GIANT KILLING

□ワン!ダフル デイズ
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「後藤、ごとー」

名前を呼ばれて振り返ると、達海が廊下の向こうで手招きしていた。
有里に頼まれていた書類を渡す為、事務所に向かっていた後藤は、立ち止まって「何だ?」と声をかけた。

「いいから。ちょっと」

尚も手招きする達海に、仕方がないなと小さく息を吐いて、後藤は達海の元へと向かった。

「どうしたんだ?」

目の前に立つと、達海はキョロキョロと辺りを見回して、後藤の腕を掴んだ。
向かった先は達海の部屋。
訝しる後藤を、半ば強引に部屋の中に引っ張り込んだ。

「…っ、おいっ、達海!」

珍しく荒っぽい行為に驚いて声を上げると、ドアを背にした後藤に達海がすっと身を寄せて来た。

「後藤に、お願いがあんだけど」

両手を後ろに回して、上目遣いで見上げてくる破壊力は半端ない。
飛んで行きそうな理性をどうにか掴まえて、後藤はふぅ、と息を吐いてから「何だ?」と問い掛けた。

後ろに回していた両手を後藤の前に出して、小首を傾げた。

「飼っても良い?」

「−−は?」

達海の手の中で「アンッ」と鳴くのは、柴犬のような子犬だ。

「−−拾って来たのか?」

「昨日の夜、コンビニ行った帰りに捨てられてんの見付けちゃってさ」

すっかり達海に懐いた様子の子犬は、前脚を掴まれても大人しくしていて、パタパタとシッポを振っている。

「なんかこう、俺を見上げてくる感じが椿みたいでさぁ。ほっとけなくて」

拾って来ちゃった。

ニヒ、と笑う達海に後藤は額に手を当てた。
愛しい達海の『お願い』なら、多少は無理してでも叶えてやりたいが……

(犬を飼う……?)

自分の身の回りの事ですら疎かにしてしまう達海に、果たして動物の世話をするなど出来るのだろうか。

「なあ、後藤」

子犬を自分の顔まで引き上げて、「飼っちゃダメ?」とまた上目遣いで見つめてきた。
ぐ…っと後藤が息を詰まらせると、子犬の前脚をポスポスと後藤の胸に何度も当ててくる。

「うちのクラブにも番犬は必要だって」

どんな理屈だ……
こんな子犬に番犬が務まるとは思えない。
まして、番犬を飼っているクラブハウスなどあるのだろうか。
−−聞いた事が無い。

「だがな、生き物を飼うっていうのは−−」

「ちゃんと面倒見るって。大丈夫」

今度は子犬の両脚を後藤に押し付けて、下から顔を覗き込んで来た。

−−無自覚でこういう事をしてくるのだから、質が悪い。

どうしてくれようかと達海を見下ろして、子犬と目があった。
達海の言う通り、椿に似ているように見えてくるから不思議だ。

「−−分かった」

大概、後藤は達海に甘い。
昔っから達海の『お願い』を断った試しは無いのだ。

ポフ、と子犬の頭を撫でてやると、クゥ〜ンと鼻を鳴らした。

「責任持って面倒見るんだぞ?」

溜息混じりで微苦笑を浮かべると、達海は嬉しそうに笑って後藤に抱き着いてきた。

「だから後藤って大好きっ」

恋愛感情が無いと分かっていても、十分過ぎる殺し文句だ。
大きな犬がもう一匹増えたような気がして、後藤は同じ様に達海の頭を撫でた。

ニヒ、と笑って達海は子犬を抱え直して、正面から「いいか?」と語り始めた。

「後藤にだけは逆らうなよ。追い出されたら、俺もお前も路頭に迷うんだかんな」

「…達海、犬に向かって何を言ってるんだ…」

「何だよ、ダイスケは頭良いんだぞー」

内容も内容だが、言葉を理解出来るワケがない。
だが、達海は唇を突き出して不満気な表情を浮かべる。

「ダイスケ? もう名前まで付けてたのか?」

「あー…、もしかして、コーセイの方が良かった?」

「…頼むから人の名前を付けるのは勘弁してくれ」

ニヒ、と意地の悪い笑顔を見せる達海に、後藤は達海の肩に手を置いて溜息を吐いた。
ちゃんと釘を刺しておかないと、今からでも名前を変えそうだ。

「よーし。今日からここがお前の家だぞ、ダイスケ」

抱き抱えて、子犬−−ダイスケの頭をグリグリと撫でる。

「お前もETUのメンバーだっ」

理解したのかどうか分からないが、ダイスケは元気良く「アンッ!」と鳴いてシッポを振るのだった。



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