Fantasista
□こんな親子ですけど、何か?
1ページ/7ページ
.
「あー、腹減ったー」
「そんなトコに脱ぎっぱなしにすんなよ。シワになんだろ」
「いーじゃん、こっちは疲れてんの」
「−−飯抜き」
「あ。それはやだ」
いそいそとカーキ色のジャケットをハンガーに掛けるこの男は、達海猛、35歳。
俺−−赤崎遼の父親だ。
苗字が違うのは、俺が母親の旧姓を名乗っているからだ。
俺が生まれて直ぐに離婚した母親は、女手ひとつで俺を育てて、五年前、この人と再婚した。
−−今まで苦労した分、幸せになるのよ。
そう言って、毎日楽しそうに笑ってたのに。
半年も経たないうちに交通事故で他界した。
それ以来、俺は血の繋がらない父親と二人で暮らしてる。
「今日、部活で遅くなったんだ。飯、まだだから先風呂入れよ」
あっちーってネクタイを緩めながら、手で扇いでる達海さんに視線で促す。
すると、達海さんは「んじゃ、お先ー」って風呂場に向かう。
キッチンを出る所で、不意に足を止めた。
「遼」
「何スか?」
「お前、良い嫁さんになれっぞ」
「−−は?」
何言ってんだ、この人は。
顰めっ面を返せば、達海さんはニヒヒ、と笑って姿を消す。
『嫁』ってなんだよ……。
俺は男だぞ。
嫁に行くわけねぇだろうが。
俺は今まで一度も、あの人を「父さん」と呼んだ事はない。
呼べるワケがない。
『父親』だなんて思った事は、一度もないんだからな。
***
風呂上がりの達海さんは、前髪が下りてるせいか実年齢より若く見える。
元々、童顔って程じゃないけど、普段から若く見えるこの人は、とてもじゃないが『父親』には見えない。
血が繋がってないから、似てる所も全くないし。
お互い、私服で並んで歩いてる時は、俺達はどう見えるんだろう。
「今日、学校どうだった?」
飯を食いながらこんな事を聞いてくるのは、毎日の習慣みたいなもんだけど。
「普通。何も変わんねぇよ」
「何かねーの? クラスの奴の話でも部活の話でも良いからさ」
「何もねぇよ」
普通の高校生に、毎日報告するような出来事なんて起きるワケない。
毎日同じ事の繰り返しなのに、そんなの聞いて何が楽しいんだろう。
「そろそろさ、学校の行事とかねーの? 俺、学校行ってみたいんだよねー」
「……ねぇ、よ」
少し、歯切れが悪くなったのは、今日渡された『授業参観』のプリントがカバンに入っているのを思い出したからだ。
この人は、まだ俺の学校行事に参加した事はない。
つーか、参加させた事がないって方が正しい。
当時の俺は、急に出来た『父親』を受け入れる前に母親が亡くなって。
血の繋がらない『息子』は、いつか邪魔になって、施設に追いやられるんだと思っていたから。
いつでも離れられるように、俺の学校関係の接点をなるべく持たないようにしてた。
それは今も変わらない。
俺は、いつ捨てられてもおかしくないけど。
この人は、ひとりで生きて行くには余りにも生活能力が欠けてて心配だから、その日までは俺が世話してやんなきゃ、と思ったりする。
−−正直、この人はモテるから、しようと思えば簡単に再婚できんじゃねぇかって思う。
あるいは、面倒みてくれる男、とか。
「そっか。職場のオッサンがさ、三者面談? 行かなきゃなんねーって言ってたからさ。遼んトコもあると思ったんだけどな」
「残念だったな」
授業参観のあとには三者面談が予定されてる。
一日で終わるワケねぇから、都合の良い日時書いて来いって言ってたけど、俺は教えるつもりはない。
「何かある時は教えろよ。行くからさ」
「……あぁ」
ニヒ、と笑う達海さんに俺は俯いたまま返事をした。
この人には、ひとつ、大きな問題がある。
まぁ、生活能力の無さも問題アリだけど、それ以上に厄介なのは、『モテる』事だ。
特に、男に。
女にもそれなりにモテるけど、なんでかこの人は、男の方によくモテる。
だから、俺の学校−−男子校にこの人が来たらどうなるか……想像しただけで具合が悪くなる。
「ごちそーさん」
「お粗末様」
カチャカチャと食器をシンクに持って行く達海さんの背中を見つめながら、さっさとあのプリントを処分しなきゃな、と最後の一口を放り込んだ。
.