Fantasista

□事件は現場で解決せよ!
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「来て早々、こんな事件に当たるなんてなぁ」

「ツイてないなあ、お前」

上司である石神警部補と、教育係である清川巡査部長が、本日付けで配属となった新米刑事−−椿の肩を叩いた。

「は、はあ……」

緊迫した空気が流れる中、この二人からはのほほんとした雰囲気が漂って来て、余計に落ち着かない。
こんな大きな事件が目の前で起きているというのに、楽観的なのは何故だろうか。

ちらりと目を向けた先にあるのは、十階建てのビルの一階にある都市銀行。
拳銃とナイフを持った男達が立て篭もって、かれこれ二時間ほど経っている。

「けど、初日に会えるってある意味ラッキーですよね、ガミさん」

「そうだな。管轄が違うとずーっと会えないしな」

このユルイ感じを、どう受け取ったら良いのか分からない。
人質もいて、万が一、負傷者や命に関わるような事が起きるかもしれないのに。
二人は無表情で視線をビルに向けているが、口調だけを聞いていると世間話をしているような雰囲気だ。

「あの……誰に、会えるんスか?」

「んー? 新入りでも名前くらいは聞いた事あるだろ?」

−−捜査一課、達海猛警部。

ノンキャリアでありながら、特殊捜査班の班長の地位に最年少で就任したという、ノンキャリアにとって憧れの存在だ。

「噂では聞いた事があります」

警察学校でも何度も話題になった人物だ。
達海警部だけではない。
彼が率いるチームもまた、話題の的だった。

「もうすぐ来ますね」

「そうだな。後は達海さんとジーノが来れば全員集合か」

先程から立て篭もり犯と接触を試みているのは、達海班の最年長、後藤恒生警視。
その隣でプロファイリングをしているのが、杉江勇作警部補。
情報収集に当たっているのは、達海班最年少の赤崎遼巡査。
更に、此処からはその姿を確認する事は出来ないが、万が一の為に狙撃を得意とする緑川宏警部が隣のビルに待機している。

達海自身が選抜したという彼等は、個々の能力も高く、署内でも評判が高い。

「す、すごいっスね……」

清川に説明をされ、改めて達海班の様子を伺う。
今、班長が不在でも、彼等は己がやるべき事を理解していて、実行に移している。

(すごいな……)

こんな風にスムーズに機能している班を見るのは、初めてだ。
班長の達海が一体どんな人物か。
興味が沸く。

「キ、キヨさんっ、あの車……っ!」

封鎖したはずの道路に一般車両が進入して来るのが見えて、椿ははっとして清川を振り返った。
周辺区域の閉鎖と住民の安全確保が、自分達地域課の仕事なのに。

「おっ、追い返して来ますっ!」

慌てた顔で駆け出そうとする椿の腕を、清川が掴んで止める。

「あの車は良いんだよ。よく覚えておけ」

周りにいた警察官達はこぞって道を空け、後に知ったイタリアの高級外車だというマセラッティが、本部近くで停車した。

「あれが達海さんだ」

エンジン音が止まり、ゆっくりとドアが開くのを緊張した面持ちで椿は見つめる。

誰もが口を揃えて『凄い』と手放しで称賛する達海警部を、この目で見れる。
果たしてどんな人物なのか。
ゴクリ、と椿の喉が鳴る。

「こんなトコまで車で突っ込むなよ」

のろのろと車から降りたのは、色素の薄い髪をした、細身の男だ。
ドアを閉めた彼は、カーキ色のジャケットに両手を突っ込んで、運転席側から降りた男に不満気に唇を突き出した。

「別にいいじゃない。細かい事は気にしなくても」

端正な顔立ちとスタイルの良い男は、この車の所有者なのだろう。
さらりと髪を掻き上げて微笑む様は、同性でも目を奪われる。

「みんな、ご苦労さん」

くっと眉間にシワを寄せた後、彼は車を囲むように集まって来た警察官達を見回して声を掛けた。

「久し振りっスね、達海さん」

ひらひらと石神が手を振ると、彼−−達海は「よお」と近付いて来た。

「また世話んなるよ。お前等だと連携取りやすくて助かる」

「どういたしまして」

ニヒ、と笑った達海が、石神の背後に立つ椿に気付いて、「新人?」と声を掛けて来た。

「今日からうちに来たんスよ」

「ウ、ウス! 椿大介ですっ!」

話し掛けて貰えると思わなかった椿は、清川に促され、ガチガチに緊張しながら名乗る。
すると、達海がポケットから手を出して握手を求めて来た。

「達海猛。よろしくー」

「こっ、こちらこそっ! お願いします!」

椿が両手で握ろうとした瞬間、すっ…と達海の手が引っ込められた。
「え?」と顔を上げると、端正な顔立ちの男が達海の肩を引き寄せ、代わりに手を伸ばして来て椿の手を握る。

「ボクはルイジ吉田。王子かジーノって呼んで」

「あ……は、はいっ」

「さ、自己紹介も終わったし仕事しよう」

くるり、と鮮やかに達海を方向転換させて、ニコリと微笑んだジーノは、達海の肩を抱いたまま本部へと向かった。




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