GIANT KILLING
□手に入らないのなら、いっそ
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ふらりと、なんとなく眠れなくて、飲み物でも買おうかと部屋を出た。
自販機の並ぶ一角で、何にしようかと眺めていると、ボソボソと話し声が聞こえて来た。
声はひとつ。
電話をしているようだ。
「……だろ? でさ……」
ほんの少し高くなった声に聞き覚えがあって、成田は声のする方に足を向けた。
非常口へと続く廊下で。
こちらに背を向けて、壁に寄り掛かって携帯で会話をしているのは、この間から日本代表の練習に参加しているETUの7番−−達海猛だ。
「そりゃあ、お前が……あ?」
なんだそれ?と笑う声はいつもより楽しそうだ。
廊下に敷き詰められた絨毯のせいで、近付いても達海は気付かない。
「−−ああ、わかった。んじゃ明日な。−−はいはい、あんがと。切るかんな」
…ん、と最後に呟いた言葉が、妙に切なさを滲ませている。
耳から離した携帯を暫く見つめてから、ピッとボタンを押す音が聞こえた。
振り返った達海が、思いがけない人物を目にして僅かに目を見張って瞬きをする。
「…成さん、何してんの?」
「お前こそ。女か?」
顎で携帯をしゃくってやると、達海は肩を竦めた。
「俺、彼女作るほど暇じゃないんだよねー」
成さんじゃあるまいし。
成田も彼女などいないし、そんな事にうつつを抜かしてる暇は無い。
分かっていてからかって来るのだから、質が悪い。
ニヒ、と笑って携帯ごとジャージのポケットに両手を突っ込む。
「ただの元チームメイトだよん」
「どうせ後藤だろ?」
「なーんだ。わかってんなら聞かなくても良いじゃん」
へらっと達海が笑う。
いつも。
そう、いつも。
此処にはいないのに自己主張する存在が目障りだ。
達海の側には後藤の存在がちらついている。
後藤がまだETUにいた頃から、達海の隣には後藤がいた。
何だかんだとお互いに文句を言いながら、離れるどころか、二人の間に流れる空気には愛しさが溢れて。
二人が微笑み合う姿など、見るからに恋人同士だ。
「よっぽど暇なんだな、あいつ」
先程の会話から察して、毎晩、同じ時間に電話しているのだろう。
「保護者気取りなんだよ」
飯ちゃんと食ってるかとか、周りに迷惑かけてないかとかさ。
入団した頃からずっと。
元々世話好きな性格なんだろうけど、何かと達海の面倒を見たがって。
たまに暑苦しさを感じながらも、達海もそれを受け入れていた。
後藤に気に掛けて貰えるのは、素直に嬉しい。
「俺、もう二十五だぜ? 子供扱いすんなっての」
不満を漏らす達海だが、その顔はどこか嬉々として見える。
「愛想尽かされるなよ」
「うえっ、俺の方が小言を言われてんのに? 嫌気がさすのはこっちだって」
ヒラヒラと手を振って苦笑する達海に、思わず「嘘を吐くな」と言いたくなった。
ただの元チームメイトにあんな顔をするはずがない。
抱き着いたり、抱きしめられたり、キスしたりするはずがない。
−−何度、そんな場面を見てしまったか……
「お前の面倒を見たがる奴なんて、後藤ぐらいだろ」
「はは…そうかもしんない…」
眉を顰めて笑うその顔が、余りにも切ない。
達海の目の前にいるのは成田なのに、その瞳に映っているのは此処にはいない、想い人だ−−。
(頼むから)
(俺の目の前で)
(そんな顔をしないでくれ)
抱きしめられたらいいのに。
好きだって、言えたらいいのに。
今、お前にキスをしたら、お前はどうする−−?
「−−成さんてさ」
チラリと足元に目線を落として、フッと達海が小さく笑う。
「後藤に似てる」
「−−は?」
思いがけない一言に耳を疑う。
誰が誰に似てる−−だと?
「成さんも結構、面倒見良いよね」
近付いて。
首を傾げながら達海が顔を覗き込んで来た。
「他の奴らや俺の事も、よく見てくれてるじゃん」
ニヒ、と笑う。
違う。
俺が見ているのはお前だけだ。
だから、お前が後藤に向けている想いも。
後藤がお前を見る目に込めている想いも。
わかってしまったんだ。
「いいから早く寝ろ。お前はいつも寝坊してるだろ」
達海の肩を押して距離を作る。
これ以上近くにいたら、その体を腕に閉じ込めてしまいたくなる。
「そーゆートコ、後藤にそっくり」
止めてくれ。
後藤に向けるような顔で俺を見るな。
期待させるような素振りをするな。
「…達海」
「何? 成さん」
部屋に戻ろうとした達海の腕を掴んで。
警戒心のカケラもない、キョトンとした顔で振り返った達海の唇に。
掠めるようなキスをした。
「−−隙だらけの顔してると、後藤に怒られるぞ」
目を丸くした達海にそう囁いて、成田はその場から立ち去った。
背後で「…意味わかんねー」と小さく呟く声がした。
望んでも手に入らないのなら、
いっそ−−
手の届かないところで、
笑っていてくれ−−
END.
→あとがき