Fantasista

□お騒がせ Festival!
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車をいつもの定位置に駐車した後藤は、雲ひとつない青空を手を翳して見上げた。
今日はオールスター戦が行われる日だ。
晴れて良かったとは思うが、こうも暑いと雲に陽射しを遮ってもらった方が幾分マシな気がする。

「ごとーっ」

クラブハウスの中から、車の音を聞き付けたのか、達海の自分の名を呼ぶ声がした。
空からクラブハウスへと視線を落とすと、大きく開けられた窓から急かすように手招きする達海がいた。

「すぐ行くから、ちょっと待っててくれ」

鍵を手にして返事をすると、「早くー」と顔を引っ込めた。
クラブハウスの鍵を開けながら、後藤は小さく首を傾げる。

(……あれ? なんか……)

何となく、違和感を感じた。
どんな風に、と問われると答え難いが、何かが引っ掛かる。

(声、少し変じゃなかったか?)

今日は生中継されるオールスター戦だというのに、また徹夜でもしたのだろうか。
頼むから試合中に寝たりしないでくれよ、と思いながら真っ直ぐに達海の部屋に向かう。

「達海、どうしたんだ?」

開け放たれたままのドアから部屋の中を覗くと、達海が背中を向けてベッドの上に座り込んでいた。
その後ろ姿が、いつもと少し違う。
何かが違う。

「ごとー、どうしよう。すげーコト起きた」

少し興奮したような、驚きを含ませた達海の声色に、後藤は床に散らばるDVDやメモ用紙を避けながら近付いた。

「一体、何があったんだ?」

俯いたままの達海の肩に手を置いて、原因を持っているらしい手元を覗き込む。
達海が両手で掴んでいたのは、襟刳りの大きく開いたタンクトップから悩ましい谷間を見せる胸で−−。

(……胸?)

達海が手を動かす度にふにふにと盛り上がる胸は、肌の白さも相俟って凄く柔らかそうだ。

「−−え? 胸?」

どうして達海に胸が?
また悪巧みでも考えて仕込んだわりには、偽物の様には見えない。
振り返った達海の顔は、新しい玩具を貰った子供みたいな顔をしていて。
後藤の手首を掴むと、その手を胸に押し付けた。

「起きたら女になってたって、凄くねぇ?」

掌に伝わる感触は、温かくて柔らかくて、まるで本物のようだ。
条件反射で指を動かすと、「あっ」と達海がいつもより高い声を発して身を捩った。
胸を両腕で隠して上目遣いで唇を尖らせる。

「指動かすなよ、バカ」

うっすらと頬を染めてぷいっと外方を向く。
ベッドの上にぺたりと座り込んで腕を組んだりする姿は、もう幾度となく見ているのに、今の達海の姿はやけに色っぽい。
首筋から肩へと流れるラインは少し丸みを帯びていて、普段から細い腰周りは悩ましげに映る。

「−−いや、ちょっと待て……」

緩く頭を振りながら額に手を当てた。
ベッドの上にいるのは間違いなく達海で。
けれど、自分が良く知っている達海とはどこか違う。

「……何?」

むー、と唇を尖らせて見上げてくる達海の仕種がいつも以上に可愛らしく見えて、後藤は思わずその場にしゃがみ込んだ。

「……頼むから、嘘だと言ってくれ」

「無理。だって、アレねぇもん」

触る? と小首を傾げられても、頷く余裕なんて後藤にはなかった。



***



「なぁ、有里」

「駄目ですっ!」

「えー…だってさぁ、なんか変な感じすんだって」

「駄目ったら駄目ーっ!」

オールスター戦が行われるスタジアムに到着した達海と有里は、達海から離れようとしないジーノと夏木を日本人選抜のロッカールームに押し込んで、控室のひとつに潜り込んだ。
んー、と唇を尖らせながら着心地悪そうに胸を触っている達海に、有里は大きな溜息を吐く。

(なんでこう達海さんって人知を超えた面倒を起こすのかしら)

10年前の達海が現れてみたり、突然女になってみたり。
とても信じられる事ではないが、現実に起こってしまっている。

「女って面倒臭ぇな」

ブラもせずにTシャツを着て外に出ようとした達海に、半ば強引に付けさせたのだが、達海は窮屈で嫌だと駄々をこねているのだ。

「外しちゃ駄目だからねっ!」

つん、とTシャツを押し上げている形の良い胸を視界の隅に入れて、有里は溜息を吐いた。
ぐるぐるにサラシでも巻いて誤魔化す事も考えたが、『女』になってしまった達海の胸は意外と大きくて。
どうやっても隠しきれないサイズなのだ。

(私より大きいなんて……っ!)

一回りほど体が小さくなったと思ったら、その分、胸やお尻に回ったらしい。
一言で言えば、羨ましいくらいにナイスバディなのだ。

(なんかもう、色んな意味で嫌だ……)

後藤や夏木は真っ赤な顔をしてしどろもどろになるし。
ジーノに至っては、達海を着飾ってデートをする算段を始めるしで、ココに辿り着くまでに正直疲れた。

(でも、私がしっかりしなきゃっ!)

突然女の体になってしまったのだから、自覚を持てと言っても無理な話で。
今までと同じ様に振る舞おうとする達海を止められるのは、有里だけだ。
平泉監督や城西、古内など頼りになる人物が揃っているが、達海の天然っぷりは予測がつなかい。
今年はジーノも参加するし、ETUを宣伝する絶好の機会を辞退するなんて出来るワケもなく、ただただ、何事もなく終わる事を願う有里だった。




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