GIANT KILLING
□今日の友は明日の敵
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「ギャハハハハ!」
「痛いっスよっ、世良さんっ!」
すっかり酔いが回ったらしい世良は、何が可笑しいのか、ビールジョッキ片手に何度も赤崎の肩を叩く。
どうやら世良は、酔うと笑い上戸になるらしい。
「ほら〜、もっと呑めよ〜」
今度は肩に腕を回して、赤崎が手にしてるジョッキを無理矢理呑ませようとする。
「ちょっ…! あ、零れるっ!」
絡み始めた世良を、後ろから堺が首根っこを掴んで引き離した。
「…たくっ、お前は」
半分も入っていない世良のジョッキを取り上げるとバタバタと暴れ始めた。
「何スんすか〜、堺さ〜ん。俺もっと呑む〜」
「呑みすぎだ、バカ」
「椿〜、ビール寄越せ〜」
「ハ、ハイッ!」
世良の向かいに座っていた椿が、ビクッと肩を震わせて自分の手元を見て、キョロキョロと周りを見た。
今、自分の手の中にあるビールを渡すべきか、注文すべきか悩む。
「放っておけ」
隣に座る村越が椿の前に手を出して制止する。
ちらりと世良に目線を送って、ふぅと息を吐く。
「こいつには呑ませんな」
今度は赤崎のジョッキを取り上げようとする世良の腰に腕を回して、堺は世良の動きを封じる。
笑い上戸で絡み酒。
それだけならまだ良い。
深酒すると泣き上戸になる世良を介抱するのは一苦労なんだ。
「うるせーな、世良はよぉ」
「お前も酔うと手が付けられないよ、クロ」
「おっ、俺の事はいいんだよっ!」
隣のテーブルで呑んでいた黒田と杉江の背中に飛び付く人物がひとり。
「お前ら呑んでんのかよ−」
「うおっ!」
「た、丹波さん」
バシバシと肩を叩いて来る力が案外強くて、杉江の手にしていた烏龍茶が撥ねて、テーブルに水溜まりを作った。
「さあ、俺の酒を呑めー」
「俺は車なんで−−」
と断る側から、丹波は手にしていた焼酎の瓶を杉江の烏龍茶に傾けた。
あっという間にウーロンハイの出来上がりだ。
誰だっ、焼酎を瓶で注文したヤツっ!
その様子をテーブルの隅で見ていた緑川が、フッと笑みを零した。
「どーしたんスか? ドリさん」
その目が、昔を懐かしむように細められたのに気付いて、清川が声を掛けた。
「いや、ちょっと昔を思い出してな」
「何スか? 教えて下さいよ」
余り昔話をしない緑川に、興味津々で清川が身を乗り出す。
緑川の視線の先では、杉江のウーロンハイをひょいと取り上げる石神の姿があった。
「まだ達海さんが現役の頃、一度だけ日本代表メンバーで呑みに行った事があってな」
クイッとビールを煽ると、堺に封じられて不満顔の世良と、黒田の頭を撫でている丹波や、席を移動してはあちこちにちょっかいを出している石神に視線を送った。
「達海さんもあんな風に絡んでたんだよ」
「あー…なんとなく、想像つくっスね」
ちょっかい出しては煽るだけ煽って、放置してそうな気がする。
「ドリさんは達海さんと対戦した事あるんスよね?」
世良の絡みから逃げるように、赤崎が緑川との距離を詰めて質問した。
「敵としてどうでした?」
「あっ、お、俺もその話聞きたいっス!」
椿も身を乗り出すと、世良がブスッとした顔をして、堺を巻き込むようにして詰め寄った。
「−−っ、おいっ!」
「ドリさん! 俺を除け者にしないで下さいよ!」
ムキーッと顔を顰める世良を、堺が後ろから平手で叩く。
それを横目で見ながら、村越も緑川の話に興味があるようで僅かに体の向きを変えた。
「達海さんほど味方として頼もしい存在は、敵になると厄介だったぜ」
腕を組んだ緑川が、フッと微笑んで目を伏せた。
初めて対戦した日の事は、今でも鮮明に覚えている。
「達海さんにゴールを決められた時−−」
DF陣がシュートコースを塞いだはずなのに、達海はニヤリと不敵に笑って見せたのだ。
サイドを駆け上がって来たMFの姿を捉え、パスを出させるなと指示した時。
達海は華麗なボール捌きでDFのマークを外し、自らシュートを放った。
反応の遅れた緑川の指先を掠め、ボールはネットを揺らしたのだ。
「あの時の顔…今でも忘れられねぇよ」
常に正面から達海と対峙していれば、彼のプレイも表情も目の当たりにするわけで。
彼のプレイに酔うのは観客だけではなかった。
一緒にピッチに立つ味方も、敵ですらも、鮮やかなプレイに目を惹かれたものだ。
「見惚れてられないからな。大変だったよ」
頬を緩めて語るその表情は、達海のプレイを賞賛しているだけとは言い難くて。
まるで『恋に落ちた』瞬間を語っているような緑川に、ピクリと村越の眉が動く。
酒が入っているせいか、回りの人間は想像してか「うんうん」と頷いているだけで気付いていない。
若手だけならまだいい。
睨みを効かせていれば、下手に手を出そうとはしない。
しかしそれが緑川となると話は変わってくる。
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