鬼灯の冷徹
□熱に浮かされたのは
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「白澤様、持って来ました」
唐瓜と茄子を従えて戻って来た桃太郎の声に、ビクリと白澤の肩が震えた。
「あ、あぁ、謝謝、ありがとう。そこの机の上に置いて」
慌てて鬼灯から離れると、白澤は早鐘の様に煩い心臓を気取られないように、最小限の指示を出して彼等を部屋から追い出した。
「はあぁぁ……」
感染しそうな要因は少しでも減らす為に締め出した扉に凭れて、白澤は溜息を吐いた。
やはり男を診るなんて拒否すれば良かった。
こいつはただの男ではない。
一番気に食わない、相容れない−−同性の自分に口づけなんかする、頭のおかしい男だ。
(大人し過ぎて気持ち悪いんだよ!)
わざわざ来てやったんだから、早く治して法外な治療費をせしめてやろう。
そう思い立って、白澤は鬼灯の治療にあたった。
***
じっとりと汗をかいた鬼灯の寝間着を二度交換して、煎じた薬を数回に分けて与えると、鬼灯の呼吸はだいぶ楽になり、熱も下がり始めた。
(この様子なら明日の朝には熱は下がるな)
触れた頬も最初に訪れた時よりも熱は引いている。
手首を掴み、脈を診ていると鬼灯が身じろいだ。
「気が付いた?」
「……不覚、です。貴方の世話になるなど……」
「目覚めた最初の一言がソレかよ」
白澤の姿を目にして、鬼灯が顔を顰めた。
憎まれ口を叩ける程には意識も回復してきたらしい。
だが、まだ安心は出来ない。
「腹は減ってる? 食う気力はある?」
「……粥、ぐらいなら」
その返事に、白澤は鬼灯の手を布団の上に静かに置いて立ち上がった。
「お前なんかの為に作るなんて真っ平御免だけど、この分はキッチリ治療費に上乗せして払って貰うからな」
女の子の為なら手間も時間も惜しまずに、24時間付きっ切りで看病するのも大歓迎だ。
だが、可愛いげもない男と、その男の部屋で長時間過ごすのは最早拷問と言っても良いかもしれない。
「僕の特製薬膳粥を食わせてやるから、大人しく待ってなよ」
額の手ぬぐいを交換してやって、白澤は布団を引き上げるとポンポンと布団の上から鬼灯の肩を叩いた。
「……白澤」
不意に袖を掴まれ、白澤は足を止めて鬼灯を振り返った。
「……迷惑ついでに、お願いがあるのですが」
横になったまま見上げてくる鬼灯は、やはり何処かいつもと違っていてドキリとする。
「−−内容によっては、ソレも上乗せにするけど?」
相手が病人だろうと、男であれば容赦しない。
白澤らしい返事に鬼灯がくすり、と笑みを浮かべた。
「……致し方ありません」
袖を掴んでいた手が、今度は白澤の手を握る。
熱い掌に引かれるまま、白澤は枕元へと近付いた。
「……次、目覚めた時にも、」
ゆっくりと引き寄せた手に、鬼灯が熱い唇を押し当てた。
思いがけない行為に、カッと白澤の体温が上がる。
「……貴方に此処にいて欲しいのです」
潤んだ瞳でじっと白澤を見つめたまま、鬼灯は白澤の掌に自分の頬を擦り寄せて、今度は掌に口づける。
「んっ」
熱い舌が掌を這うようになぞり、湿った熱い吐息も相俟って、白澤の背筋をぞくぞくと言い様のない感覚が走った。
「っ、離せ……っ!」
力任せに腕を引っ込めれば、簡単に自由になった掌をゴシゴシと拭う。
(なんだコイツ……っ、本当になんなんだ……っ!)
キッと睨めば、ニヤリと口角を上げた鬼灯が、赤い舌をちろりと覗かせて唇を舐めた。
その仕種が酷く妖艶に見えて、白澤の胸が跳ねる。
「かっ、覚悟しとけっ! 払えないなんて絶対に言わせないからなっ!」
指を突き付けて怒鳴った白澤は、肩を怒らせて部屋を出て行く。
バンッ、と大きな音を立てて閉められたドアに、鬼灯は肩を揺らし、満足げに笑みを浮かべて目を閉じた。
一方。
白澤は扉に背を預けて俯き、そのままズルズルと滑り落ちて床に座り込んだ。
「……やっぱり大っ嫌いだ」
グッと眉根を寄せて小さく呟く。
誤魔化しようのない程熱の集まった頬に、白澤は舌打ちをした。
END.
→あとがき