保健室の死神
□ミッドナイト・ラバー
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「おはよう、藤くん」
「−−あぁ。はよ」
珍しく下駄箱で会った藤くんは、なんだか疲れた顔をしてた。
寝不足なのかなって思ったけど、授業中も居眠りしたり保健室でサボったりしてる事を考えたら、藤くんに寝不足は無縁な気がした。
「どうかしたの?」
それでもやっぱり、ぐったりした感じが気になって、上履きを履く藤くんの顔を覗き込んだ。
すると、暫く僕を見ていた藤くんが突然、僕に覆い被さって来た。
「えっ、えっ! 藤くんっ?!」
体を預けるように体重を掛けられて、僕は片足を後ろに下げてなんとか支える。
頬に掛かる藤くんの髪から、藤くんの香りがしてドキドキする。
−−あぁっ、違うっ! そうじゃなくてっ!
藤くんがこんな所でこんな事をするなんて、様子がおかしい。
「ふっ、藤くん…?」
僕の首に回された腕を軽く叩いて「どうしたの?」ともう一度尋ねると、くぐもった小さな声が僕の耳に届いた。
「疲れた…」
「−−え?」
思わず聞き返した時。
「朝っぱらからこんな所で何やってんだよっ! テメェはっ?!」
美作くんの怒声が聞こえたと思ったら、藤くんの頭が揺れた。
その振動で更に体重がかかってきて、僕は踏ん張る足に力を入れた。
「おはよう、アシタバくん」
「あ、お、おはよう、本好くん」
藤くんの頭を叩いた美作くんの後ろで、涼しい顔した本好くんが僕に挨拶してきた。
「−−いってぇなっ、何すんだよっ!」
叩かれて漸く僕から離れた藤くんが美作くんに食ってかかる。
「自分が何してっか、分かってねぇのかよっ」
「アシタバ補給して悪ぃのかよ!」
……あぁ、頼むからこんな所でそんな事を言わないで欲しい。
顔が熱くて俯いた僕の肩に、本好くんがポン、と手を置いた。
「こんな奴置いて行けば良いよ。巻き込まれたく無かったら」
「え?」
巻き込まれる…って、何の事だろう?
ん−、と首を傾げてると、本好くんが「ほら」と昇降口の方を指差した。
なんだろうと思って見ると、何かを見付けて目を輝かせた女子の姿。
こっちに向かって走って来る。
「みっちゃん」
僕の腕を掴んだ本好くんが、まだ藤くんと言い合いをしてる美作くんに声を掛ける。
「え、えっ?」
引っ張られて藤くんを振り返ったら、「げっ」って声を上げて思いっ切り顔を顰めてた。
そう。藤くん目掛けて駆け寄って来る女子に。
「逃げろっ、アシタバ!」
美作くんにまで背中を押されて、僕の体はつんのめる。
「藤く〜ん!」
「待って〜!」
あっという間に藤くんが女子に囲まれた。
「だぁ〜っ! しつこいんだよっ!」
人波を掻き分けて藤くんが走り出した方向は、教室とは逆の保健室のある方。
まぁ、保健室に入って来る女子なんて鏑木さんくらいだから、巻くには丁度良いんだろうけど……
「藤くん、どうしたの?」
藤くんを追い掛けて行った女子の集団を見送って、両脇に立つ二人に聞いてみる。
さっきの様子から何か知ってるみたいだし。
「あいつ、学校に着く前から追い掛けられてんだよ」
「えっ、どうして?」
両手を首の後ろに回して歩き出した美作くんを追い掛けて隣に並ぶ。
すると、本好くんが溜息を吐いて説明してくれた。
「今日は終業式でしょ? クリスマスパーティーに藤を招待したいって、お誘いしてるみたいだよ」
「クリスマス前に学校で会えるの、今日が最後だしな」
「そ、そっか」
今日は12月22日。
明日の祝日から待ちに待った冬休みだ。
クリスマスか…
そういえば、藤くん、どうするんだろう。
僕と藤くんは、その、一応…お付き合い…してるわけで…
一緒に過ごせたら良いなぁ、なんて思ったりもするけど。
クリスマスの話題は、今日まで一度も、僕達の間で交わされた事はない。
忙しいの、かな。
藤なんかじゃなくてみっちゃんを誘えば良いのにねって、本好くんに同意を求められて、ほとんど聞いて無かったら僕は「そっ、そうだね」って適当に返事をしてしまった。
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