GIANT KILLING

□Marking
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練習場のベンチで、いつもと同じ様に座っている監督の機嫌が、今日に限ってすこぶる悪い。
片足をベンチに上げて、膝の上に頬杖をついた状態で、ぶすっとした顔を練習中の選手達に向けている。

「あ、あのー、監督?」

その空気に居た堪れなくなって、松原がそーっと声を掛ける。
ちらり、と目だけが松原を見上げた。

「もしかして、私、何かしましたか…?」

朝からずっと。
達海の機嫌が悪い。
理由は分からないけど、隣に立っていると不機嫌が針か何かのように突き刺さる。
それはもう、チクチクと。

「…松っちゃん、心当たりでもあんの?」

不機嫌な顔を向けられると、やはり自分の無意識な行動が機嫌を損ねたのかと思うが…

「いえっ、そういうワケでは…」

心当たりなんて、無い。

「だったらさー、普通にしててよ、ふつーに」

「は、はあ…」

普通にしていられない程の不機嫌を周りに振り撒いておいて、そんな事を言われても困る。

困り顔の松原を余所に、達海は右手で首の辺りを摩りながら視線を選手達に戻した。

実際には、ひとりの選手に。

視線の先の彼は相変わらず顰めっ面で、いつもより苛ついているようだ。

「椿っ! もっと周り見ろよっ!」

「スッ、スイマセンッ!」

今のは椿のミスじゃない。
反応の遅れた赤崎のせいだ。

とばっちりだな。

ぐいっと袖で額の汗を拭う赤崎と目が合った。
じーっと見ていると、バツが悪そうに顔を背けて舌打ちするのが見えた。
椿に八つ当たりしてると、自分でも気付いているらしい。

走り出す赤崎を目で追いながら、達海は首の後ろの方へ手を伸ばした。

「……いっ」

指先が掠めたソコに痛みが走って、思わず声が漏れた。
もう一度指を這わせてソコに触れる。
いつもと違う感触に、達海の表情は更に曇る。

「絶対、許してやんねーかんな」

呟いた声は、選手達の掛け声に掻き消されて、隣に立つ松原にも届かなかった。



***



カチリ。
背後でドアの開く音がした。
ノックもせずにドアを開けたその人は、部屋に入るわけでもなく、ドアも閉めずにその場に留まっているようだ。

「とっくに皆帰ってんだぞ。お前も早く帰れよ」

床に座り込んでいた達海は、振り返らなくともそれが誰か分かったようで、背を向けたまま声を掛けた。

パタン、とドアの閉まる音がした。
次に聞こえたカチリ、という音に達海の眉間にシワが寄る。

「かーえーれー」

丸めていた背中を伸ばし、頭を反らして、後ろにいる人物に良く聞こえるようにもう一度声を掛ける。
はぁ、と溜息が聞こえた。

「−−謝りに来たんスけど」

渋々…といった声色に、達海は絶対に振り返るもんか、とDVDを入れ替えるべく手を伸ばした。
ウィィン…と微かな機械音の後に開いたトレイに次のDVDを乗せ変えた時、首筋に痛みが走って僅かに腕が跳ねた。

「なんでこっち見ないんスか?」

先程よりも近い距離で声が聞こえる。

「監督は忙しーの」

ケースに仕舞い開閉ボタンを押す。
静かな部屋にデッキの稼動する音がやけに大きく聞こえる。
背後で赤崎が動く気配がした。

「−−ッ?!」

突然パーカーのフードを引っ張られ、達海は両手をついて倒れそうになった上半身を支えた。

「何すんだよっ!」

思わず振り返ると、屈んだ赤崎とバッチリ目が合ってしまい慌てて逸らす。
引っ張られたパーカーがズレ落ち、タンクトップから剥き出しの肩を赤崎の手が撫でた。

「触んな」

体を起こそうとしたら、まだ赤崎の手はパーカーを掴んでいたようで、肘の辺りで留まっていたソレは手首まで落ちた。
肩から離れたはずの手が、今度は首筋を撫で、肩へと落ちて行く。



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