保健室の死神

□二人で一緒に
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−−くしゅんっ

隣から聞こえた小さな音に気付いてアシタバを振り返ると、クスン、と鼻を啜ってた。

「寒いのか?」

「あっ、ううん。大丈夫」

ちょっと鼻がムズムズしただけだから。

ほんのり赤くなった鼻を擦って、えへへ、とアシタバが笑う。

「花粉症だっけ?」

「違うよ」

今日は天気も良いし、気温だって外を歩くにはちょうど良い。
ジップパーカーにジーンズ姿のアシタバは、薄着ってほどでもない。
どっちかって言ったら、俺の方が薄着に見えるかも。

「風邪か?」

手を伸ばしてアシタバの額に触れる。
熱があるような感じはしないから、大丈夫だとは思う。

「だっ、大丈夫だからっ! ホントにちょっと痒かっただけだからっ!」

ボッ、と顔を赤くしたアシタバが、慌てて俺の手から逃げる。

逃げなくてもいいのにな。
どーせ、誰も俺達の事なんて気にしてねぇのに。
デスティニーランドに来てる奴らなんて、自分達が楽しむ事しか考えてねぇんだから。

「んじゃ、どこから回る?」

アシタバが握り締めてるマップを指差したら、あたふたしながら広げて、

「え、えっと…藤くんは何に乗りたい?」

と、上目遣いで見上げて来た。

無意識でこういう仕種してくっから、俺の理性が保たないんだっつーの。

「アシタバが乗りたいヤツでいい」

「だっ、ダメだよっ! 今日は藤くんの誕生日のお祝いなんだから、藤くんの好きなモノにしなきゃ!」

やたらと必死に俺の意見を聞いてくるけど、「絶叫系」って言ったら言葉を詰まらせた。

本当は明日の月曜が俺の誕生日だけど、アシタバが『初めて祝う誕生日だからいつもと違う事を』って言い出して。
そしたら、うちのハゲ(アニキ)が、どんな経緯は知らねーけど、デスティニーランドのタダ券くれたから。
アシタバと二人、初の遊園地デートなんてしてる。

「お前が楽しい顔してなきゃ、俺だって楽しくねーんだよ」

苦手なのは知ってるから、俺に合わせなくてもいいのに。

おでこを小突いてやったら、「でも…」ってまだ食い下がる。

「アシタバの笑ってる顔が見れなきゃ意味ねーんだよ」

せっかくのデートなんだ。
無理してるアシタバなんて見たくないし、二人で一緒に楽しみたい。

アシタバの顔がまたちょっとだけ、赤くなった。

「…じゃあ、アレだけ、乗ってみたい」

そう言ってアシタバが指差したのは、絶叫系の部類に入るヤツだ。
ここの絶叫系の中では大したことないヤツだけど、それでも落差は15mはある。

「マジで言ってんのか?」

「アレなら最初に落ちたら後はグルッって回るだけでしょ? 僕でも大丈夫だと思うんだ」

まぁ、確かに他のヤツに比べたら、落差も回転もないし距離も半分だ。
でも。

「いいのかよ?」

念を押すように確認すると、頷いてにこりと笑った。

「ひとりだったら絶対に乗らないけど、藤くんと一緒なら乗ってみたいんだ」

周りに誰もいなきゃ抱きしめんだけどな。
俺は気にしねぇけど、アシタバが気にするからここは我慢する。

「リタイヤは許さねぇからな」

ニヤリと笑えば、少しだけ不安げな色を浮かべたけど、もう一度、

「藤くんがいれば大丈夫」

って言ってアシタバが笑った。



−−けど。
順番が近付くにつれて、アシタバの口数が少なくなる。
悲鳴が聞こえる度に、ビクッと肩が震えた。

「今なら戻れるぞ」

列の横にある『EXIT』のプレートがぶら下がってる通路を指差す。
今のところ、ソコを通っていた人はいない。

「だ、大丈夫。ほらっ、悲鳴にビックリしただけだからっ」

「無理すんなって」

「してないよっ」

顔が強張ってんのに、ガンとして俺の話を聞かない。

意外と強情なんだよな。

更に列が進み、俺達の番が迫る。
ジェットコースターに乗り込んだ客が、スタッフの「いってらっしゃ〜い」の声に手を振って出発した。
しばらくして聞こえて来た悲鳴と落下する轟音に、アシタバがぐっと胸元を掴むのが見えた。

「ホントに大丈夫か?」

今ならまだ戻れる。
アシタバの手を掴んでスタッフに声を掛けようとしたら、逆にアシタバが俺の手を引っ張った。

「大丈夫だってばっ! これくらい平気っ!」

強がってるのが見え見えなのに、どうやっても折れない。
そんな事をやってたら、さっき出発した奴らが戻って来た。

「お疲れ様でした〜」

「次のお客様ど〜ぞ〜」

スタッフの営業スマイルに押されて、俺達は乗り込んでしまった。
ガコン、と安全バーが下りる。

「アシタバ」

目が泳ぎ始めたアシタバの前に手をだす。

「え……?」

「俺の手、握っとけ。そんなモン掴んでるよりよっぽど良いだろ」

ん、て更に顔の前に伸ばしたら、安全バーを掴んでた手を俺の手に重ねた。
指を絡めてぐっと握りしめたら、不安げなアシタバの顔が、少し柔らかくなった。




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