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□とある雨の日の話
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GIANT KILLING
《とある雨の日の話》
後藤×達海
キコキコと軋ませながら、達海は背もたれに抱き着くように椅子に座って、デスクでパソコンを操作する後藤の横顔を見上げた。
「ごとー」
「なんだ?」
声を掛けても、後藤の視線はパソコンの画面から離れない。
そして、何度目か分からない台詞を続けた。
「ひまなんだけど」
「そうか」
返事も同じくらい、聞いている。
繰り返される台詞に、いい加減、飽きてきた。
「−−雨の日ってさ」
窓の外に目を向けて呟く。
強く降っていた雨は今は小雨に変わり、しとしとと降り続いてる。
「嫌いじゃないけど、好きでもないんだよな」
「−−結局、どっちなんだ?」
漸く、キーを叩く音が途切れて、後藤の視線が自分に向けられたのが分かった。
けれど。
達海は背もたれの上で組んだ腕に頬を乗せて、窓の外を眺め、視線を合わせようとしない。
「雨に濡れんのは平気だけど、靴ん中がグショグショになんのは嫌い」
「あー……それは有るな」
くすっ、と後藤が笑う気配がした。
そのまま、次の言葉を紡ぐ。
「最悪のピッチコンディションの中を走り回んのは楽しいけど、出掛けんのは面倒臭い」
「……達海?」
くるりと椅子を回転させて後藤と向き合うと、何を言い出したのか分からないといった顔をしてた。
ニヒ、と笑って椅子に座り直す。
「雨の日に練習出来ないって、つまんないよなって話」
昨夜から降り続いた雨で練習場はすっかり水浸しで、練習出来るような状態ではない。
今日の選手達へのメニューは自主トレだ。
「……まあ、確かにそうだな」
試合は先日終わったばかりだけれど。
次節で試してみたい攻撃パターンもまだあるし、何より、いい罰ゲームを思い付いたばかりだ。
誰が罰ゲームの餌食になるか、楽しみだったのに。
「つまんねえ」
後藤は相手してくんないし。
「仕事中なのは見て分かるだろ? 片付いたら相手してやるから」
大きく開いた足の間に両手を付いて、不満そうな顔をして椅子を揺らす達海に、後藤は苦笑しながらくしゃりと達海の頭を撫でた。
「ミーティング、するんだろ?」
チラリと時計を見て、もう時間が迫っている事を伝える。
予定していた時間まで、あと五分だ。
「んー、まだ五分あるじゃん」
「もう集まってるだろ」
時間になってから移動する気らしい達海に、「ほら」と肩を叩いて促す。
「じゃあ、さ」
んしょ、と掛け声をかけた達海は、立ち上がるかと思いきや、椅子に座ったまま距離を詰めて来た。
「ちゅーしてくれたら行くよ」
「え?」
目を閉じた達海が、ん、と顎を上げた。
「お、おいっ、何考えて−−」
「ほらー、時間無くなるぞー」
突然の事に動揺する後藤に、ニヒ、と笑って更に顔を近付けてくる。
今は自分達しかいないが、ココは事務所であって、いつ誰かが入って来てもおかしくない場所だ。
それなのに。
キスを強請って来るなんて。
「ちゅーしてくんなきゃ、時間なっても行かないかんな」
「……お前なあ……」
妙に楽し気なのは何故だろう。
どうしようかと悩んでいる間にも、時間は刻々と過ぎて行く。
一度、言い出したら引かないのが達海だ。
「はーやーくー」
そうやって強請ってくる達海を可愛いと思ってしまうのだから、余程、自分は甘いのだ。
「すぐ行くんだぞ」
自分に対して小さく溜息を吐いて、顔を寄せて行く。
唇に達海の息がかかったその時−−
「永田さん、監督見ませんでした?」
「あれ? 部屋にいないの?」
ドアの向こうから達海を探す椿の声と、事務所に戻って来たらしい有里の声がして、後藤は慌てて体を離そうとした。
しかし。
それよりも早く。
達海の手が後藤のネクタイを掴み、ぐいっと引っ張った。
「−−んぐっ」
ぶつかって来た達海の唇が、後藤の唇を食む。
するりと舌が侵入して来て、後藤の舌を絡め取った。
「はい。もうミーティングの時間なんですけど……」
「ホント、ふらふら出歩くんだから。あの人は」
カチャリ、とドアノブの回る音に達海の体が離れた。
「さーて。ミーティングすっか」
さっと立ち上がって背伸びをする。
「あれ? 達海さんココにいたんだ?」
「おっ、呼びに来てくれたんだ? 悪いねー、椿」
「あ、いえっ、だっ、大丈夫っス!」
「んじゃ、また後でな。ごとー」
ポンポンと後藤の肩を叩いて、達海は椿を連れて事務所を出て行った。
「後藤さん? どうかしたの?」
片手で顔を覆って項垂れいる後藤に、有里が声を掛けた。
「……いや、何でもない」
ドアに背を向けていたから、見られてはいないと思うが、赤くなった顔を見られたら、不審がられてしまうだろう。
(達海のヤツ……)
唇に残る感触に、後藤は後で覚えてろよ、と心の中で呟いた。
END.
2011/6/4