ハイキュー!!

□初恋始めました
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「影山」

ニッと笑って見上げてくる顔。
その顔にドキリとするようになったのは、いつからだろう。



《初恋始めました》



ワガママ。傍若無人。引っ掻き回して笑顔でとどめを指す。
それが今までの先輩のイメージだ。
たかだか一年早く生まれただけで、技術も無いのに威張り散らしてる先輩もいた。
先輩とはそういうモノなんだと思っていた。
それなのに。

「影山」

ほい、とホカホカの肉まんを差し出されて、及川は「あざっす」とお礼を言いながら受け取った。
ぺり、と紙を剥がすと、待ってましたとばかりに影山の腹の虫が鳴る。

「ははっ、熱いから気をつけて食えよ?」

「……ス」

盛大に鳴り過ぎてさすがに恥ずかしい。
ムッと唇を尖らせると、菅原の手が伸びてきて頭を撫でてくる。

「腹が減るのは元気な証拠! いっぱい食わなきゃな」

ニッと笑うその顔は、意地悪い感じなんか全然なくて、影山は素直に頷いて肉まんにかぶりついた。
隣を歩く菅原も、はふはふと口を動かしながら肉まんを頬張る。
部活の帰り道。
部員全員で坂ノ下で買い食いしながら帰るのが、今では当たり前の光景だ。
中学では買い食いが禁止されていたからだが、こうして部員の誰かと一緒に帰るのも影山にとっては馴染みのないもので、何もかもが新鮮で仕方がない。

(及川さんと全然違う)

主将の澤村はたまに似たようなオーラを醸し出す時があるけれど、エースの東峰は普段は年下の西谷にやられっぱなしだし、菅原はいつだって笑顔で周りに気を配って背中を押してくれる。
中学の時、こんな先輩がいてくれたら、もしかしたら−−

「影山? どうした?」

菅原の声にハッと顔を上げると、前を歩く澤村達とだいぶ距離が開いていて、立ち止まった菅原が首を傾げて自分を見ていた。
思考の波に漂っていて、歩くスピードが落ちていたらしい。

「すんません。何でもないっス」

駆け足で菅原の隣に戻ると、そっか、と微笑んでくれた。
笑う度に存在を主張するような泣きボクロに無性に触れてみたくなって、ジャージのポケットに両手を突っ込む。
最近ずっとこうだ。
不意に菅原に触れたい衝動が沸き上がる。
菅原が笑顔を向けてくれた時。頭を撫でてくれた時。気にかけてくれた時。
胸の奥があったかくなって、何だかすごく嬉しくなるのだ。

「でさ、大地のヤツ、旭から教科書借りたくせにジュース奢らせてんだよ」

他愛もない会話をしているのに、それだけでも楽しいなんて。
初めてだった。

「菅原さんって、凄いですね」

「え?」

いつも思っている事を口にしたら、ポカンとした後、ワタワタと両手を動かして視線を彷徨わせた。

「えっ、えっ? ちょっと待って! 急に何の話?!」

「菅原さんは凄いって話です」

「だから何がっ!?」

慌てる菅原に影山は淡々と告げる。

「みんなの事ちゃんと見てるし、アドバイスも的確だし」

欲しいと思った時にはもう既に用意してあるような。
居心地の良い空間が、菅原の周りにはあって。

「いつも、菅原さんのおかげで新しい発見があります」

もっと声を聞きたいとか。
もっと話したいとか。
もっと一緒に居たいとか。
こんな気持ちが自分にあるなんて、初めて知った。

「……まぁ、先輩、だからね? 技術じゃ影山に劣るけど」

「そんな事っ!」

困ったように笑う菅原に反論すると、トン、と胸を軽く小突かれた。

「二年先に生まれた分、気付く事だってあるからさ」

覗き込まれて、ドキリと心臓が跳ねた。
ニッと笑った顔が、夕暮れの中でもハッキリと目に焼き付いて。

「頼りにしろよ?」

胸に添えられただけの拳に心臓を鷲掴みされたような気がして、息が詰まった。

「おーい、置いてくぞー」

いつまでも追い付かない自分達に痺れを切らしたのか、前を歩いていた澤村が立ち止まって声を掛けてきた。

「おー、今行くー」

それに菅原が返事をして。

「行こう、影山」

手を掴まれた。
ズンズンと自分を引っ張っていく菅原の手は、少しだけ小さくて、でも自分と同じセッターの手をしていて。
握り返した手はもっと力強く返ってきて、その温かさに口許が緩みそうになるのを必死に堪えた。



END.

2013/2/9

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