鬼灯の冷徹
□期待して何が悪い
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背後から感じる鬼灯の気配に、白澤は机の上に組んだ手をソワソワと動かした。
鬼灯の白い手は、相変わらず自分の両脇に置かれたままだ。
「あー……頼まれてた漢方薬って、何だっけ?」
何でもいい。
鬼灯と距離を置かなければ。
漢方薬を並べている棚に向かおうと腰を浮かせるが、ゴスッ、と頭の上に衝撃がきた。
「ちょっ、立てないんだけどっ!」
ぐぐぐっ、と覆い被さる様に力を入れられて、白澤の体が前のめりになる。
「頼んでませんよ。何言ってるんですか」
頭の上に顎が乗っているせいで、鬼灯が話す度に三角巾が動いて額の目がムズムズする。
だが、ムズムズするのはそれだけではない。
「は? だって今、取りに来たって−−」
「注文も把握出来ていないなんて、職務怠慢ですね」
伸し掛かられているのに、背中から抱きしめられている錯覚がして、どうにもこうにもむず痒い。
鬼灯と体を重ねるようになってから、近くに気配を感じると何だか落ち着かない。
「桃タロー君経由で頼む事もあるじゃんっ!」
「それは桃太郎さんに持って来させてるじゃないですか」
期待してしまうから、離れて欲しい。
後ろを振り向けないのは、鬼灯の顔を見たら自分から触れてしまいそうになるからだ。
「……じゃあ、何しに来たんだよ?」
ぶすっ、と頬を膨らませると、ようやく背中の重みが軽くなった。
その代わりに、はあぁぁ……と重い溜息が落ちて来る。
「な、何?」
「いえ。こんな真っ昼間から欲情するなんて、やはり貴方は淫乱ですね」
「は?」
一瞬、何を言われたのかわからなくて、白澤は思わず鬼灯を振り返った。
蔑む様な視線を受けながら、言われた内容を反芻して−−
「はあぁぁぁっ?!」
大声を上げながらのけ反った。
「よっ、欲情って何言ってんだよっ!」
反射的に立ち上がって、鬼灯の胸倉を掴んでグラグラと揺らす。
鬼灯は「煩い」と眉をわずかに寄せて耳に指を突っ込んだ。
「初な女子でもあるまいし……首の後ろ、真っ赤ですよ。何を期待してるんですか?」
「な……っ、きっ、期待なんて……っ!」
「してないと? 言い切れますか?」
鬼灯の指が首筋に触れる。
するすると肌を滑る冷たい指先に肩を竦めてしまう。
触れられたソコが、じわじわと熱を帯びていく気がした。
「して、ない……っ! 誰がお前なんかにっ!」
ドンッ! と鬼灯の体を突き飛ばしたはずなのに、動いたのは自分の体の方だった。
机に半分、体が乗り上がる。
「私なんかに、ねぇ……」
スッと細められた瞳に背中が疼く。
鬼灯の手が、またゆっくりと机に置かれた。
「毎回、あんなに強請るくせに」
ふっ、と鼻で笑われて白澤の何かがプチンと切れた。
「ふーん。それならさぁ」
少し身を屈め、斜め下から鬼灯の顔を覗き込む。
挑発する様にニヤリと笑いながら。
「そんな僕に勃たせてる君こそどうなのさ? 鬼の嗜好の方が理解出来ないね」
とん、と人差し指で鬼灯の胸を押す。
そのまま着物の上をゆっくりと滑らせて、帯に到達した所で、今度は掌で太股の辺りを撫で下ろした。
「期待してんの、君の方じゃないの?」
内側に向けて意味ありげに手を動かして行くと、その手を掴まれた。
相変わらず変化の乏しい顔だが、自分を見下ろす瞳には、ゆらりと揺れる欲が滲んでいた。
「そんな顔で何を言ってるんだか」
「お前にこそ、そんな事言われたくないね」
少しずつ距離が近くなる。
角が邪魔をするから、互いに顔を傾けて。
ふっと笑んだ空気が唇に触れる。
「だって、仕方がないじゃん」
掴まれていない方の手を鬼灯の首に回す。
妖艶に微笑んで、目を伏せた。
「お前とするの、すっごい気持ちイイんだもん」
きっとそれは、自分だけじゃない。
期待してしまうのも、きっとお互い様だ。
舌を触れ合わせて唇を重ねて、熱を孕んだ体を抱き合って。
そういえば。こうして抱き合うのも久し振りだったと思い出して、束の間の逢瀬に没頭する事にした。
END.
→あとがき