短編
□Thatch
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※現パロでっす。
疲れた。
月末、年度末。
ただでさえ忙しいのに、最後の最後で新人のエースがやらかしていた失態を、皆でカバーする破目になった。
皆が目をかけて、手を貸して、口を出して、エースに期待していた。
そうして育てること、だいたい1年。
年度末の忙しさで、誰かが見てるだろうと誰もが思って、ちょっと気をつけていればしていなかったであろう失敗をエースは積み重ねまくっていた。
誰もエースを責めなかった。
エースと同じ失敗を、皆が過去にもやっているし、自分が気をつけなかったのが悪い。
だから責めないけれども、その代わり、誰かしらに何かを言いたくなるものだ。
今日の私の仕事の半分以上は、皆の愚痴を聞きフォローをして、一番被害を被ったマルコの怒りを静めることだった。
「お、なまえ。帰らねェの?」
「帰る。帰りたい」
私の借りてる部屋は、広くて、海の近くで見晴らしがとてもいいけれど、その分、ちょっと、いやかなり不便なところにある。
駅からバスに乗らないと、歩いて1時間近くかかってしまうのだ。
電車はまだあるけれど、この疲れた身体で歩いて帰りたくない。
タクシーに乗ればいいのかもしれないけれど、今の体力じゃ寝てしまう気がする。
困った。
「あー、もうバスない時間か。後でバイクで送るから、とりあえずうち来ねぇ?」
「サッチの家?」
前に一度だけ、サッチの家にお邪魔したことがある。
今日みたいにバスがなくって帰れなかった日に。
「やだよ。その口車に乗ると、サッチの家で延々口説かれることになって鬱陶しいもん」
「俺本気なのに、ひでぇな」
ゲラゲラとサッチは笑っているけれど、私は知っている。
本当にサッチは本気で私のことが好きだって。
なまえは偉い、なまえはよくやってると褒め、可愛いとかこういう時は綺麗だと褒め、そういうところが好きなんだ、って延々と言われ続けた。
じわじわ追い詰められて、恥ずかしくて死にそうになったところで、俺と付き合ってくれたら今は黙るぜ?と言われて、危うく頷きかけた。
サッチは嫌いじゃない。むしろ好きだ。
ただ、今は仕事が楽しくて仕方ない。恋愛に時間を割くよりも会社でサービス残業している方がいい。
『サッチにはもっといい人がいるだろうし、自分じゃ釣りあっていない。だから、サッチの想いに答えることはできない。ゴメンね?』
って言ったら、笑って次の手を考えると言っていた。
「菜の花とベーコンのパスタ」
「へ?」
「それか、アスパラとサーモンか、生ハムとレモンのパスタかな」
「うん、美味しそうだね」
サッチは料理が上手い。
それはとってもよく知っている。
さては、食べ物で釣ろうというのか。
こんな夜遅くに食べ物で釣られるわけがないじゃないか。
「今ならデザートに、とっておきのチョコレートケーキにバニラアイスを添えちゃうってんだよ。なまえ、好きだろ?」
【心臓にフォークをぶすり、】
「さ、一緒に帰ろうか」
「おー、なまえ攻略は胃袋からってマルコが言ってた通りだな」
「ちょっと!?…あ、そうか!だからマルコって仕事手伝うたびに珍しい味のチョコレートとか渡してくるのか!くっそー」
title by ポケットに拳銃