂敷を受け取って、今の症状に合わせた薬を調合する。
「…ん……」
鬼灯の腕が持ち上がり目許を覆う。
「……だ、れ……?」
ゴリゴリと擂る音に気付いたのだろう。
鬼灯が額の手ぬぐいを取って、上半身を起こそうとした。
「大人しく寝てろ。かなり熱も上がってるんだから」
とん、と肩を押すと呆気ない位簡単に寝台に倒れた。
寝間着越しなのに体の熱さがわかる。
「……はく、た…く…?」
焦点の定まらない目が宙をさ迷い、かさついた唇から零れた声は掠れていた。
「お前、あんだけ体調管理バッチリにしてて鬼インフルエンザなんかに罹んなよ」
(鬼のくせに)
しかも、閻魔大王から聞いてた通り、新型のウイルスのようだ。
誰かが看病していたのだろう。
机の上の洗面器に手ぬぐいを浸して絞る。
少し温くなっているが、桃太郎が氷水を持って来るまでは気休め程度にはなるだろう。
「……すいません」
額に手ぬぐいを置くと、目を閉じた鬼灯が熱い息と一緒に普段なら絶対に耳にする事のない言葉を発した。
思わず鬼灯を凝視してしまう。
「……本当だよ。手間取らせやがって」
しおらしい鬼灯の様子に調子が狂う。
かなり昔に酷い熱を出した時だって、減らず口は変わらなかったのに。
(よっぽど辛い……て事か)
手の甲で首筋に触れると、ひく、と喉が上下して、うっすらと鬼灯の瞼が持ち上がった。
熱で潤んだ瞳が白澤を見上げる。
「……」
薄く開いた唇は、言葉を紡ぐ事はなく、溜息のような息が吐き出されるだけだ。
(何だよ、これ……)
こんなに弱っているのに、何故か妙な色気を振り撒いている様な気がして目が離せない。
じっと見つめられると、心がざわざわしてくる。
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