保健室の死神
□二人で一緒に
1ページ/3ページ
.
−−くしゅんっ
隣から聞こえた小さな音に気付いてアシタバを振り返ると、クスン、と鼻を啜ってた。
「寒いのか?」
「あっ、ううん。大丈夫」
ちょっと鼻がムズムズしただけだから。
ほんのり赤くなった鼻を擦って、えへへ、とアシタバが笑う。
「花粉症だっけ?」
「違うよ」
今日は天気も良いし、気温だって外を歩くにはちょうど良い。
ジップパーカーにジーンズ姿のアシタバは、薄着ってほどでもない。
どっちかって言ったら、俺の方が薄着に見えるかも。
「風邪か?」
手を伸ばしてアシタバの額に触れる。
熱があるような感じはしないから、大丈夫だとは思う。
「だっ、大丈夫だからっ! ホントにちょっと痒かっただけだからっ!」
ボッ、と顔を赤くしたアシタバが、慌てて俺の手から逃げる。
逃げなくてもいいのにな。
どーせ、誰も俺達の事なんて気にしてねぇのに。
デスティニーランドに来てる奴らなんて、自分達が楽しむ事しか考えてねぇんだから。
「んじゃ、どこから回る?」
アシタバが握り締めてるマップを指差したら、あたふたしながら広げて、
「え、えっと…藤くんは何に乗りたい?」
と、上目遣いで見上げて来た。
無意識でこういう仕種してくっから、俺の理性が保たないんだっつーの。
「アシタバが乗りたいヤツでいい」
「だっ、ダメだよっ! 今日は藤くんの誕生日のお祝いなんだから、藤くんの好きなモノにしなきゃ!」
やたらと必死に俺の意見を聞いてくるけど、「絶叫系」って言ったら言葉を詰まらせた。
本当は明日の月曜が俺の誕生日だけど、アシタバが『初めて祝う誕生日だからいつもと違う事を』って言い出して。
そしたら、うちのハゲ(アニキ)が、どんな経緯は知らねーけど、デスティニーランドのタダ券くれたから。
アシタバと二人、初の遊園地デートなんてしてる。
「お前が楽しい顔してなきゃ、俺だって楽しくねーんだよ」
苦手なのは知ってるから、俺に合わせなくてもいいのに。
おでこを小突いてやったら、「でも…」ってまだ食い下がる。
「アシタバの笑ってる顔が見れなきゃ意味ねーんだよ」
せっかくのデートなんだ。
無理してるアシタバなんて見たくないし、二人で一緒に楽しみたい。
アシタバの顔がまたちょっとだけ、赤くなった。
「…じゃあ、アレだけ、乗ってみたい」
そう言ってアシタバが指差したのは、絶叫系の部類に入るヤツだ。
ここの絶叫系の中では大したことないヤツだけど、それでも落差は15mはある。
「マジで言ってんのか?」
「アレなら最初に落ちたら後はグルッって回るだけでしょ? 僕でも大丈夫だと思うんだ」
まぁ、確かに他のヤツに比べたら、落差も回転もないし距離も半分だ。
でも。
「いいのかよ?」
念を押すように確認すると、頷いてにこりと笑った。
「ひとりだったら絶対に乗らないけど、藤くんと一緒なら乗ってみたいんだ」
周りに誰もいなきゃ抱きしめんだけどな。
俺は気にしねぇけど、アシタバが気にするからここは我慢する。
「リタイヤは許さねぇからな」
ニヤリと笑えば、少しだけ不安げな色を浮かべたけど、もう一度、
「藤くんがいれば大丈夫」
って言ってアシタバが笑った。
−−けど。
順番が近付くにつれて、アシタバの口数が少なくなる。
悲鳴が聞こえる度に、ビクッと肩が震えた。
「今なら戻れるぞ」
列の横にある『EXIT』のプレートがぶら下がってる通路を指差す。
今のところ、ソコを通っていた人はいない。
「だ、大丈夫。ほらっ、悲鳴にビックリしただけだからっ」
「無理すんなって」
「してないよっ」
顔が強張ってんのに、ガンとして俺の話を聞かない。
意外と強情なんだよな。
更に列が進み、俺達の番が迫る。
ジェットコースターに乗り込んだ客が、スタッフの「いってらっしゃ〜い」の声に手を振って出発した。
しばらくして聞こえて来た悲鳴と落下する轟音に、アシタバがぐっと胸元を掴むのが見えた。
「ホントに大丈夫か?」
今ならまだ戻れる。
アシタバの手を掴んでスタッフに声を掛けようとしたら、逆にアシタバが俺の手を引っ張った。
「大丈夫だってばっ! これくらい平気っ!」
強がってるのが見え見えなのに、どうやっても折れない。
そんな事をやってたら、さっき出発した奴らが戻って来た。
「お疲れ様でした〜」
「次のお客様ど〜ぞ〜」
スタッフの営業スマイルに押されて、俺達は乗り込んでしまった。
ガコン、と安全バーが下りる。
「アシタバ」
目が泳ぎ始めたアシタバの前に手をだす。
「え……?」
「俺の手、握っとけ。そんなモン掴んでるよりよっぽど良いだろ」
ん、て更に顔の前に伸ばしたら、安全バーを掴んでた手を俺の手に重ねた。
指を絡めてぐっと握りしめたら、不安げなアシタバの顔が、少し柔らかくなった。
.