保健室の死神

□愛しき距離は16cm
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食い入るように用紙を眺めても、何度見直しても。
やっぱり、というか当たり前というか。
身長の欄に記入された数字が変わるわけはなくて。

「はあぁ…」

牛乳だって毎日欠かさず飲んでるのに、思うように身長は伸びてくれない。
まさか…いや、そんなわけはないと思うけど…

(もう、成長期、止まった…?)

ブンブンと頭を振ってありえない考えを吹き飛ばしてたら、「何してんだよ?」と後ろから声を掛けられた。

「ふ、藤くんっ」

「あんま振ってっと、首痛めんぞ」

見られてたって思うと、恥ずかしくて顔が熱い。
血液検査の教室まで移動する途中で、隣を並んで歩く藤くんを見上げる。

(背高くて、羨ましいなぁ…)

藤くんの目線から見える世界って、僕と違うのかな。
どんな風に見えるんだろう。

「藤くん。身長何センチだった?」

「ん? あぁ…170ちょい」

「いいなぁ…僕もそれくらい欲しいよ」

中二で170って…
僕はまだ、160の壁すら越えられないのに。
はぁ…って溜息を吐いたら、何でもない事みたいに藤くんが言った。

「つーか、そのまんまでも良くね?」

「−−え?」

ビックリして見上げたら、ポンと僕の頭に手を置いて、ちょっとだけ藤くんが笑った。

「こんぐらいの方が丁度いい」

そう言って、さっさと歩き出した藤くんの背中を、信じられない気持ちで見つめる。

僕が身長を気にしてるの、知ってるくせに…っ!

「どうかしたの? アシタバくん」

「突っ立ってないでさっさと行こうぜ」

「あ…うん」

ドンッと後ろから美作くん達に背中を押されて、藤くんが入って行った教室に僕達も向かう。

そのまんまとか、丁度いいとか言われて、僕はその日はずっとモヤモヤした気持ちでいっぱいだった。



***



珍しい光景だった。
藤くんが廊下にいて、誰かと会話してるなんて。
相手は鏑木さんだけど、二人だけで会話してるのも珍しくて。
なんかわからないけど、鏑木さんが藤くんに向かって手を合わせてる。

めんどくせー

頭に手をやって、藤くんが口癖になってる一言を言ったのが、唇の動きでわかった。

「ね? お願いだからっ!」

そう言って、鏑木さんが顔を近付けた。

「−−あ」

そんなつもりじゃないのは、充分わかってる。
だって、鏑木さんが好きなのはハデス先生だし。
でも、その近すぎる距離は、ボクの心臓を締め付けて痛い。

「アシタバ」

ふっと視線をそらした藤くんが僕に気付いて声をかけた。

「ねっ、ねっ、頼んだからねっ!」

予鈴が鳴って、鏑木さんが何度も念を押して自分の教室に戻って行った。

「…鏑木さん、どうかしたの?」

藤くんに気づかれないように、いつものように声を掛ける。

「なんかわかんねーけど、放課後、裏庭に来て欲しいってさ」

「え? わざわざ裏庭に?」

「めんどくせーな」

鏑木さんが藤くんを呼び出すって言ったら、用件はひとつしかないと思う。
きっと、他の女子に頼まれたんだ。

手紙渡したいとか……告白、したいとか……

きっと、そんな事だと思う。

「アシタバ?」

教室の入口で立ち竦んでしまった僕を、藤くんが不思議そうに見てる。

僕が今、どんな気持ちでいるか、きっと藤くんはわからない。
だって、これは。
僕だけが感じる、醜い気持ちだから。

「何でもないよ」

いつものように笑って、僕は席に座った。




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