鬼灯の冷徹

□カカオトラップ
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(腹立つんだよっ!)

日頃の鬱憤をたっぷりと込めて、白澤はカカオの実を思いっ切り鬼灯の澄ました顔を目掛けて投げ付けた。

ヒュルルル……

飛び交うカカオ豆にぶつかる事なく飛んで行ったソレは、鬼灯へと真っ直ぐに向かい−−

(当たれっ!)

あと数十センチ、というところで鬼灯が顔を動かした。
ぴくり、と眉が動いたのが見えたが、さすがにこの距離では反応出来ないだろう。
無様な姿を想像して、白澤の唇に笑みが浮かぶその瞬間に。

「え、えぇーっ?!」

実に華麗に。
鬼灯は片手で受け止めてしまった。

「だっ、誰っ?!」

「鬼灯様に投げるなんてっ!」

突如騒ぎ出した閻魔堂に、白澤はギクリとしながら視線を逸らす。
鬼灯にカカオ豆をぶつけたくてもぶつけられなかった女の子達が、一同に辺りを見回した。

『女性は意中の男性に思いっ切りぶつけてください』

それがこのお祭りのルールだ。
つまり、万が一、白澤が思いっ切りブン投げた事が知れたら……。

(面倒臭っ!)

此処は知らぬ存ぜぬで。
そーっと後退りしながら、周りの喧騒に存在を紛れさせた。

「−−流れ弾、の様ですね」

鬼灯は受け止めたカカオの実を手の平で弄び、グッと握ると亡者に向けて投げ付けた。
ドコッ、とカカオの実は亡者の頭を掠め、柱に食い込んだ。

「コントロールが狂いましたね。さ、皆さんはお祭りを続けて下さい」

パンパンと手を叩いて続きを促す。
どうやら気付いていない様子の鬼灯にホッと息を吐きながら、白澤は視界にお香の姿を捉えた。

「お香ちゃ−−っ?!」

振ろうとした手を掴まれ、白澤は引っ張られるままに体の向きを変えた。
至近距離にあった顔に息が止まりそうになる。

「よくもブン投げてくれましたね」

「は、何言ってんの?」

「あれ程念の篭ったものを投げ付けておいてよくもまぁ」

「離せよっ、僕はお香ちゃんに用が−−」

「まだこちらの用が済んでいません」

掴まれた手を振りほどこうにも、びくともしない。
体格差は余りなくとも、力の差は大きく、踏ん張ってみてもズルズルと引っ張られてしまい、鬼灯達の部屋へと続く通路に連れて行かれた。
閻魔堂からは相変わらず様々な悲鳴が聞こえてくる。

「まさか貴方から熱烈な告白を受けるとは思いませんでした」

ドンッ、と壁に背中を叩き付ける様に押しやられて、衝撃に白澤は息を詰まらせる。

「ッ、誰っ、がっ!」

「きちんとお答えしなければ、男が廃るってものですよね」

片手で肩を押さえ付けながら、鬼灯は白澤の口に手にしていたチョコレートを押し込んだ。
更に鬼灯は、吐き出されないように白澤の口と鼻を手で塞ぐ。

「んーっ! んーんっ!」

藻掻く白澤の目にぶわっと涙が溢れ、手にしていた箱が床に落ちた。
そして、息苦しさからか顔が赤く染まり、やがて蒼醒めたところで漸く、鬼灯の手が離れた。

「う、うげぇ〜っ、何だよこれっ! すっごく苦くてものすっっごく不味いっ!!」

床に四つん這いになった白澤は、そこが通路だというにも関わらず、チョコレートを吐き出した。
匂いは間違いなくチョコレートなのに、とにかく不味い。
ビターというレベルではない。
何かおかしなものが隠し味的に使われているようだ。

「ふむ。やはり脳みそ入りでしたか」

「脳みそっ?! おかしいだろっ?! 絶対有り得ない組合せだってっ!!」

白澤に押し込んだチョコレートの残りを見つめながら顎を撫でる鬼灯に、白澤は吐き気を抑えながら掴み掛かる。
どうやら毒味をさせられたらしい。

(畜生っ! 最悪だっ!)

本当、コイツに関わるとロクな事がない!

「お口直ししますか?」

そう言って鬼灯が手にしたのは、先程まで白澤の手にあったもので。

「あっ、バカッ! それはお香ちゃんの為に作ったんだぞっ!」

白澤が取り上げようと手を伸ばすが、それよりも先にチョコレートは鬼灯の口に放り込まれた。

「食うなっ!」

「この甘さなら丁度良いでしょう」

ひょいっと白澤の手を避けて、チョコレートを口へ運ぶ。

「僕の自信作がーっ! 返せっ!」

「いいですよ」

「あぁっ?!」

次々と鬼灯の口へと消えるチョコレートに、白澤は怒り心頭で鬼灯の着物を掴み、余りにもあっさりと返ってきた返事に一瞬だけ気を取られ。
気付いた時には鬼灯の手が頭の後ろに回っていて。
甘いチョコレートの匂いが鼻をつき、次の瞬間には唇を塞がれた。

「ふ、んっ、んくっ!」

ぬるりと甘い舌が白澤の舌に絡む。
チョコレートの塊が二人の舌の間で転がり、熱によって溶けたソレがむせ返るような甘さとぬめりを伴って、眩暈がした。
腕で鬼灯の胸を突っ撥ねようにも、腰に回った腕に隙間なく抱き寄せられて上手くいかない。

「はっ…ん、ふ…っッ」

掴んだ鬼灯の着物に皺が寄る。
執拗に咥内を犯してくる鬼灯の舌に呼吸が乱れてしまう。

「−−甘かったでしょう?」

くちゅ、と水音を立てて離れた唇に、白澤は固く閉じていた目を開けた。
唾液とチョコレートで濡れた唇を指で拭う鬼灯と目が合って、慌てて密着したままの体を突き飛ばす。

「ホント何なんだよっ?!」

(最悪だっ! こんな奴に食われるなんて……っ!)

しかも、こんな風に自分で作ったモノを食べる羽目になるなんて。
甘い匂いに腹が立つ。

「貴方の告白に答えただけですよ」

床に落ちた箱を拾いながら、鬼灯が僅かに口角を引き上げた。
べたつく口許が気持ち悪くて、ゴシゴシと拭っていた白澤の手が止まる。

「−−は?」

「貴方がそんなに私に好意を持っていたとは」

「は、はあぁっ?! そんなワケあるかーっ?!」

「貴方が土下座でもして請うなら、考えてみても−−」

「誰がするかーっ!!」

白澤が噛み付けば噛み付くほど、鬼灯はほくそ笑むのだった。



END.

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